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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年4月号

1000字提言

怒りと使命感、そして、勇気が社会を動かす

大久保真紀

映画を観た。「彼女の名はサビーヌ」

「仕立て屋の恋」の主演で知られるフランス人女優サンドリーヌ・ボネールさん(41歳)の初めての監督作品だ。日本では2月に公開された。

サビーヌはボネールさんの1歳年下の実妹。小さいときから少し変わった行動はとったが、ピアノが好きでシューベルトやバッハを弾いた。作曲もした。ところが、28歳のとき、自閉症という的確な診断を得られないままに精神科病院に入院。大量の薬を投与され、3週間もすると体が震え、よだれを流し始めた。5年の入院で体重は30キロ増え、尿失禁を起こすようになった。その姿に「こんなことはあってはならない」とボネールさんはカメラを回した。

機会があってボネールさんをインタビューした。

彼女を動かしたものは、「治療に行った病院で、身体的な機能も才能もむしり取られてしまった」という怒りだった。それは「患者の数に対してスタッフが少なく、眠らせておくために大量の薬物を投与せざるを得ない現実」に対するものだ。

ボネールさんは15歳で映画デビュー、フランスでも人気のある女優だ。映画製作は売名行為ととられないかと不安もあった。しかし、自閉症者の家族と交流し、薬物依存で命を落としたり、薬の副作用で半身不随になったりした悲劇的な現実があることを知り、「知名度のある私が作れば、社会への影響が大きいのではないか」と決断した。

映画は、家族の記録として撮影したかつての美しく活発なサビーヌと、退院後の変わり果てた姿が繰り返し対比して映し出される。時にサビーヌが奇声を上げ、暴力を振るう場面も真正面からとらえている。しかし、映像は妹への愛があふれ、芸術的でもある。だれかを攻撃するという視点ではなく、医療・福祉行政の不備を静かに告発する。

「障害者の家族は、その障害者を隠そうとするところがある。家族にとって障害はふつうでも、社会はやっかい、うるさい、変だという目を向ける。家族はその目が気になる。しかし、私はそれをやめようと思った。映画は、私にはサビーヌという、そういう妹がいるということを隠すことなく、恥ずかしがることなく、宣言する意味もあった。私は障害者を抱える家族の代表として映画を作った。不当なことを世界に知らしめる責任があると思った」

フランスでは映画が公開され、担当大臣が現場を視察するなど小規模施設の重要性が認識され始めたという。「一番うれしかったのは政治家への影響。問題を見ないふりをしていた彼らの視線を少し変えることができた」

ボネールさんの怒りと使命感、そして勇気が社会を変えつつある。

(おおくぼまき 朝日新聞編集委員)