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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年8月号

列島縦断ネットワーキング【岩手】

焼き鳥屋とカレー専門店で障害をもつ従業員を雇用

小幡勉

串刺しをこつこつ1年、そして一人前に

平成7年2月、岩手県宮古市内に知的な障害をもつ人の働く場として、カレー専門店《カリー亭》を開業しました。

それをさかのぼること5年、当時私共夫婦は焼き鳥屋を経営していました。毎日大勢のお客様の来店で、開店前は焼き鳥の仕込みに終われる毎日……。そんなある日、常連のお客様の中に養護施設の園長がおられ、『中学校を卒業したばかりの元気な若者が3人いるので職場実習をさせてもらえないだろうか?』という申し出がありました。当時の私たちは知的な障害をもつということがどういうことかを理解しておらず、焼き鳥の串刺しのような単純作業なら彼らにもできるだろうと簡単に引き受けました。ところが驚くほど彼らは作業ができません。《焼き鳥の串刺し》という作業には適切な判断力が必要であることに初めて気付いた愚かな私たちでした。串に肉とネギを交互に刺すのですがそれすらも理解できず、さらにそれぞれの中心を串で刺しバランスの良い形の整った焼き鳥に仕上げるなど、当時の彼らにとって途方も無い事だと気付かされました。また、長時間肉を手で持つために体温で肉がすっかり劣化してしまい売り物にはなりません。従業員の中には『この忙しいのに何で……』と疑問の声もありました。

しかし、人里離れた施設から街中での職場実習への通勤は彼らの大きな楽しみでした。また明るく作業する彼らは忙しく過ぎて行く私たちの日常に心安らぐ空気を作ってくれました。そんな毎日が流れて1年、ある日一人が焼き鳥の山を作っています。『どうしたの?』と驚く私に『えっ?焼き鳥を刺しているんですが…』と当然の返答。私たち健常者が1時間もかければ身に付く作業を彼は1年かけて身に付けたということです。ただ楽しいからといって1年間通ってきたのではこのような結果が出るはずはありません。焼き鳥を上手に刺そうという気持ち、つまり仕事に対する努力があってこそ焼き鳥の山が出来上がったのです。そして、程なくほかの2人も商品としての焼き鳥を山のように作れるようになりました。私の人生に大きな感動を与えてくれた出来事でした。

障害をもつ彼らのインドカレー専門店

仕事に対して努力する若者に、仕事の場を提供することは大人の仕事と考え、カレーショップの設立開業を決意しました。当時の彼らは幼く、とても焼き鳥屋の従業員としての働きは無理だと考えたからです。

新たな店舗を立ち上げるからには彼らが主で私たちが従、つまり仕入れから仕込み、調理、接客、会計とすべて彼らが執り行う、私たちは彼らの作業を容易にするための知恵を出す。そのような店作りを構想しました。そして知的な障害をもつが故に言葉が不明瞭、表情も乏しい彼らが働くお店を事業として成り立たせるには、お店に行かねば口にすることのできない美味しいカレーを提供する態勢を作らねば商売としての成功は望めないと考えました。

店舗はセンスがよく居心地の良い設計、カレーはインドカレーを手本とした本格的なもの、また食品添加物は一切使用しない、ナンをメニューに入れるなどカレー専門店として恥ずかしくない店作りを目指しました。

自分たちで寮母さんを雇い共同生活

お店が竣工し、作業のマニュアル、レシピ等も完成し受け入れ態勢は整いましたが、もうひとつ大事な事が。それは彼らの退社後のくつろぎの場である生活の場の確保です。家庭環境に恵まれなかった3人は幼い頃から養護施設で育ちました。親元からの通勤など不可能でした。そこで彼らの日常生活の指導と面倒を見てくれる方を同居を前提に募集しました。寮母さんには、朝食と夕食の提供と寮内の共用部分の掃除等、そして常識的なしつけをしてもらい何か不都合な行動や出来事があった時はすぐに私に連絡するということにしました。住居費の負担は一切無く、彼らの出社後は自由にしてもらう。もちろん日中他で働くことも可能。寮母さんにはお世話していただく礼金として1人2万円ずつ支払い、さらに食費として1人2万円ずつ預けるという形にしました。

