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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年4月号

「障害のある人を主役に」
~特例子会社の実践と課題・YKK六甲の取り組み~

江口敬一

1 特例子会社設立の経緯

私には今年27歳になるダウン症の次男がいます。養護学校卒業後、東大阪市内の高齢者デイ・サービス・センターに就業し、8年目を迎えています。就業4年目の2004年にわが国で初めて「知的障害のある人のための介護ホームヘルパー2級養成研修」を修了しました。知的障害のある人も本人の努力と環境が整えば資格を取得して働けることを示してくれました。

息子は1982年に、私がYKK(株)のUSA社駐在員として赴任していたシアトルで生まれ、ダウン症候群の診断を受けました。私共夫婦にとって大きな衝撃でしたが、担当医師の「あなた方は障害をもった子どもを立派に育てられる資格と力のあることを神様が知っておられ、お選びになったご夫婦です。どうぞ愛情深く育ててあげてください」という言葉に大変勇気づけられ、今日まで障害のために困難なことと、経験や機会が足りないために難しいことを見極め、挑戦しながら普通の人と同じように育ててきました。数字や言葉によるコミュニケーションは苦手ですが、介護の現場でプロとして勤務しております。

今息子はご縁があって就業していますが、米国勤務より帰国し、息子が養護学校に入学した頃、知的障害のある人の一般就業はとても難しいことを知り、将来の進路を真剣に考えようと思いはじめました。その頃、新聞で大手電力会社が障害のある人が働く特例子会社(注1)を立ち上げたという記事を読み、興味を持ちました。もし息子に働く場所が見つからない時は、勤務している会社に特例子会社を設立し、働く場を創出しようと決心しました。

YKK(株)の社長に直接特例子会社の設立をお願いする機会をいただき、社長の了解並びにハローワークや雇用開発協会はじめ社内外の多くの方々のご支援を得て、1999年4月にYKKグループの印刷業務を請け負う特例子会社として、YKK六甲(株)が神戸六甲アイランドで10人の障害のある社員と出向者、技術指導者を合わせて15人で操業を開始しました。その年、YKK(株)は障害者法定雇用率を達成し、現在はYKKグループ4社で雇用率の達成を目指しております。

2 特例子会社の実践(1)
~障害のある人が主役の事業運営~

「明るく、やさしく、たくましく」を経営理念に、「障害者雇用と企業経営の両立」と「障害のある人が主役の事業運営」の二つを経営方針として、お蔭様で今年3月、操業丸10年を迎えました。すべてがゼロからのスタートでしたが、勤勉な社員と優れた指導者や母体企業からの発注、人的支援にも恵まれ、2年目で経常黒字、5年目の節目の年には営業収支が黒字となり、当初の事業目標が達成されました。また定常業務はすべて社員でできるようになり、管理職も社員の中から育っています。

現在、障害のある社員は14人となり、精神障害や知的障害のある人も働いています。母体企業からも「やればできるじゃないか!」という評価をいただき、何よりも障害者雇用のマイナス・イメージが払拭され、やり方によっては、障害者雇用と企業経営は成り立つということを、短期間ですが示せたことをとてもうれしく思っています。

操業10周年が近づき、社員にこれからどんなことをしていきたいかを尋ねたところ、印刷業務に加えて、新しい業務として障害のある人向けのSNS(ソーシャル・ネットワーキングサービス)「ファミリーム」(問い合わせ先:support_m@familym.net URL:www.familym.net)という会員制WEBサイトを立ち上げたいという提案がありました。これを親会社に相談したところ、YKKグループが社会貢献活動の一環としてスポンサーとなり、サイトの運営費を支援しようということになりました。すでにサイトは立ち上がっており、すべて無料です。読者の皆様でご興味のある方はぜひご参加ください。

