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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年7月号

丁々発止の議論に参画して…

植野圭哉

平成20年度末に、第四次千葉県障害者計画(平成21年~26年)がようやく出来上がった。第三次に続いて200ページに及ぶ分厚い計画書であった。

第三次~第四次の計画策定に、聴覚障害当事者の委員として小生が関わった。両方とも年に延べ20数回にもわたる会議であった。議論が白熱し、1回の会議が3時間を超えることもざらではなかった。その経験や課題点なども含めて、報告したいと思う。

聴覚障害当事者にとって計画策定への初めての関わり

第三次千葉県障害者計画の作業部会がスタートしたのは平成15年8月。第二次障害者計画までは、委員として加わった障害者委員は限定され、聴覚障害者も含めた多くの障害者は作業部会に直接関わる機会に恵まれなかった。新たな風が起こったのは第三次障害者計画の時だった。県は、個々の障害者団体から幅広く委員を選ぶという積極的な考え方を取り入れ、聴覚障害者も加わることになった。これが、千葉県における聴覚障害者にとって初めての福祉参画であった。学識経験者、専門家、施設関係者に、聴覚障害、視覚障害、肢体障害、知的障害、精神障害など個々の当事者や家族も含めた、幅広い委員構成となった。

このような委員構成へと大きく変化するきっかけとなったのは、当時の堂本暁子千葉県知事の牽引によるNPOの施策から始まったとされている。ここからスタートした「県民が本音で語る『白紙の段階からの議論』」の考え方が福祉の分野から狼煙火となり、「健康福祉千葉方式」と呼ばれるようになった。

健康福祉千葉方式とは

従来型の、行政主導の計画素案による話し合いではなくて、障害当事者や施設関係者、問題意識を持った市民、県民などさまざまな人々が集まり、白紙の状態から官民協働による議論が始まった。議論は、委員会の枠にとどまらず、数多くの障害者団体、地域行政団体などへのヒアリングをはじめ、県内各地での数多くのタウンミーティングにも知事をはじめ委員会関係者が総動員で、できるだけ多くの県民の生の声を丁寧に聴取した。

この千葉方式で、特筆すべきは二点。一つは、日中働いている委員が参加しやすい環境をつくるために、会議は夜間の18時から行われたこと。二点目は、県庁の各課の多くの職員が、第三次作業部会の傍聴に耳を傾けていたこと。福祉関係のみならず、土木関係や都市計画、公園緑地、教育委員会、警察などの各分野の行政マンが毎回、席を埋め尽くし、議論に耳を傾けてくれた。担当職員は、会議の都度、議事録をつくり、一切の反論などをせずに、裏方に徹するという方針を最後まで堅持された。まさに「官と民との協働」方式で、障害当事者の声をできるだけ政策に反映させたいという意気込みが「官」の関係者の強いモチベーションとしてあったことも見逃せない。

聴覚障害当事者の「情報」と「発言」の保障について

私は1歳になる前に高熱で完全失聴してしまい、自分の声が分からないことを因とする二次的障害で、上手に発声することができない。このような状態であるので、会議に臨むときは、手話通訳者による手話通訳が必要となる。作業部会では、他の委員と対等に議論に参画するため、手話通訳者には次の3つの条件が必要となる。

1.行政用語や法律用語などの専門用語が数多く飛び交う議論の中で、専門用語を使いこなせる。

2.会議に参加する委員の発言はテンポが速く、議論の展開も加速し、さらに白熱してくると、丁々発止の議論展開となっても、同時通訳をこなせる技術を有する。

3.手話も言語のひとつである。聴覚障害者の放つ手話を読み取って、迅速かつ正確に、通訳していく技術が求められる。また、テンポが必要で、高度な読み取り技術の優れた通訳者の配置が必要。

聴覚障害当事者が委員としての職務を全うしていくには、その個人の能力や資質なども求められるが、同時に、情報コミュニケーションを保障する手話通訳者にも同様に高いレベルの資質や技術が求められる。幸いなことに、関係機関が行政用語などの専門用語に精通し、読み取り通訳に優れた手話通訳者の配置など、最大限の配慮をしてくれた。そのお陰で聴覚障害者の思いや意見をくまなく述べることができた。

最後に

私はこの作業部会だけではなく、「障害者差別をなくすための研究会」(後に、「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」を策案)などにも委員として加わった。余談であるが、研究会の委員の選定にあたって、「この人を入れると大変」というような方もあえて委員として入れたという千葉県行政の懐の大きさも、自由な議論の環境づくりの一つの支えになったのではあるまいか。

最近、千葉県では「コミュニケーションに障害のある方の情報保障に必要な行政の配慮に関わる研究会」の会議を終え、ガイドラインができた。これは、聴覚障害者や視覚障害者だけでなく、他の障害者も含めてのガイドラインであり、市町村や民間団体、企業にも周知し、呼びかけていくことを目的としている。恐らく全国でも新しい試みであろう。

障害当事者自らが計画策定などの作業プロセスに関わり、当事者ならでの主張や意見を交えての議論ができるような環境づくりが不可欠である。

(うえのけいや 社会福祉法人千葉県聴覚障害者協会理事長)