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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年4月号

障害のある人たちの就労は、今

東馬場良文

障害者自立支援法には、従来の福祉制度にはなかった就労移行や就労継続を支援するための制度が設計され、障害のある人たちの就労促進が大きな柱になった。そして、そのことが、障害のある人たちが「働くこと」や「働き、賃金を得て暮らすこと」について、積極的に議論される引き金となった。

しかしながら、この新事業の体系移行は、具体的な内容が示されず、特別な取り組みをモデル化したために広く一般化されず、事業移行しても様子眺めをするところも多く、今までの施設福祉を大幅に変えるには至っていない。

伸びた就職率と減らない離職率

ここ2年間、自立支援法の追い風で就職率は伸び、昨年の調査(平成20年6月厚生労働省調査)では、民間企業(56人以上規模の企業)に雇用されている障害のある人は325,603人(重度障害者はダブルカウント)で前年よりも7.6%増加し、法定雇用率も0.04%伸びて1.59%だった。特に、1千人以上規模の企業においては0.04%の伸びが見られ、特例子会社等の増加がうかがえる。

この就職率の伸びは、今まで潜在していた福祉施設の就職可能な人が就職したに過ぎず、景気の安定に後押しされた企業の社会貢献や法定雇用率達成への使命感による雇用の場の拡大があったからで、今後、昨今の未曾有の経済危機も拍車となり、一般就労はかなりの困難を極めることが予想される。

また、離職率は減っておらず、地方では平均離職率が50%というところもある。就職はできても、働き続けるための支援が確立していないことが分かる結果でもある。

Win―Win(自分も勝ち、相手も勝つ。それぞれの当事者が欲しい結果を得るという考え方)

経済危機に瀕している現在、働きたいのに働く場のない人たちがたくさん存在する中で、法定雇用率未達成の一面から、障害者雇用の風穴をあけるには限界がある。これからは、障害者雇用を福祉の側からのみ見るのではなく、企業など労働市場側から変革するような仕組みがなければ、雇用だけでなく、企業から仕事を受注する就労継続支援事業の継続も困難となるだろう。

また一方では、自立支援法によって、事業に参入できる団体の枠が広がったことにより、心配な例として、経営に瀕している企業が、就労継続支援事業を経営資金と安価な労働力確保のために利用するという、少なからず自立支援法の理念がねじれてしまう例も起こり始めた。障害者雇用率の伸びと同時に「労働の中身」の精査機能が存在していない現実を突きつけられている。

それらを回避するためにも、たとえば、企業に過負担をかけずに雇用を創出する形のワークシェアリングを編み出す工夫や、就労継続事業所への受注量を税制優遇のみならず法定雇用率に換算する等の新たな制度の創設が必須である。企業にとっても障害のある人にとっても、Win―Winとなる仕組みや支援をどのようにして作り出すのかを、福祉と労働の枠を越えて共に議論し、制度に反映されることが急務となっている。

「働く・暮らす」

本来「障害」とは、個人とその環境の間に生ずる課題なのである。障害のある人たちは、日々、瞬間、さまざまな生活課題を抱えて、働きづらさや生きづらさをもって暮らしている。問題は、障害のある人が単に働けばいい、税金を払える立場になればいいということではない。働く場の確保や仕事のマッチングだけでなく、共に生活課題を解決し、暮らしの支援がなければ障害者の就労継続はありえない。それら生活支援の内容を充実する施策提案をすることが、我々にとって大変重要な役割となる。

さらに、企業以外の多様な働く場を地域の中で、どのように作っていくかも大切なことである。全国社会就労センター協議会では、「社会就労センターのあり方検討委員会最終報告の具体化に向けた取り組み指針」(平成16年5月)において、『社会就労センターの基本機能は、障害者に一定の支援のもと、継続的な就労機会を提供することである。それは、「働く」という基本的権利を保障し、全人間的復権としてのリハビリテーションを担うことでもある。そして、利用する障害者の労働者性を高め、権利水準の向上をめざすこと、障害者が地域で安心して働き、暮らすための支援の中核的役割をはたすことが求められる』とまとめている。

今後は、働きたいと願う人をどう訓練するのかではなく、どのようにして彼らが働く場所と社会環境を作っていくのかということも問われてくる。就労支援や就労継続の事業を運営する中には、「新しい職場づくり」という発想の転換が必要となる。「企業経営者に変わらぬ経営感覚」と「福祉に対する理解」にも増して「利用者の立場に立った経営」を打ち立てていかねばならない責務があるという認識を再確認すべき時である。

おわりに

人は働くことを通して、自己実現を遂げ、人間関係を広げ、さまざまな経験をする中で成長する。自分の働きが役に立ち、そして周りから認められ期待されるのを実感することは、自分の存在意義、人生の喜びにつながる。そのことは、障害が重く一般就労が困難だと思われる人にも、一人ひとりの暮らしを確かなもの、豊かなものにする重要な活動である。また、働くことは本来、共に支えあう通常な社会の営みでもある。今こそ、その原点に立って、働きがいのある人間らしい仕事(ディーセントワーク)の実現をめざして、我々には「視点の多様性を認め合える社会のかたち」を変えていく実践が求められている。

(ひがしばばよしふみ 神戸光の村授産学園学園長)