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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年7月号

ほんの森

ゆびさきの宇宙
福島智・盲ろうを生きて

生井久美子著

評者 堂本暁子

岩波書店
〒101―8002
千代田区一ツ橋2―5―5
定価 1,890円
(本体1,800+税)
TEL 03―5210―4000(代)

本著は「人間・福島智」の生きざまを真摯に描いた力作である。私が「盲ろうの福島智」と言わないのは、「盲ろう」という枕言葉は差別の始まりだと思うからである。

福島智さんは3歳で右目を、9歳で左目の光を失った。その時、オタオタしている周りの大人を智少年はいさめ「色紙でも表と裏があるやろう。その裏面も考えないとあかん」と、裁判官か哲学者みたいなことを言ったという。「聡明さとぬいぐるみ遊びをする幼さが共存していました」と母親の令子さんは当時を回顧している。

最悪の事態は、14歳で右耳、18歳で左耳の聴力が失われていく時で、「俺のからだ、俺の耳、俺の運命はいったいだれが握っているのか」と訴え、18歳の誕生日の日記には「今がいちばん苦しい」とある。

著者は、この想像を絶する内面の葛藤や不安、揺れる心を「ゆびさきのインタビュー」と入念な取材で再現している。

極限的な苦しみのなかで、思索を深める。「考えに考え、悩みに悩んで、頭が透明になった。世の中にはきっと僕と同じ状態の人がいる。僕はこの苦しみをその人たちのために、役立てよう。それが使命」とプラスに受け止める。魂の躍動がそこにある。

その人間的な魅力に惹かれて、「彼が目が見えなくても、聞こえなくても存在を丸ごと認める」友人に、教師に、妻に彼は恵まれた。そしてなにより母親の令子さんが考えついた指点字が外界への扉を開き、通訳や仲間たちに出会う。そこに厳しくも愛情豊かな人間関係が織りなされ、その輪に支えられて、福島智さんは大学を受験し、博士論文を書き、大学教授になった。

東大は「21世紀の先端科学は、人間の内部に向かう」との認識から「極限状況のなかで本質を捉えている人材」を探し、福島智さんに白羽の矢を立てた。自分一人の力は微々たるもの、しかし、東大というフィールドで、障害者とそうでない人の間のバリアを崩し、社会を変えていく化学反応をおこす「触媒」の役を果たしたい、と福島智さんはいう。ぜひともバリアを崩す劇的な「触媒」であってほしい。それは障害者にとっての革命であり、「だれもが自分らしく、差別されることなく生きられる21世紀型社会」への変革に他ならない。

「盲ろうは命は奪われていないけど社会から黙殺され、殺されてきた。盲ろう者は、内部で戦場体験をしている、それは、たった今もです」という福島智さんの内的な戦いは、社会変革への戦いでもある。

しかし、彼は深刻がらない。時にはとことんお酒を飲み、ユーモアを好む。その人柄と生きざまが好きだ。本著で心洗われ、新鮮な勇気をいただいた。

(どうもとあきこ 前千葉県知事)