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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年7月号

ワールドナウ

ESCAP主催
権利条約発効直前記念イベント

秋山愛子

はじめに

「今日、権利条約発効を祝うため私たちがここに集まっていることを大変誇らしく思います。なぜなら、権利条約は策定に5年しかかからなかった。国連の今までの歴史から見れば、かなり進歩的なアプローチが実践されたおかげで、世界中の市民社会の代表者、特に障害者運動の仲間たちがかなり積極的に参画した。4年前、ここバンコクでも私たち皆一緒になって、バンコク草案を作りましたよね。この草案はニューヨークでの条約策定特別委員会初代議長案の土台となった。覚えていらっしゃいますよね?」

タイ上院議員であり視覚障害者協会会長のモンティアン・ブンタン氏がこう言うと、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP=エスキャップ)の会議場に集まった約150人の観衆は大きな拍手を返した。

2008年4月30日、ESCAP第64回総会の最終日に、5月3日の権利条約発効記念を目前にした「国連障害者権利条約―アジア太平洋のインクルーシブな発展をめざして」というサイド・イベントを企画させてもらった。今回は、このイベントと、総会で採択された決議について報告させていただきたい。

アジア太平洋のインクルーシブな発展をめざして

今回のイベントは、ESCAPを中心に、これまでしばしば活動をともにしてきた国際労働機関(ILO)アジア太平洋事務所と、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)東南アジア地域事務所と共同で開催された。構成としては、3つの組織の代表(ESCAPは事務局長代理持田繁氏、ILOは代表代理ギー・ティジス氏、OHCHRはホマヨン・アリザデス氏)の挨拶に続き、メインとして、モンティアン・ブンタン氏とインド計画委員会委員のサイーダ・サイダイン・ハミード博士による基調講演があった。最後に、タイの障害者音楽芸術ネットワーク所属のバンド演奏と記念撮影があった。

モンティアン氏は、タイ政府代表団の一員として条約策定になくてはならない当事者であったことに加え、今年2月末にタイ上院議員として任命され*1、国の条約実践に大きな役割を果たすと予想されることから、またハミード博士は、アジア太平洋地域でインドが最初に条約批准したことから招かれた。

持田氏は、ESCAPがアジア太平洋障害者の十年を通じずっと主張してきた障害者の人権確立が、条約の発効で今や法的拘束力を持つものとして推進されることになった意義深さを述べたうえで、ESCAPとしても「インクルーシブな発展」、つまり社会のさまざまな人々が経済・社会開発に参画し、その成果を享受すべきであるという考え方を推進しているので、この条約はその考え方に実に適っているとした。また、昨年12月に権利条約実施のための国連組織間支援グループ*2がニューヨークで設置されたことを受け、今秋、ESCAPはアジア太平洋内での権利条約実践を促すための国連組織間会議を開催することも発表した。

基調講演者のひとり、ハミード博士は女性問題にも詳しい。1992年以降の第9国家計画以降、障害者に対する考え方が慈善から権利中心へと転換し、国家政策列挙だけでなく、女性障害者に対する差別の厳しさを痛感していると述べた。また、権利条約批准が、マハトマ・ガンジー氏いわく「最も貧困で過酷な状況に置かれた人たちの涙を拭うための試み」としてインドの進めるインクルーシブな開発に適っているとし、今後のインドの取り組みに対する期待感を持たせた。

障害者であることへの誇りが、障害分野への関わりのあるなしに関係なく、集まった関係者を一様に感動させる力をもっていたのは、モンティアン氏のスピーチだった。

「自分が障害者であることに対して誇りをもっていると、何のためらいもなく言えます。が、自分を取り巻く社会環境については大変不満足です。ですから、社会変革のための障害者運動に関わることを一度も拒否したことはありません。2002年には大学の教鞭の仕事を離れ、運動の仲間と苦楽を共にすることにしました。(中略)社会のために役立ちたいという私の思いと決意があったからこそ、権利条約策定のプロセスに当初から関わるという幸運に恵まれたのです。国会議員に任命されたばかりですが、この条約の実践をタイ国内外で推進するために引き続きがんばっていきます」

タイ政府の条約批准国会承認は終了し、公式な批准も間近い。モンティアン氏らの努力によって、改正憲法には障害について明記した条項が6つ含まれ、昨年、障害者に対する差別禁止や当事者団体を支援する条項が含まれた2550年障害者エンパワメント法*3と障害者教育法が採択された。これらの法律や権利条約の実践をモニターする常任委員会の設置と起動に向けて彼の活動は続くだろう。

ESCAP決議

このイベントが開催された総会では、タイ政府が「インクルーシブでバリアフリー、権利に基づく社会形成のためのびわこミレニアム・フレームワークとびわこプラスファイブ実践」というタイトルの決議を提案し、日本、中国、インド、ベトナムの各政府が共同提案者となって、採択された。「第二次アジア太平洋障害者の十年」の後半の5年をより効果的なものにするために、2007年に「びわこプラスファイブ」の補足文書が採択されたことや、障害者に関する世界行動計画の実践に関する国連総会決議62/127、権利条約に関する決議61/107、62/170採択に留意したうえで、加盟国にびわこプラスファイブの実践、ミレニアム開発目標など、開発文書や業務に障害の視点を反映させること、並びに最終年のハイレベル政府間会合の開催を求めた。ESCAPに対しては、びわこミレニアム・フレームワークとびわこプラスファイブ実践のための国連機関との連携、権利条約実践のための締約国支援、ESCAP内の施設とサービスにおけるアクセスの向上、APCDとの連携強化を要求した。

おわりに

さて、これからのESCAPには域内の批准や、権利条約の精神と内容に合致した国内法整備・実践を推進することは言うまでもない。現在は、域内にある障害者差別禁止法の比較調査を進めているが、ここ1、2年かけてアクセスの領域に焦点を置いた活動を展開していきたい。

また、「まず隗より始めよ」ではないが、ESCAP自らも権利条約が謳うアクセスの実現をしていかなければならないだろう。このイベントの直後、ウェブの責任者と障害者団体代表者の会合の場を設け、アクセスを改善するには何を心掛けなければいけないのか、具体的な提言をしてもらった。うれしいことに、この5月から、この責任者が属する広報部にタイの視覚障害者の女性がインターンとして働いている。彼女の意見を取り入れつつ会議場のアクセスや手話通訳配備についてもひとつずつ、当事者団体とともに取り組んでいけたらと思っている。

(あきやまあいこ 国連アジア太平洋経済社会委員会社会問題担当官)

注: 本稿は筆者個人の見解に基づくものであり、ESCAPの公式見解ではないことをご了承ください。

*1 タイには、上院の定数約150席の半数が社会の少数派(女性や少数民族)やさまざまな職業層から任命され、残りは選挙で選ばれる。この制度は2007年から実施されている。

*2 詳細は、http://www.un.org/disabilities/default.asp?navid=40&pid=323をご覧ください。

*3 西暦にお釈迦さまが亡くなった年〈543年〉を足すタイ暦。ブッダ・サカラートと呼ばれる。