つまり建物は会社で確保するが、寮母さんの雇用は彼らに拠るというシステムです。幸いにも良い方と巡り合え、緊張感ある職場と若い力と経験豊富な人生のベテランとの共同生活、くつろげる生活の場としての寮を立ち上げることができました。

レトルトカレーで全国展開

いよいよ施設を出て自らの収入を生活基盤とする社会人としての彼らの第一歩が始まりました。開店当初1日に200人を超えるお客様にご来店いただきました、28席のカレーレストランとしては驚異的な繁盛振りです。しかし商売とは思い通りにはいかないもので、日に日にお客様の数が減っていきます。聞こえてくるのは「あそこのカレーは変だ、美味しくない」という声です。ジャガイモも人参も入っていないし、辛いし変だ。つまり多くのお客様はいわゆるライスカレーを望んでいたようで、本格的なインド風のカレーに対し拒否反応を示されたのです。まずいカレーを出してお客様にそっぽを向かれるのは当然だが、そうではなく、その美味しさがこの土地に合わなかった。そこで、私共のカレーを楽しんでいただける遠方のお客様に販売しようとレトルト化することにしました。お蔭様で製造を開始してこの10年間、毎年売り上げは右肩上がりの成長を続けており、また製品の品質の良さをご理解いただき、国内トップクラスの高級店でも販売していただいています。

ノウハウを身に付けてスムーズに運営

当初は地元の障害をもつ3人のために開業したカリー亭でしたが、現在4人が就労。年月を重ねるうちにいつの間にか知的な障害をもつ彼らが自分たちで働くノウハウを身に付けるまでになりました。まずバイキング方式にすることによりホールで働く人は料金を頂戴するだけで、カレーの盛り付けなどの作業はすべてお客様がセルフでなさいます。障害のある人にとってとても働きやすい方式です。特にスピードを要求されるランチタイムにはオーダーの取り間違いも無く、お客様に迷惑をかけることはありません。

さらにインドカレーの特徴《ナン》の仕込みと焼き上げ、インドのヨーグルトドリンク《ラッシー》、ドレッシング、ジャガイモサラダのマヨネーズ、デザートのプリン、果てはプリンにかけるカラメルソースまですべて彼らが仕込み、お客様にサービスします。

今では《カリー亭》のカレーを仕入れ、レシピやマニュアルをはじめとするバイキングのシステムを導入し営業する福祉施設が滋賀県に2か所、また一人前にレトルトパックされたカレーを仕入れ、営業する障害者の働く事業所が各地に生まれつつあります。私たちのカレーを利用して開業を希望する障害者の働く事業所には、レシピなどを公開しています。

「よく働き、よく遊び」をモットーに

現在《有限会社とりもと》の本店ともいうべき《焼き鳥居酒屋:鳥もと》でも3人が働いています。1名は食器洗浄、女子1名は接客、男子1名は焼き鳥屋の要ともいうべき《焼き場》を担当しています。

カリー亭の経営の中で知的な障害について私たちも多くを学びました。その経験からより多くの障害をもつ若者を雇用することができるようになりました。以前は学生アルバイトを採用していましたが、せっかく障害者雇用の場があるのですから4年かけて一人ずつ育て、現在は学生アルバイトは必要な時だけ入れるようにしています。

そして働く彼らにとり一番重要な収入は、私は《働きに応じた収入》であると考えています。判断力などが不足する彼らが私たちと同じ職場で働く場合、どうしても作業量と質に差が出ます。従って、その差により支払われる給与に格差が出て当然であると考え、労働基準監督署の指導を仰ぎ、各自の給与を決めています。一番少ない人は岩手県の最低賃金の60%、多い人は私の判断で最低賃金を上回ります。障害年金と給与と合わせれば12万円以上となり、多い人は20万円に手が届きます。

とりもとの社是は《よく働き、よく遊ぶ》。遊ぶ事はとても大事な事で遊ぶからこそ働く意欲がわいてくる。働いてこそ給与を手にでき、それを元に遊ぶことができる…。私は先頭に立って遊び、働き、そのすべてが皆の生きがいになればと毎日を過ごしています。

(おばたつとむ (有)とりもと取締役社長)