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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年7月号

列島縦断ネットワーキング【静岡】

障害者が農業を変える!
─京丸園(株)ユニバーサル農園の取り組み

鈴木厚志

ユニバーサル農園の考え方

「働く個人ごとに役割を持ち、人との繋がりの中で、幸せを感じられる仕事づくりを目指します」

企業活動はすべて、人の幸せのためにあります。京丸園では、毎日の働きの中で、「自分の存在がだれかの役に立っている」と実感できる場面を作り出すことを目標にしています。たとえ障害をもっていても、どんなに小さな力でも、働く一人ひとりに役割があること、努力の目標があることを大切にします。自分たちの持てる力と責任で、目標を達成できることが、働く個人の幸せにつながります。

正直に働き、品質の良い農産物を作り、お客様から仕事の評価を頂けること、そして結果として、利益とやりがいを生み出せることが、真の社会参加となります。京丸園での働きが、関わる人々すべての人たちの「喜びと安心と誇り」となれるような運営努力をしています。私たちの目指すユニバーサル農園とは、福祉のための農園ではなく、「農業経営における幸せの追求」です。

農園紹介

・経営理念:『笑顔創造』

笑顔は人と人との和の始まり。互いの笑顔が互いの支えとなるように。私たちの智恵と手足は、心からの笑顔を創るために存在します。

・事業内容:水耕部、土耕部、心耕部の3部門で構成

経営の主軸である水耕部は、「毎日、緑を食卓に!」をテーマに、1973年よりオリジナル水耕プラントにより野菜を周年栽培し、JA系統により全国30市場に出荷しています。品目は、京丸みつば・京丸姫みつば・京丸姫ねぎ・京丸姫ちんげん等の葉物野菜です。

現在、力を入れているのが土耕部です。「孫に食べさせたくて!」をテーマに、地域性を生かした味と質を追求しています。品目は、無農薬あいがも農法で作る京丸こしひかり、京丸姫とまと・ごぼう・白ねぎ・さつまいもです。

心耕部は、「農を通した働きの場づくり」をテーマにした部署で、障害者や学生など個人のテーマを持って農業参画する方々をサポートします。障害者就業支援・就業体験受入・農業視察受入・農業体験受入・職場実習受入などをコンストラクティブリビングを活用し、個々のテーマに沿った農園における働きのプログラムの作成・提供を行っています。

生産規模としては、水耕栽培施設70アール、田畑120アールと決して大規模農業ではありません。しかし、水耕栽培は1年を通じて野菜を生産することができ、現在、平均年20回転の栽培能力を持っています。

労働力は、10代から80代まで、53人が役割を持って働いています。内訳としては、役員4人、社員7人、パートタイム42人です。心耕部員の内訳は、障害者雇用11人(知的3・身体3・精神5)、障害者研修生8人(知的1・精神6・高次脳1)です。ほとんどの研修生は農園に就職するための訓練期間となっています。何らかの障害をもつ者が3割となり、障害者の力が農園を支えてくれています。

障害者との出逢い

好景気時代、就業体制の確立されていない農園には私たちが望む労働力は集まらない状態で、面接に来るのは超高齢者か障害者の方々でした。当時、障害者とどのように接したらよいのかわからず、採用をお断りしていました。しかし、募集のたびに何組もの障害者と母親が面接に訪れました。雇ってほしいと、本人が必死に書いた履歴書を差出し深々と頭を下げるのです。農園に受け入れ体制がないことを言い訳に断わると、母親は「私も一緒に働きますから」と。それでも採用できないことを伝えると「給料、要りませんからお願いします」と親子で頭を下げるのです。当時の私には、その言葉の意味が分かりませんでした。働くことは、給料を稼ぐこととしか私の頭になかったのです。親子が寂しそうに肩を落として帰る姿が目に焼き付いています。面接に来られた母親のほとんどの方々が帰り際「うちの息子、農業だったら何かできることがあったかもしれない」と言い残していかれたのです。

彼らが、農業という産業に魅力を感じてくれていることがとてもうれしかったのと同時に、もしかすると、農業に彼らを受け入れる役割があるのではと思うようになりました。彼らを受け入れるために、1996年コンストラクティブリビングの資格を取得し、翌年、障害者の受け入れが始まりました。

ユニバーサル農園の取り組み

障害者の受け入れは、最初ボランティアのつもりでしたが、彼らが農園に来てくれたおかげで、農園内がとても良い雰囲気になりました。皆が、彼らを支えようとする優しさがそうさせたのだと思います。彼らの仕事の能力は健常者の半分以下でしたが、彼らが共に働くことで農園全体の生産性が向上したのです。これが彼らの力なのだと思いました。この力に気付いてから、ボランティアの気持ちを切り替えて、ビジネスパートナーとして彼らを受け入れる決断をしたのです。1年に1人受け入れようと決めて15年、現在19人が働く農園となりました。

今、農園では、障害者と共に農業を新たな産業に変えていこうと、ユニバーサル農園の建設に力を注いでいます。5年前に障害者が中心になってちんげん菜部署を立ち上げました。今までの農業のやり方に障害者が慣れるのではなく、彼らが働きやすくなるように農業を変えたのです。結果、大変農業情勢が厳しい中、利益の出せる部署が誕生しました。障害者が農業現場に立ち、作業改善を進め、新しい農業生産システムが出来上がりました。

障害者が参画し稼げる農業の実現は、健常者であればより魅力的な産業となります。「農業だから」「障害者だから」は、上手くいかない理由ではないことを障害者自身が証明したのです。農業と福祉はとても相性が良いと思います。労働力としてばかりでなく、彼らの力を引き出すことができれば農業が変われるのではないかと思います。

今後の展望

障害者雇用が積極的に進まないのは、なぜでしょう? 昔、私が障害者を採用しなかった理由は、事業に対してハンディとなると発想したからです。たぶん、皆さん似たような理由だと思います。もしもそれが本当であれば、毎年障害者が増えていく農園は売上が落ち、利益が出なくなるはずです。しかし、障害者と出会って15年、売上、利益共に増収増益を実現することができました。ここまで来たのは障害者一人ひとりの努力はもちろんのこと、農園に送り出すご家族の支えそして、地域の就業支援センター、ジョブコーチ等福祉関係者の支援のおかげだと感じています。

最後に、最新の事業をご紹介します。テーマは、「人が活性化する農業機械開発」、農業と福祉と工業の融合による新しい事業です。農場に害虫が発生すると農薬を散布するのが農業の実情です。今回、農薬散布を減らす機械を工業界の方々と開発しました。虫の掃除機(虫トレーラー)です。この機械は、障害者が使えるように設計され、機械と人がセットで農場に導入されて活躍してもらえます。工業界も単なる省力化機械でなく、人が活きる機械開発に情熱を注ぐ会社が手をあげてくれています。農業や障害者というキーワードは、地域産業にも大きな影響を与える予感がしています。

農業分野での障害者就労がますます進み、農業と福祉の融合による新たな産業が誕生することを夢に、今後も活動を続けていきたいと思います。

(すずきあつし 農業生産法人京丸園株式会社代表取締役)

コンストラクティブリビング:「建設的な生き方」と訳し、アメリカのレイノルズ博士が森田療法と内観法を取り入れ、再教育法としてのプログラムをしている国際ライセンス。