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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年5月号

在校生と卒業生たちの余暇支援活動
~和太鼓サークル「はやぶさ」の実践

浦木隆

1 はじめに

和歌山県の東の端、海と山の間、田んぼの中にポツンとあるJR紀勢本線紀伊佐野駅、朝9時着の電車から賑やかな面々が降りてくる。和太鼓サークル「はやぶさ」に通う電車組の到着だ。「おはよう!」いつも大きな声で挨拶を交わすのは悟(さとる)君(17歳)、みくまの支援学校高等部の2年生だ。2月27日、いつもは第一土曜日、月1回の練習だが、今月は2回目の練習。串本町民音楽祭(3月8日)のための新しい曲を仕上げないといけない。「5分の曲を作らんとあかんね」「あと1分短せんとな」、昨年3月卒業した中井(なかい)さん(19歳、郵便局アルバイト)、前川(まえかわ)さん(19歳、就労継続支援B型通所)、一つ年上の玉置(たまき)さん(20歳、就労継続支援B型通所)、みんな新曲の構成を真剣に考えながらドキドキワクワク、みくまの支援学校に続く蜂伏の丘を登る。歩いて15分、小高い丘を越えると学校が見えてくる。ボランティアのお父さん、お母さん、教師たちが待っている。長胴太鼓9台、締太鼓3台、計12台の太鼓をそれぞれの車に積み込むと、練習会場の佐野体育館へ。体育館では、すでに到着している自家用車組と協力して車から太鼓を下ろし、広いフロアにV字型に並べる。準備終了とともに「おはよう!体操しまーす」リーダーの和田(わだ)さんの声が響き、ボランティアを含め総勢33人の大きな輪がフロアいっぱいに広がる。

2 余暇支援から「はやぶさ」の独立

和太鼓サークル「はやぶさ」は、お母さん方によって立ち上げられた障害児の放課後を豊かにする活動を進める「NPO法人ハトぽっぽ」の余暇支援事業として、「スイミング部」「ソーラン部」に続き02年にスタートした。その後、急速なメンバーの広がりに伴うスタッフ確保等の問題が発生、法人内で活動の見直しを検討した結果、08年3月、発展的観点から事業の整理を決定。それにより「はやぶさ」は独立し、翌4月よりそれまで指導に当たっていたみくまの支援学校の有志が運営を引き継いで現在に至る。メンバー(打ち手)は、みくまの支援学校在校生3人、卒業生18人、他校卒業生1人、保護者1人の計23人。ボランティアには教師のほか保護者も参加し、10人ほどで運営している(現在「NPO法人ハトぽっぽ」は日中一時支援事業とスイミングの活動を続けている)。

3 多彩なメンバー

リーダーの和田さん(23歳)は、山間の熊野川町から母親の車で練習に通う。みくまの支援学校卒業後、学校の隣にできた障害児・者支援センターで軽作業に就いていたが、体調を崩すことが多く、休みがちな日々が続いていた。一方、和太鼓が好きで、「はやぶさ」結成当初から参加していた和田さんは、前リーダーの下(しも)さん(21歳、スーパー勤務)が仕事の都合で“引退表明”した後、周囲が驚くほどの積極性を見せ、「俺がやる!」とリーダーに立候補。リーダー就任後は、毎回練習のメニューを考え、メンバーを引っ張っていってくれている。まだ、仕事に行けない日もあるが、和太鼓が彼の生活を豊かにしていることは確かだ。

新宮市の通所授産施設でお寺に収める卒塔婆の制作を担当している前田(まえだ)さん(23歳)も、結成当初からのメンバーの一人。いつも周囲の空気を読み、雰囲気を大切にする前田さん。バレンタインや誕生日のプレゼントなどメンバーへの細かい心遣いも忘れない。同級生の和田さんとはナイスカップル!二人で毎年、お花見や夏の一泊キャンプなどを中心になって計画してくれる。お母さんと親子で叩いている。

昨年度卒業した五味(ごみ)さん(19歳)は、「自分の働いているホームのお年寄りに和太鼓を聞かせたい」と就労先のデイケアホームでの公演を計画。職場の理解と協力を得て、昨年の9月に実現させた。五味さんの職員としての自覚が太鼓の音に乗せられた。

