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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年4月号

ワールド・ナウ

JICA「開発パートナー事業」から現地NGO設立へ
―タイ・チェンマイを中心とした障害と共に生きる人々の創造活動と就労支援活動

中山晴夫

ヒーリングファミリー財団の誕生

ヒーリングファミリー財団(以下、財団)は、2002年10月から3年間タイ北部のチェンマイを中心に、独立行政法人国際協力機構(JICA)とNPO法人「さをりひろば」により実施されたJICA「開発パートナー事業」(現在の「草の根技術協力事業」)の障害者プログラムがプロジェクト終了時に独立して、2005年10月に財団として設立されたものである。

このプロジェクトの正式名称は、「タイ国障害者創造活動と就労機会開発及び山岳民族の手紡ぎ糸ほか手工芸品開発計画」である。地元の養護学校の卒業生他、リハビリテーションセンターを利用する若者たちを中心に、手織り、日傘などへのペインティング等の手工芸品製作(以下、創造活動)を通して自ら就労の機会を作り出し、社会参加の促進を提案してきた。また、これらの活動を通して障害者の自立支援とCBR(Community Based Rehabilitation)についての情報提供、啓発活動を実施し、山岳民族の生産する手紡ぎ糸等の市場開拓や現金収入向上プログラムも併せて実施してきた。

3年間の障害者プログラムでは、作品製作の技術向上等、一定の成果は得られたが、その成果をどのようにして社会に還元し、その啓発活動に努めるか等が課題として残った。

タイでは、このような活動に対する政府からの補助や障害者のための社会制度が充実していない。そんな中、障害者自身やその家族に自立を目指す団体の設立を呼びかけ、その実現に向けて「なぜ財団を設立する必要があるのか?」、相互に意見交換することからのスタートであった。団体設立への動機付け、そのプログラムが自立運営されるための適正な規模の組織作り、プログラムの選択、その技術の移転等、多くの専門性が必要とされる中、これまで国内外の多くのボランティアにより、当財団は支えられてきた。

国連「障害者の十年」(1983年~1992年)は「アジア太平洋障害者の十年」(1993年~2002年)へと続き、2002年滋賀県大津市で「びわこミレニアム・フレームワーク」(BMF)を発表すると共に、新たに次の「十年」(2003年~2012年)を継続した。BMFの中心となる重要な項目の一つとして掲げられたのが「障害者・両親・家族他による自助組織の設立」である。

途上国において、知的障害をはじめとする障害者が家族と共にどのように自立していくかということについては、多くの関係者からその重要性が指摘されている。財団では、この実践と前述のBMFで掲げられた組織作りに重点を置いている。タイでは身体障害者はもとより、知的障害者に対する社会制度が整備されていないことや就労の機会が少ないことなど、関連する多くの問題点があり、活動を通して社会に強くアピールしていこうと考えている。

主な活動

(1)創造活動と展示販売

活動の中心である創造活動は、年間を通して財団事務所や地方で暮らす障害者の自宅等で継続的に続けられている。主に知的障害者のグループによる手織り作品等を身体障害のあるスタッフやボランティアで縫製等を行い、製品に仕上げている。製作されたスカーフやTシャツ、コースター、カード等は同事務所で展示販売している。

その他、財団事務所では日傘などへのペインティング、踊り他のパフォーマンスも随時実施している。

(2)セミナー、ワークショップ、展示会ほか

財団では、年間を通してセミナー等を随時実施し、製作された作品の展示をはじめ、踊りや歌のパフォーマンスを通して活動を紹介している。また、国内外の関連するプログラムを実施している団体や個人のスタディーツアーの受け入れも行っている。

(3)キャンペーン

現在、一般社会の人たちに対して障害者プログラムに関心をもってもらうためのメッセージをニュースレター等で発信しているが、今後、子どもから大人まで幅広い層へアピールするためにタグを製作し、キャンペーンを拡大する予定である。

(4)喫茶コーナー

知的障害者のための社会参加プログラムの一環として、喫茶コーナー(ヒーリングカフェ)を開設し、接客を通して社会とのふれあいや就労することについての意識付けを行っている。今後これらの活動を創造活動に付加して、障害者をもつ家族や多くの興味のある人々へも参加を呼びかけていく計画である。

