音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年4月号

フォーラム2009

ヨーロッパのソーシャル・ファームの発展
―国際セミナー『障害者の一般就労を成功に導くパートナーシップ』報告―

上野博

(財)日本障害者リハビリテーション協会主催の本セミナーは今年で10年目を迎えるが、障害者の雇用創出の新たな形態であるソーシャル・ファームを日本に紹介し、普及させたという点でその先駆性が大いに評価される。

2009年2月1日に開催された本セミナーでのイギリス、ドイツのゲスト・スピーカーの講演内容を報告する。

イギリス━━

イギリスにおけるソーシャル・ファームは、「ソーシャル・エンタープライズの一種であり、障害者、あるいは労働市場で不利な立場にある人々の雇用のために作られたビジネス」と定義されている。

政府とソーシャル・ファームとの連携

政府との連携が必要な理由は5点ある。1点目は、ソーシャル・ファームの成長を支援するためであり、ソーシャル・ファームの役割を大いに説明する必要がある。2点目は、ソーシャル・ファームが保護雇用工場や福祉作業所に比べ、安上がり、つまり費用効果の高いことを証明するため。3点目は、将来、ソーシャル・ファーム起業基金を政府内に創設するため。4点目は、ソーシャル・ファームを優遇する税制改正を求めるため、これは労働市場で不利のある人を従業員の25%以上雇用する一般企業にも適用する。5点目は、現在の複雑な社会保障制度を簡素化させるためである。

主には戦略的な連携をとる。ソーシャル・ファームUKはソーシャル・ファーム・ヨーロッパ(旧CEFECが2008年に改称)の一員として、欧州議会や欧州委員会に対するロビー活動を行っている。イギリス国内では、政府のソーシャル・エンタープライズを所管する第3セクター局の戦略パートナーとなり、政府施策の立案に参加している。

具体的に政府と取引をしているソーシャル・ファームの例を挙げると、視覚障害者のジョン・チャールズの起こした従業員15人のソーシャル・ファームは、中央政府からロンドン・オリンピック・スタジアムの建設労働者に対する配食サービスを受注している。

企業との連携

企業とソーシャル・ファームの連携はいまだ途上である。連携を高めるために、2008年11月「ダブルインパクト」という会議を開催しようとした。ソーシャル・ファームにとっては企業との取引チャンス、企業にとっては新たなCSR(企業の社会的責任)概念の受け入れ、また、ソーシャル・ファームへの参入等を目的とした。しかし、世界同時不況の影響のために延期を余儀なくされた。

企業との連携に必須なことは、質の高い製品、サービスの提供、専門的な経営、グッドガバナンス(健全で効率的な経営)である。

質の高いソーシャル・ファームの経営と開発

2008年にソーシャル・ファーム・クオリティー基準を開発した。基準項目は、企業であること、財政面、環境面で安定していること、社会的使命とビジネスが両立していること、法律を遵守していること、社会会計(ソーシャル・アカウンティング)があること等である。評価はSFEDIという独立機関が行う。2008年は5つのソーシャル・ファームが、すべての基準を満たす「スター・ソーシャル・ファーム」を受賞した。

ドイツ━━

ソーシャル・ファームの現状と実例

2007年現在で、ドイツ全土に約700社のソーシャル・ファームがある。従業員数は1社平均28人で、年間売上高は平均100万ユーロ(約1億2,500万円)。一定数以上の障害者や労働市場で不利な人たちを雇用し、通常賃金が適用され、労働上の権利および義務も他の従業員と平等である。

ドイツ最大のソーシャル・ファームであるモザイク・サービスは、前身は福祉作業所であるが、1990年にソーシャル・ファームを始めた。現在はレストラン、カフェ、ケータリング、クリーニング、インテリア、ベーカリー等多種の事業を展開している。従業員200人以上の半数以上が障害者であり、年間売上高は600万ユーロ(約7億5000万円)である。

政府による支援

障害者や労働市場で不利な人たちを雇用すると、1人25,000ユーロ(約312万円)の補助がある。また、設立後3年間は障害者等の給料補てんがあり、1年目40%、2年目30%、3年目20%と漸減する。さらに障害者の低い生産性の補償という意味で、給料の10~20%が2年間補助され、更新も可能である。

以上は、ソーシャル・ファーム、企業に適用される。また、ビジネス・コンサルティングを受ける補助もあり、新規設立の場合は4,500ユーロ(約56万円)、既存の場合は2,000ユーロ(約25万円)で、これはソーシャル・ファームのみが対象である。このほか、消費税の低率適用、利益の非課税等の措置もある。

ソーシャル・ファーム支援ネットワークと今後の展望

ほとんどのソーシャル・ファームはBAG(ソーシャル・ファーム・ドイツ)に加盟している。BAGの活動は主に政府へのロビー活動と、会員間のネットワーク構築と交流活動である。ソーシャル・ファームの起業、経営アドバイス、各種の研修、セミナーの開催、法的問題への対応、調査研究等を行っている。

2008年12月、新公共調達法が成立し、社会条項が盛り込まれた。今後、ソーシャル・ファームが公共部門の仕事を受注する追い風となることは間違いない。また、近年ソーシャル・ファームに関心を示し、転換を計画する福祉作業所が増加している。

日本における発展

今回も、社会会計や社会条項の導入というソーシャル・ファームの新たな発展を学んだ。

さて、日本にも動きがある。2008年12月、「ソーシャルファームジャパン(炭谷茂理事長)」が発足した。今後、日本のソーシャル・ファーム発展の強力な舵取り役となるであろう。また、2007年に経済産業省内に設置された「ソーシャルビジネス研究会」の報告に基づき、本年3月には「第1回ソーシャルビジネス全国フォーラム」が開催された。日本版ソーシャル・エンタープライズの初の結集である。

社会的な課題とビジネスを合わせて追求するソーシャル・ファーム、ソーシャル・エンタープライズの今後の進展を注目したい。

(うえのひろし きょうされん・国際交流アドバイザー)