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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年12月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

「“さわる”体験型ワークショップ『手学問のすゝめ』
~あの手この手でタッチ、キャッチ、リッチ!~」のご紹介

勝野有美・安原理恵

1 企画概要とねらい

本ワークショップは、慶應義塾創立150年記念未来先導基金2007年度事業として、全盲者を、視覚を使えない弱者ではなく“触文化”を熟知する人と考え、触常者(=視覚障害者)と見常者(=健常者)との交流を通して、触って知るおもしろさ・触らなければ分からないおもしろさに気づき、新しい豊かな世界観を築くことを狙いに実施した。国立民族学博物館の廣瀬浩二郎氏、本学文学部の卒業生で現在は職員の中村理乃さん、筑波大学大学院生の半田こずえさん、そして国際基督教大学の安原理恵さんの4人の視覚障害当事者がファシリテーターとして企画の核を担い、晴眼者である本学の教員や内外の教員・学生、コンサルタントがさまざまな立場から企画運営に携わった。

目的は、視覚障害者にとって重要な情報源のひとつである触覚を用いて、視覚障害理解の機会を提供することである。4人のファシリテーター同士でも触覚の使い方はさまざまで、障害者を健常者がいかに助けるかという論題設定から離れること、また、なるべく視覚を使えない状況を怖いものだと感じずに、視覚を使わない生活を身をもって知ることが視覚障害理解の第一歩となるという共通認識の上に立ち、各班ごとに自由にプランが練られた。

本ワークショップは、10月20日(土)に、外からの光を完全に遮断することのできる同大学図書館地下のAVホールで行われた。参加者は、下は小学生から上は60歳代以上、職業も実に多岐に渡った。

受付後、参加者はすぐにアイマスクを着用し、晴眼スタッフの誘導で1人ずつ会場に足を踏み入れる。1班6人とし、4つのテーブルでそれぞれファシリテーターが参加者を迎え、全員が席に着くと、会場の照明が落とされた。参加者がアイマスクを外したときには、そこは真っ暗な世界。いよいよ各班3~4部仕立ての体験型ワークショップが始まった。

4人の視覚障害当事者から提案されたプランは以下のとおり。

・武道体験・点字体験・各種民具の触察・ぬいぐるみ、パズルなどを触る・点字の栞(しおり)作り・対話をしながらの彫刻鑑賞・触る&食べる・日用電化製品への電池の挿入・名前当てゲーム

4人のファシリテーターは参加者の緊張をほぐすべく話術を繰り、視覚を使わないことに慣れていない参加者たちは暗闇で物を触り、コミュニケーションを取っていった。

2 ファシリテーターとして

私(安原)は一人の視覚障害当事者として本企画に参加し、担当する班の準備と当日のファシリテーターを担当させていただいた。このワークショップの特徴は、「視覚障害理解促進」のために、よくありがちなアイマスクを付けた歩行体験などではなく、視覚障害者にとって重要な情報源である「触覚」を用いて、視覚障害者=いつも大変な苦労をしている人、という印象をぬぐいさり、「視覚を使わずしても多くのことを意外と普通に行うことができる」ということを伝えたいというもので、私の班では、次のプランを体験した。

(第1部):単3電池2本で動くおもちゃの扇風機に電池を挿入し作動させる

参加者には扇風機であることは伝えず、それが何であるかを触って考えてもらうところから始めた。日常だれもが行う電池の挿入という単純な作業。私は視覚を使わずにその作業を行い、「見えないのにすごいですねえ!」と驚き感激されたことがある。視覚を使わないと一見難しそうに思えるこの作業が、実際はどのようなものか実体験してもらった。

(第2部):厚紙、モール、穴あけパンチ、さまざまな形・手触りのシールを使った栞作り

第1部の日常生活的作業を少し応用し、触覚を用いての工作。想像力と創造力を駆使して、楽しんでもらえればと取り入れた作業である。また、シールの判別や周りの参加者と道具を共有しあう時、どのような工夫をすれば物事がスムーズに行くか、経験してもらいたいと考えた。

