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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年12月号

身体障害者施設からの地域生活移行

菊本圭一

「アネキがしたいようにしていいよ……」と、Aさんの弟は優しく言いました。その言葉を聞いたAさんは、一瞬にこりと笑って、すぐに顔をくしゃくしゃにして大粒の涙をたくさんたくさん流しました。

これは、先日私たちの施設で行われた地域生活移行に向けての、ケア会議での一場面です。この会議に出席している実弟に、地域生活移行の話をしたら、きっと反対されるに違いない。Aさんは朝から極度に緊張して、押し殺していた感情が一気に爆発してしまった瞬間でした。

私たちの川越身体障害者センターは、入所定員50名の標準的な規模の身体障害者療護施設です。1997(平成9)年に開設し、地域生活移行プログラムに取り組むまでは、サービスの質的向上や毎日起こる課題にばかり対応し、現状を安定させるだけの支援が中心となっていたように思えます。その当時の支援の状況を端的な言葉で表せば、「施設へ入る支援」「施設内完結の支援」となり、出口のない暗い暗いトンネルの中での支援だったかもしれません。

たしかに、措置時代であれば、多くの福祉制度やシステムにパタナリズムが蔓延し、「あなたのことは、私がよく知っている」と、家族や専門職等が当事者のニーズをきちんと聞かずに、自己決定に関与していることが、日常的に見られました。私も同じ過ちを行っていたのではないかと深く反省し、今後はそのような支援にならないように戒めています。

このような反省に立った視点で、障害者自立支援法を見ると、今までの私たちの不善感の残るような支援に対し、リセットを求め、新たな支援方法のヒントを与えてくれたのではないかと考えられます。

なぜならば、障害者自立支援法における障害福祉計画の基本指針によると、平成23年度までに入所施設から地域へ生活を移行するものの数値目標を1割以上とし、入所施設が「地域生活移行」というサービスを提供することが明確に求められ、今までの支援方法だけでは、不可能な目標だからです。

また、日本もようやく署名した、「障害のある人の権利条約」第19条(a)には、「障害のある人が、他の者との平等を基礎として居住地及びどこで誰と住むかを選択する機会を有し、かつ、特定の生活様式で生活することを義務づけられないこと」(川島聡・長瀬修仮訳)という条項があり、障害者自立支援法の数値目標を後押ししているのです。

障害者が自分の暮らす場所を選ぶ際に、選択肢が一つしかなかったり、他人に判断を委ねなければならないような環境に置かれていれば、この権利条約に抵触するのではないかと思います。今日の契約の時代にも、あってはならないことでしょう。

したがって、現在は「施設へ入る支援」だけではなく、「施設から出る支援」も入所施設が中心となって行わなければならない時代であると言っても過言ではありません。

このような時代背景の中、当施設では2004(平成16)年5月から、施設内に地域生活移行を考えるプロジェクトチームを設置し、月1回程度の会合を開き検討や実践を重ねてきました。その結果、2006(平成18)年7月には、1人の入居者Bさん(約10年在籍)を地域生活へ移行させることができました。さまざまな障壁がありましたが、Bさんを中心に置き、関わった人々すべての努力の結晶です。プロジェクトチームのメンバーは、ケアワーカー、PT、生活支援センターの相談員等、5~6人が中心となって行いました。

また、地域生活移行のきっかけづくりに、「ピアアドバイザー」を新たに設けたことは、今後へ続く大きな成果でした。「ピアアドバイザー」とは、実際に療護施設から地域生活移行を行い、現在も地域で生活を続けている当事者の方のことです。具体的な活動としては、定期的に施設を訪れていただき、スタッフには直接言いにくい苦情や要望、愚痴などの聞き役から始まり、地域生活移行の体験談などを分かりやすく話してもらいました。その取り組みにより興味を持った入居者には、実際の生活場面(自宅)も見せていただきました。

Bさんは施設からの働きかけがなければ、今も入居したままだったかもしれません。この地域生活移行がBさんの人生にとってどのような意味を持っていたのかは、Bさん自身がいつか判断することですが、入居者の可能性を大きく引き出した、質の高い支援ができたということは胸を張って言えると思います。

よって、私たち専門職は障害をおもちの方が、何らかの理由でパワーレスな状態になって、一度施設に入所しても、エンパワーされたときに、入所時点の自分の気持ちや決定を振り返ることは自然なことと捉え直すべきでしょう。そして、入所施設が中心となり、その振り返りを支援するため、さまざまな情報を提供し、選べる環境を常に作り出しておくべきです。「入る支援」だけではなく、「出る支援」もということです。さらにこのような環境を整えることが、「障害のある人の権利条約」にも明記されている、「合理的配慮」の概念につながっているはずです。

現在もBさん同様、地域生活移行を個別支援計画に掲げ、プログラムを実行している方は4人おり、取り組みは続いています。私たちは施設全体で、地域生活移行へ向けた小さな一歩を踏み出したばかりです。しかし、地道にこの取り組みを続け、本文冒頭に書いたAさんのような清らかで尊い涙が見られるような支援を続けていきたいと思っています。

(きくもとけいいち 川越身体障害者センター)