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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年3月号

平成20年度予算を見て
―精神障害者施策は前進しているのか

池山美代子

1 はじめに

障害者自立支援法が施行されてから、早2年目に入った。精神障害者分野からの3障害一元化の期待とは裏腹に、障害者自立支援法が精神障害者福祉分野にもたらしたものは、応益負担による利用抑制と、個別給付での事業所の経営難のように弊害しかなかった。そのような状況の中で平成20年度障害保健福祉関係予算に期待はできないが、筆者が関わる法人運営の実践現場からの狭い見識であることをお断りして意見を述べてみたい。

2 入院中心の医療から地域福祉への流れの中で何が変わったのか

筆者は民間の精神病院で11年間勤務していた経験から、日本の精神医療現場での長期入院における弊害については痛いほど感じてきた。入院患者さんの中には、30年も超える入院を余儀なくされ、人生の大半を病院内で生きていく方も少なくない日本の精神医療の異常な実態に疑問と矛盾を持ち続けてきた。その延長線上に今の仕事があり、地域での受け皿づくりが精神医療福祉現場の支援者に課せられた役割ではないかと考えてきた。

筆者が勤務する社会福祉法人かがやき神戸は、震災を契機に無認可の精神障害者作業所から法人認可されようやく10年になる法人である。「障害がある人もない人も、誰もが安心して、その人らしく地域で普通に働き、暮らしていける社会を……」という理念の下、現在14の事業所で相談事業・就労支援・生活支援を行っている。

当法人は、常に目前の障害を抱える当事者やご家族の切実な思いに添って施設を作ってきた。他の分野と比較しても遅れていた精神障害者福祉や重度重複の方への支援に重きを置いてきた法人としては、常に資金不足は大きな課題である。施設づくりと資金づくりは常に両輪であった。

当法人では、現在兵庫県から退院促進事業の委託を受けているが、この事業に手を上げ委託を受けるまでには、今までになく躊躇(ちゅうちょ)した。その理由はあまりに低い予算と単年度事業であること、また退院支援していくための社会資源があまりに少ないなどの困難さが明確だったからである。

兵庫県では年間約230万円で、専任の支援員を2人雇用し、15人を対象として支援するというかなり厳しいものであった。しかし、ニーズがあり、制度のいかんに関わらず支援をしてきて、これまで当法人の運営するグループホームの利用者の「グループホームがなかったら一生入院していた」「退院できて、今はとても幸せ、生きていてよかった」という言葉にあるように、きっかけがなかったら、20年も30年も病院で人生を送る人たちの実態があまりにも多いことに目はそむけられない、と考えての決断であった。このことは、退院促進事業所の共通の思いではないだろうか。低予算とマンパワー不足と、退院後の受け皿がない中で、遅遅として進まない退院促進事業だけでは、社会的入院問題の根本的な解決の糸口にもならないのではないかと危惧する。

以上のことから20年度の予算案をみても、精神障害者福祉への予算配分の考え方は、根本的な問題解決や支援につながらないばかりか、精神障害者が置かれている実態をみて考えているとは言い難い。そういう意味においては、残念ながら障害者自立支援法施行以前も以降も、国の考え方に大差がないと考えざるを得ない。

3 平成20年度障害者福祉関係予算を見て

障害者自立支援法の施行に際しては、多くの関係団体と手をつなぎ運動を行ってきた。特に「応益負担」に関しては、一貫して撤廃という声を上げてきた。運動の成果により、またもや昨年の12月に緊急対策が出され、利用者負担の見直しと事業者の経営基盤の強化としての改善措置がなされようとしている。

しかし、ここまで見直すことができるのなら、なぜ急いで障害者自立支援法を施行したのか、もっと時間を掛けて多くの声に耳を傾ける時間があれば、という思いにだれもがなるのではないだろうか。特に、精神障害者分野からは、何度見直されても、障害特性からみて個別給付と応益負担を見直さない限り、利用者にも事業者にも大きな強化にはならないといえる。

平成20年度の新規事業で「精神障害者地域移行支援特別対策事業の創設17億円」が出たことには、一定の評価はしたい。しかし、前記したように、国は受け入れが整えば退院可能な精神障害者の退院支援というが、どこに受け皿があるというのだろうか。退院支援をすることと受け皿づくりは同時進行でなければ意味がない。

先日、きょうされん主催の精神障害者地域生活推進セミナーがあり、今年のセミナーのテーマは「社会的入院問題を考える」であった。記念講演は「やどかりの里」の当事者堀澄清氏の「やっと 人生の主人公になれた」という演題で、堀氏の統合失調症を発病して54年という療養生活の体験から説得力ある内容であった。堀氏の講演でも、引き続き行われた「社会的入院問題の解消は、どのように」をテーマに開催されたシンポジウムにおいても、社会的入院問題の背景と本質は何なのかとう熱い論議が交わされた。その中でセミナーの参加者一同が改めて確認したのは、精神障害者の社会的入院問題は公認された人権侵害であり、社会全体の問題である。根本的な法の改正を何より急ぐということであった。

今回の新規事業も各地域の実践が行政を動かし予算化につながったことと理解して、今後とも関係者と連携しながら根本的な改正に向けて実践の現場で声を上げていきたい。多くの社会的入院者の声が聞こえている限り……。

(いけやまみよこ 社会福祉法人かがやき神戸)