(第3部):彫刻鑑賞

特に決まった到達点や答えのない芸術鑑賞。第1部・第2部で呼び覚ました個人の触覚を最大限活用し、プロジェクトの集大成として、「触る」ことによって芸術の世界を楽しんでもらうことを目的とした。

担当班の参加者の感想として、「やはり見えないというのはとても不便なことであり、自分は見えていてよかった」というものと、「見えていなくても工夫により、思ったよりいろいろなことができることが分かった」という二つの対極的な意見があったことがとても印象に残っている。その他全体的に「普段あまり使わない触覚の世界を体験し、とても楽しかった」という、触覚の世界に対する前向きな感想がとても多かったように思う。参加者に触覚を用いることに対してこのような印象を持っていただけたことは、いち企画者としてとてもうれしいことである。

私は所属大学などにおいて、障害理解促進のためのイベントなどに関わることがある。大抵の場合、私たちが普段どのようなことで困難を感じ、周りにどのような協力をしてほしいかを話すだけで終わってしまう場合が多い。しかしこのような講義形式では、障害者の直面する困難だけが強調されてしまうのが現状であると思う。視覚障害者のニーズをただ伝えるだけではなく、今回のようなユニークな方法を用いて、こちらの世界観を晴眼者に紹介することで理解促進を図るというのも、とても有効な方法であると感じた。

この企画に当たって、私自身、普段自分が何気なく過ごしている視覚を使わない生活について、触覚だからこそ得られる情報とは何か、なぜ視覚を使わずにいろいろなことが可能になるのかなどを改めて考え直してみる機会となった。そして、このワークショップを通じて、普段視覚を使わないことに慣れている=触覚を多用している私自身も、その世界の多くを新しく知り発見することができた。

3 参加者の感想

以下に、全体の参加者から寄せられた感想の一部を紹介する。

ファシリテーターが視覚障害者だと最後まで気がつかなかった/視覚イメージの影響の大きさに気づいた/知識と、触って知る情報との乖離に驚いた/外見を気にしなくていい世界というのは気が楽/会話によって不安が解消/言語だけでのコミュニケーションの難しさを実感/異なる世界観を体感することが相互理解の第一歩/気持ちを理解して、助けてあげようと思った/障害にとらわれ助ける側にこだわっていたことを認識/当事者が不安・困ることの理解としては不十分/すべての人に、早い段階で体験してほしい/公教育に取り入れるべき/(障害に)無関心な人にこそ参加してもらいたい

4 スタッフとして関わって

企画立ち上げから足掛け5か月、企画を練る打ち合わせは大小15回を数えた。9月には、廣瀬氏の計らいにより、国立民族学博物館の所蔵庫を見学する機会を得た。実際にワークショップでも使わせていただいた数々の民具は、言うなれば視覚を用いてもその用途や名称が容易には分からないものであり、見て「知る」ことや、それ以外の感覚によって「知る」ことの意味を相対化する格好の材料であったように思う。

また、本番を終えて思うのは、本企画の体験・対話が、晴眼者が視覚障害者の生活世界の一端を覗くことで視覚の意義や触覚・聴覚の持つ可能性を考えるきっかけとなるだけでなく、視覚障害者にとっても、触覚の意義を再認識する機会となるということである。

参加者は自分が配属された班のプランしか体験できなかったが、お持ち帰り用の栞には、他の班ではどんなことが行われ、そこにどんなねらいがあったかが記されていた。参加者の感想には、一見相反するものも見受けられるが、そのこと自体には何の不思議もない。願わくは、視覚障害者にも、触るということをめぐって、そして視覚障害理解のあり方について実にさまざまな考え方があるということに、気づいていただけたらと願っている。

(かつのゆみ・慶應義塾大学博士課程 やすはらりえ・国際基督教大学教養学部)