財団では、作品製作販売に関する一つのコンセプトとして、国際協力や福祉の名の下に障害者の製作した製品の市場開拓を主として行ってこなかった。一つの製品として評価されることは、製作意欲や創造力にいい影響をおよぼす。言うまでもなく、創造活動への参加は人々の心を内面から活性化させるために非常に重要なことで、当財団では重度の障害者へも活動への参加を呼びかけている。

現在では、タイの政府機関や国立大学等が実施するイベント等でも作品展、ステージでのパフォーマンスなどを発表する機会を持つようになった。財団への訪問者からは「癒しの空間」(財団名はこの活動に参加する人たちが感動や幸福感を共有し、互いに癒されることを目的として命名された)他の感想が寄せられている。これらの「癒し」効果も手伝い、最近では国内外からの訪問者も増加し、単にボランティア活動としての参加のみならず、国内外の大学が実施するスタディーツアーなどの授業としても利用されている。

JICAとの障害者プログラムの期間中から、財団設立後もカウンターパートであったタイ国障害児財団の代表であるPrapote Petrakard氏の要請で、2005年に引き続き2006年もバンコクの“IMPACT”で開催された“Natural Herbal Products Fair”(タイ国保健省主催)に参加し、当財団の活動を発表した。

地元での活動は、地域社会との密接な関係の中から障害者問題を提起することが必要であると考え、地元の大学や国立の障害者関連施設他の関係者を財団に招待、もしくは訪問し、セミナー等を継続的に実施している。

また昨年6月からは近隣の一般の中学校から生徒を財団に招き、週に2回(1回15人前後、学校の長期休暇や試験期間を除く)障害者自身やその家族、その他関連するボランティアたちが講師となり、生徒たちに障害に関連する講義を行っている。

今後の展開

JICAとの障害者プログラムが当財団に移管されてから、約1年6か月が経過した。参加する障害者自身、親の会、ボランティア他、関係者の努力で団体としての自立を目指し、創造活動を中心に活動してきたが、知的障害者を中心とした生産グループの製品販売のみで団体が自立することは非常に困難であることは否めない。市場調査、商品開発、生産、商品管理、マーケティングなどの工程を確立し、一般社会の他の製品と肩を並べて販売する段階には達していないが、これまでのところ財団で製作された製品の質やデザインについてはその製作された背景を含め好評を得ている。近い将来、ここで製作される障害者の作品が生産者の顔が見える「フェアトレード」として取り上げられることを期待している。

また、作品製作以外のセミナーやスタディーツアー等の独自の取り組みがタイ政府のNational Economic and Social Development Board(NESDB)にも届き、その会議への出席を要請されるまでになったことは、財団の活動の大きな前進と言える。

終わりに

これまで海外からの資金が投入された途上国の多くのプロジェクトがその期間終了と共に運営が困難になり、当初の目的を達成できなくなる現実を目の当たりにしてきた。当財団もその例外ではなく、多くの関係者からその将来に対する不安定な要因が指摘されて来たが、JICAとの障害者プログラム終了後、当財団は幸いにも関係者の努力や心ある方たちからの寄付等で現在まで活動を継続させている。

現在、当財団はJICA「フォローアップ協力」の追加支援を申請中である。これが承認されれば、障害者やその関係者の移動に関連するアクセシビリティの改善、キャンペーンとして「障害と共に生きる人々の心に触れて…!」等のメッセージの発信、手話や字幕を添付したビデオ資料の作成等、これまで実施することができなかった多くのプログラムの実行が可能となる。このタイムリーなJICAからの支援はこれまで以上にインパクトが強く意義深いことであり、本来の意味におけるJICAと現地NGO(財団)との草の根の「パートナー事業」といえよう。

今や財団で活動する障害と共に生きるアーティストたちは、国際協力や障害者問題について誤解している多くの人々に対し、大切なことを気づかせてくれる素晴らしいインストラクターとして存在しているといっても過言ではない。タイの社会ではいまだに障害者に対する迷信や風評被害の多い状況にあるが、彼らの生命感溢れる作品や活動が一つのヒーリングパワーを持った強いメッセージとなり、人々の意識につながっていくよう願っている。

先日、財団関係者がタイ人の訪問者に対し「最近私は日本に対する印象が変わりました」と語る場面に遭遇し、公然の場で聞くこの言葉が非常に印象深く心に残っている。今後も引き続き国内外のボランティアや関係者たちと将来へ向けて、共に夢を語りながら活動を続けたい。

(なかやまはるお ヒーリングファミリー財団顧問)

○ヒーリングファミリー財団
http://hffcm.org