この10年を振り返ってみますと、ほとんどの社員が大きく成長しています。その変わっていく姿を見させてもらえることはとてもすばらしく、うれしいことです。人間の可能性を実感させてくれ、勇気と希望を与えてくれます。労働者数19人の小さな会社ですが、経営に参画できる人材を育て、障害のある人が自分の意思で人生の設計が描けるような夢のある会社を目指していきたいと考えています。

3 特例子会社の実践(2)
~知的障害のある人や精神障害のある人と共に働いて~

当社には、40歳になる自閉症の男性が勤務しています。長年、福祉関連施設に在籍されていました。ご両親が高齢で、自分たち亡き後の将来が心配で、何とか一般就業し、経済的に安定してほしいと願っておられました。ご本人も働く意欲は持っておられましたが、人とのコミュニケーションや数字が苦手で職業生活に不安がありました。4年前、職場実習に来られ、紙の断裁機のリズムが彼にマッチングし、今では一人で作業を行い、常用雇用に移行して丸4年が経過しています。また、精神障害のある人が法定雇用率の対象となったのを機に、2年前より躁うつ症や統合失調症のある人の雇用にも取り組みはじめました。

現在、パソコン業務に2名の方が働いています。体調管理や職場定着には課題もありますが、採用前に持っていた、漠然とした一般的な不安は大きく後退しました。障害のある人は働けないのではなく、働く場の少ないことが障害のある人を働けないようにしているのです。全国に働きたいと思っている障害のある人がたくさん待っていると思われます。その思いに向き合って、就業への扉が一層広く開かれることを願っています。

4 特例子会社の課題と今後の展望

法令順守(コンプライアンス)と企業の社会的責任(CSR)の観点から、大企業を中心に、障害者法定雇用率を達成するための補完的役割として、特例子会社の設立を検討する企業が多いようです。設立時は母体企業からの経済的及び人的支援、ハローワークや雇用開発協会からの助成金も手厚く大変効果的ですが、雇用数が一定となり、設立後3年~5年が経過しますと、助成金の受給が減少し、経営を圧迫しはじめます。

最近のように、企業を取り巻く経営環境が激変しますと、母体企業の経営状況が直接特例子会社にも反映し、製造業を中心に、仕事量の確保に各社共大変苦慮されています。また、10年以上経過しますと、社員の加齢化に伴う生産性の低下や、保護者亡き後の老後の問題も表面化してきます。

障害者雇用と企業経営の両立を長期的に持続していくには、業種にもよりますが、企業側の努力だけでは困難と思われます。これまで国の施策も就業支援に重点が置かれています。これからは働く障害のある人の職業生活を長期的に支え、維持していくという観点から、事業主への支援、特に所得保障制度の拡充や官公需の優先発注の充実等、継続的な経済的支援が強く望まれるところです。

(えぐちけいいち YKKグループ特例子会社YKK六甲株式会社代表取締役社長)

(注1)特例子会社制度…事業主が障害者雇用に特別な配慮をした子会社を設立した場合、一定の要件のもとに子会社の労働者を親会社に雇用されているものとみなして、親会社の障害者雇用率として計算できるという制度です。母体企業における雇用促進が本筋ではありますが、企業の社会的責務である法定雇用率達成のための有効な手段として、また幅広い障害のある人に就業機会を創出する等障害のある人にとってもメリットがあり、企業内においても社会的にも注目されています。全国で2008年6月末現在242社が設立され、6千人余りの障害のある人が働いています。

YKK六甲(株)概要(2009年3月現在)

母体企業: YKKグループ4社
資本金: 2億円(YKKグループ100%出資)
操業開始: 1999年4月1日
所在地: 神戸市東灘区向洋町西4丁目2番地(六甲アイランド)
事業内容: 印刷業(製版・印刷・製本加工)、Webサイトの企画・運営
売上高: 2008年度推定 3億円
労働者数: 19名(従業員18名・出向者 YKK1名)
障害者数: 下肢障害 4名  上肢障害1名  聴覚障害 5名
知的障害 2名  精神障害 2名    計14名
(2009年度 知的障害2名 精神障害1名 採用予定)