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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年7月号

フォーラム2009

著作権法改正と今後の課題

梅田ひろみ

著作権法改正案採択

今第171回国会において「著作権法の一部を改正する法律案」が全会一致で採択され、2010年1月1日から施行されることになった。ここには、障害者の著作物利用について規定する第37条第3項と第37条の2の大改正が含まれている。

この改正は、障害の種類を限定せず、障害者の福祉の増進に関する事業を行う者が、それぞれの障害者が必要とする方式で作成することを可能にしている。詳細は後段に記すが、公共図書館の利用を求めた視覚障害者が著作権問題に直面した時から34年を経て結実するもので、数々の取り組みを展開してきた多くの人々のことが思い起こされて感慨深い。まさに、国連障害者の権利条約批准に向けた、障害をもつ人々の人権尊重と、社会の側にある障害者の社会参加の阻害要因を取り除こうという流れが、この著作権法改正を後押ししたといえる。

“愛のテープは違法”から34年

1975年1月19日の某朝刊都民版に「“愛のテープは違法”の波紋 点字がわりの“声の本”無断録音(著作権法違反)とわかる 著作権保護同盟が実態調査へ」という記事が載った。東京都内の公共図書館が視覚障害者に貸出しているカセットテープが著作権法違反と指摘されたのである。1969年に日本盲大学生会等が東京都立図書館と国立国会図書館に図書館の開放を求め、1970年に東京都立日比谷図書館が視覚障害者へのサービスを正式に開始し、視覚障害者読書権保障協議会(視読協)が結成。まさに公共図書館の視覚障害者へのサービスが始まった矢先のことであった。その後、図書館界は著作権処理を行いつつ録音図書製作を進めたが、利用者のリクエストすべての許諾は得られず、視読協や日本図書館協会は、法改正を求めて幾度も文化庁著作権課等と話し合い、シンポジウムの開催などさまざまな取り組みを重ねてきた。

また、聴覚障害者の放送等の映像への字幕・手話挿入のニーズが高まり、聴覚障害者の情報取得に著作権法が障壁となっていることが問題化してきた。1988年10月には衆参両院の文教委員会で「視聴覚障害者等の障害者が、公表された著作物を適切公正に利用することができる方途を検討すること」との初の附帯決議がされたが、残念ながら実質的な前進はまったくみられなかった。

1998年9月に全国16の障害者関係団体(現在は21)で構成する障害者放送協議会が発足し、視聴覚障害者をはじめ学習障害や知的障害などすべての障害者の著作権問題に取り組み始めた。そして2000年5月に聴覚障害者のためのリアルタイム字幕と点字データ送信を、2006年12月には点字図書館等での視覚障害者向け録音図書のインターネット送信にかかる法改正を実現させた。しかし、これらは根本的解決には程遠いものであった。今回の改正は飛躍的な前進である。

何がどう変わるのか

今回の改正で第37条の見出しは「点字による複製等」から「視覚障害者等のための複製等」に、第37条の2は「聴覚障害者のための自動公衆送信」から「聴覚障害者等のための複製等」に変わった。なお、第37条の2は音声を文字などにすることと自動公衆送信を行う第1号と、障害者に貸出すために音声を文字にするなどの複製を行う第2号とに分けて規定されている。

(1)利用対象の拡大

今までは視覚障害者、聴覚障害者だけであったが、今改正では障害の種類を限定せず、「視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者」「聴覚障害者その他聴覚による表現の認識に障害のある者」としている。高塩文化庁次長は国会質疑で「発達障害や精神的な障害者も含めまして、実際に認識に障害があれば広く規定の対象となる」とし、障害者手帳とか医師の診断書も一つの方法ではあるけれども、実際には「その状況に応じて柔軟に対応できるようにしたい」と答弁している。

(2)行為の主体(製作等できる者)の拡大

障害者に対する著作物の複製等を行えるのは、視聴覚障害者等の「福祉に関する事業を行う者」で政令で定められる。政令案は8月頃に示されるというが、従来の「施設」に限定せず、広い対象が考えられているようである。視覚障害者等のための複製等ができる第37条第3項について、国会での文化庁次長答弁は、公共図書館、学校図書館、大学図書館、NPO法人などで利用者確認の体制の整備状況などを勘案することになるとある。