そんなみんなが一目を置く“打ち手”が、前田さんと同じわかば園作業所で卒塔婆の制作をしている大浦(おおうら)さん(23歳)。彼のバチさばきを一目見ようと、毎回発表会場に足を運ぶ“追っかけファン”もいるほどだ。その人気がますます彼のバチさばきを完璧にさせる。

4 はやぶさの「やる気」が広がって

「はやぶさ」は、東京都の無形文化財「三宅太鼓」に取り組んでいる。単純なリズムの繰り返しと横打ちの力強い打法がみんなの心を掴(つか)んだ(本格的な「三宅太鼓」を指導することはボランティアには難しいので、アレンジして「MIYAKE」としている)。複数の太鼓を打つ演奏は、全員の息が合わないとなかなか上手くいかない。初めはそれぞれが自分のリズムで打ってしまい、とても曲を演奏するには至らなかった。裏打ち(全体のリズムをキープする太鼓)に合わせて打つことがどれほど難しいことか、練習を開始して早々壁にぶち当たった(チーム名の「はやぶさ」は、メンバーの太鼓のリズムがどんどん速くなっていく様子を見たお母さんが大笑いしながら付けてくれたものだ)。

なかなかうまく叩けなかった「はやぶさ」だが、どれだけリズムが速くなっても、ずれても、飛ばしても、地域で披露し続けた。もちろん「はやぶさ」の存在を知ってもらいたかったこともあるが、一番の原動力はメンバーのやる気だった。「これだけ叩けるようになったから」「○○君に聞いてほしい」「中学校の友達に聞かせたい」、それは、和太鼓を通して今の自分をアピールしたい、前を向いた新しい自分作りを実現していきたいという彼らの強い気持ちだった。

舞台での発表を経験するうちに、不思議にメンバーそれぞれの太鼓が一つにまとまってきた。演奏の終了とともに送られる温かい拍手や声援、応援してくれる人たちの広がりが彼らの「もっとうまくなりたい」「すてきな演奏をしたい」という気持ちを大きくしていったのだろう。地域の音楽祭や夏祭り、親の会の行事など、発表の場が多く用意されていたこともラッキーだった。【人口3万3千人余りの地域でありながら、1981年の国際障害者年より毎年行われる障害者と市民のつどい(2007年より「人の和フェスティバル」に発展)のボランティア登録が延べ93団体、7500人に上るという祭り好きな新宮市の地域性も味方した※1

和太鼓「はやぶさ」の取り組みは、野球チームの結成や卓球サークルへの参加などうれしい広がりを見せていった。表現活動の楽しさを知り、フォークソングのバンドリーダーになるものも出てきた。

5 課題と展望

支援学校卒業後、地域でどのように生き生きとした暮らしを築いていくか、地域での生活を強調する自立支援法の下、それを実現していけるかどうかは、働く場所や就労の保障、各制度に則った資源の有効活用はもとより、その隙間(すきま)を埋める“楽しみ”がどれだけ豊かに用意されているかに大きく左右されるものと思われる。当然、「はやぶさ」のように自分を解放・表現できる場所は障害の有無に関係なく、自己肯定感を育む場所としてより多くあるべきだ。

今後予想されるメンバー増に伴い太鼓や練習会場、またボランティアをいかに確保していくか課題も多い。他のサークルとのネットワークを含め「はやぶさ」周辺の組織化を進める必要性もでてくるだろう。また“楽しみ”を基盤とした重度の障害児・者の生活の質を考える取り組みも急がれる。

和太鼓サークル「はやぶさ」は昨年8月、和歌山市民会館大ホールで行われた全障研全国大会和歌山大会の全体会で文化的行事として紹介され、そのステージに立った。2000人の大会参加者を前に堂々と打ち鳴らした和太鼓の響きは、2000の歓声と拍手に包まれてメンバー一人ひとりの胸に誇りとして深く染みこんだものと確信する。その誇りの積み重ねが自信となり必要としている隣人の手を取ることを期待して、大きな“楽しみ”の上にこの活動は続けられる。

(うらぎたかし 和歌山県立みくまの支援学校)

【参考文献】

※1 『和歌山発 ひろげて つないで つくりだす~障害者実践・運動からの発信』第8章 過疎地でのひろがり、莵原久視子、全障研、2008