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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年3月号

「障害者自立支援法違憲訴訟」報告

藤岡毅

1 障害児者29名の全国同時蜂起

2005年10月31日に障害者自立支援法が国会で可決された日から3年目の2008年10月31日、福岡・広島・神戸・大阪・京都・大津・東京・さいたまの全国8か所の地方裁判所(以下「地裁」)で、障害者自立支援法が導入した「応益負担」は憲法の定める「法の下の平等(憲法第14条)」に反し、「生存権(憲法第25条)」を侵害し、「個人の尊厳(憲法第13条)」を毀損する等として、29名の障害児者と1名の障害児の親の合計30名が裁判所に対して憲法訴訟を提起しました。

これは第一次提訴団で、2009年4月1日に第二次提訴が予定されています。

国の悪政、非情に対して障害者自身が勇気をもって立ち上がるこの訴訟の動きは燎原の火のごとく、全国津々浦々に広がっていきます。

2 第1回口頭弁論期日の開催

2009年1月22日に滋賀県の大津地裁を皮切りに、1月30日福岡地裁、2月5日広島地裁、2月10日大阪地裁、2月20日神戸地裁と、すでに5か所の地裁で第1回口頭弁論が開始されました。3月11日京都地裁と続き、3月25日さいたま地裁、4月以降に東京地裁と続く予定です。

3 原告弁護団

原告側弁護団は地裁ごとに10名~20名程度で、第一次提訴時点で全国80名を超え、現在100名を超えます。

4 被告側弁護団

被告側弁護団は、国と自治体両方を代理する法務省所属の訟務(しょうむ)検事団と厚労省の障害保健福祉部の職員団、各自治体の福祉関係職員の混合チーム。各地裁で40~50名の代理人がいます。

5 予想を超える各地の盛り上がり

各地の第1回口頭弁論期日には傍聴希望者が押し寄せ、ほとんどの地裁では傍聴のための抽選が実施されています。

傍聴できなかった方は裁判所近くの会場にて行われる集会に参加し、しばらくのちに、裁判に参加した原告、原告弁護団からの裁判報告を受けるという形ですが、いずれの会場も用意された席からあふれ、この訴訟に関する世間の関心の高さを弁護団も再確認しています。

6 重度知的障害者が裁判を起こす権利とは?

第一次提訴原告団には19名の知的障害者がいます。従来、刑事裁判において刑事被告人の訴訟能力について議論されたことはありますが、行政訴訟、民事訴訟における「原告」の訴訟能力について正面から論じられてきておりません。しかし、重い知的障害をもつ人を含むすべての市民に裁判を受ける権利が憲法により保障されています。

被告は大津地裁において、知的障害者の訴訟能力に疑義を呈してきました。

大津地裁の4名の原告(いずれも成人)は知的障害をもち、うち1名は民法の法定成年後見人がいましたが、3名には後見人がいません。そのため、滋賀地裁は第1回口頭弁論において法定後見人のいない原告3名の訴状を弁護団が陳述することを認めませんでした。

つまり、この問題が解決しないと知的障害者の裁判は成立しないのです。

「障害者自立支援法の問題点」という原稿依頼の趣旨とは離れるようですが、「重い知的障害、精神障害をもつ成人は成年後見人がいない以上、国、行政からひどいことをされても裁判で争うことは不可能!」というとてつもなく重要な問題を今回の一斉提訴が浮かび上がらせたものとして、みなさまに紹介しておかざるを得ないのです。

限られた紙面で詳論できませんが、いくつか問題点を挙げておきます。

1.障害者自立支援法に関する障害福祉実務との矛盾

要するに、重い知的障害をもつ人の場合、「裁判を起こす意思」「弁護士に委任する意思」が確認できないので、裁判は無効だという問題です。

しかしそもそも、自立支援法に基づく介護給付費等の支給決定、月額上限処分は知的障害者本人宛てに行政処分で本人宛てに送付されています。

被告の立場では、通知の意味が理解できない知的障害者に対する支給決定や月額上限処分は無効となるはずです。

知的障害をもつ成人の自立支援法に基づく支給申請手続きも、福祉「サービス」事業者との福祉「サービス」契約締結、重要事項説明書への同意等も、家族や福祉関係者が代行しているのが実情ですが、法的な意味でその人に権限はありませんから、それらはすべて無効ということになります。そうならば、無効な契約に基づく「利用料請求」もまた無効ということになります。無効な根拠に基づく利用料負担は無効なので返還請求訴訟が可能という結論になります。