同じく、字幕の自動公衆送信ができる第37条の2第1号には聴覚障害者関連施設に加えて、現在こうした事業を行っている株式会社も対象となり得て、映像の貸出しを行う第2号には、公共図書館や社会福祉法人が新たに加わってくる可能性が高いと答弁している。

(3)方式の拡大

視覚障害者等には録音に限らず、聴覚障害者等には音声の文字化のほか、必要と認められる限度において、その障害者が利用するために必要な方式により複製して、かつ自動公衆送信することができるようになる。

これは、拡大や、マルチメディアDAISY化、触知化(布の絵本、触地図、立体図等)や、漢字にルビを付けることなどが該当しよう。色別で描かれた図を、色覚障害者向けに線の区別や識別記号の挿入で読み取れる図に変えることや、絵本の文章を理解しやすいピクトグラム(絵文字)化することも考えられるが、これらはやむを得ない場合に限定し、同一性の保持に配慮する必要がある。

また第37条第3項には、対象となる視覚著作物と一体になっているものも含むとあり、たとえば視覚障害者用に映画の音声解説とそのサウンドトラックや、日本語吹き替えを一緒に録音することも可能になろう。第37条の2では、第2号の貸出しの場合にのみ字幕や手話を付して元の著作物(映像)を複製できる。なお第1号の場合は映像の複製は含まれない。

これらの行為は、翻訳権・翻案権等(第27条)に及ぶため、第37条第3項に関しては翻訳、変形又は翻案(第43条第4号)、第37条の2に関しては翻訳又は翻案(第43条第5号)を認める改正も行われた。

(4)用途の拡大

現行は視覚障害者への貸出しまたは自動公衆送信(第37条第3項)、聴覚障害者へのリアルタイム字幕送信(第37条の2)のみであるが、プライベートサービス等のための譲渡も可能になるなど用途が広がる(第47条の9。ただし第37条の2第2号を除く)。

なお、著作権法では映画の著作物は他の著作物と異なり、無償、非営利であっても、貸出しが認められるのは視聴覚教育施設などの政令で定めた施設に限定され、さらに著作権者への補償金の支払いが必要(第38条第5項)である。今回、第37条の2第2号に係る政令で定められたものが聴覚障害者等へ映画の著作物を貸出す場合も同様である。

一方、今改正では、視覚障害者のみの限定的利用には無かった条件も付され、点字図書館等で今まで作成できたものでも法改正後はできなくなるものが生じる。附則第2条では、法改正前に作成したものは従前どおり使用できることを規定している。

法改正に伴うこれからの課題

今改正では、以下の一文が付された。

ただし、当該視覚(聴覚)著作物について、著作権者又はその許諾を得た者若しくは第79条の出版権の設定を受けた者により、当該方式(当該聴覚障害者等が利用するために必要な方式による)による公衆への提供又は提示が行われている場合は、この限りでない。

*( )内は第37条の2の場合

つまり障害者が利用できる方式で出版等されている時は、それを購入するか、著作権者の許諾を得て、以上説明してきた行為を行うということである。

これは当たり前とも思われるが、現実にはこれが障害者の著作物利用を大きく阻害する危険をはらんでいる。このただし書に関しては、障害者の著作物利用を進めることを基本に据えて、各種権利者団体との調整が必要である。第37条の2第2号の補償金回収システムや予算もまだ見えない。今回の著作権法改正は、すべての障害者に関わる問題に発展したことが何よりも大きな成果であるが、現実の障害者を取り巻く状況は、著作権法だけでは解決できない。図書館行政や福祉施策の貧しさもある。今回の法改正を足がかりに、各障害者団体や図書館、教育機関等が連携してすべての障害者のさらなる情報環境整備のための課題整理を行う必要があるだろう。

(うめだひろみ 社会福祉法人日本点字図書館図書情報課)