何を言いたいかといえば、厚労省も自治体の障害福祉行政関係者も、知的障害者に対して有利・不利を問わず、その意思能力を問題視することなく実務を行っておきながら、「国、行政に対して裁判を起こす」という権力に不利な局面になると唐突にその「能力」を持ち出して、訴訟自体の無効を主張してくる態度は、信義に反するのではないか、矛盾はないのかということです。国民的に議論するに値する論点です。

2.成年後見制度は万能ではないし、利用は義務でもないこと

おそらく、被告国、自治体も、裁判所も、「民法にある成年後見を利用すれば解決すること」と言うと思われます。

たしかに、成年後見制度は本人の権利擁護を支えるための制度です。しかし、月額数千円の負担を争うという本人が、裁判を起こすためには月額数万円の報酬を弁護士、司法書士等の後見人に支払うことが必要となれば矛盾です。

では、他人がやれば数万円の報酬請求権がある仕事でも、「家族がただでやればいい」というのも、障害に基づく社会的不利益は社会公共で支えるものという障害者福祉の目的と根本矛盾します。

また、訴訟能力が明らかに問題になる事案であれば「保佐」でなく「後見」になる場合が多いと思われ、その場合、憲法で保障されている裁判を起こす権利を行使するためには基本的人権である選挙権が剥奪されるという、これまた大きな矛盾にぶち当たります。

私見では、成年後見を利用すると「選挙権が剥奪される」という現状の不合理はいずれ解消されるだろうと考えておりますが、仮にそうなったとしても、成年後見を利用することは権利であっても「義務」ではないのですから、「憲法上の裁判を受ける権利のための義務」となることは背理だと思われます。

3.被告の場合の特別代理人制度の転用も考えられるが限界があること

このような事案において、筆者は民事訴訟法第35条の「被告の訴訟能力に疑義がある場合の規定」を類推適用するという手法で、原告候補者の特別代理人選任の決定を東京高等裁判所から平成19年12月28日付で受けて、同決定は確定しています(判例集未掲載)。

しかしこれは、裁判が遅滞するために原告候補者が損害を受けることを疎明(おおざっぱに証明)することが要件であるなど、条件に限界があります。

そのため私見ですが「知的障害、発達障害、精神障害をもつ市民が民事訴訟、行政訴訟を提起するための特別代理人制度」などを民事訴訟法、行政事件訴訟法等の改正により創設する必要があろうと思います。

7 障害者福祉の目的との根本矛盾としての利用者負担

国、自治体、企業が、視覚障害者が採用試験を受ける場合に、点訳試験用紙利用料として点訳外注費の一部負担を障害当事者に課すことは許されるでしょうか。所得に応じた負担であろうが何割負担であろうが、負担を課すこと自体が障害者差別であり、人権侵害なのは現在の障害者福祉の理解からいえば明らかだと思います。

この訴訟の原告はほぼ全員、特別対策等の政府の経過的臨時措置に基づく負担額が課されていることの違憲性を問うています。

現状の軽減策について、それを法律の条項に盛り込んで恒常化するとか、それを「所得に応じた制度だ」という表現を法律のなかに盛り込むというような自立支援法の法改正に向けた与党などの動きが報道されていますが、この訴訟の原告の負担額に影響は全く(またはほとんど)ありませんし、「自立支援法の負担は実は応能負担なのだ」という自立支援法擁護の言説を法律の表現に盛り込むというのは、問題の本質を矮小化し、障害者権利条約の精神にも背くことと指摘せざるを得ません。

(ふじおかつよし 弁護士、障害者自立支援法訴訟全国弁護団事務局長)