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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年7月号

ワールドナウ

カリフォルニア(CA)州立施設Agnewsの脱施設化における最重度障害者の地域移行の課題

北野誠一

はじめに

私たちは、西宮市の「青葉園」や横浜市の「朋」といった、わが国における先駆的な重症心身障害者と呼ばれる人たちを含む最重度障害者の地域生活支援を知るにつけ、他の先進諸国での先駆的な実践報告との連帯を希求するようになった。

今回、私たちは、これまで定点観測的に調査研究を行っているCA州において、州立施設 Agnews Developmental Centerがほぼ地域移行を完了し(2000年3月時点入所者501人、2009年3月時点入所者4人)、その中には、重症心身障害と呼ばれる人たちも多く含まれていることを知った。そこで、今年2月に竹端寛氏(山梨学院大学)と現地を訪れ、地域移行の中心的な推進機関であるSan Andreas Regional Center(SARC)の地域移行担当チーム(チーフMimi Kinderlehrer)の方々にインタビューし、いくつかの特別な地域生活ホームを見学させていただいた。

アメリカとCA州の脱施設・地域移行の動向

アメリカの脱施設・地域移行の流れを引き寄せたのは、やはりADA法とその施行規則に基づく1999年のOlmstead 判決であろう。その判決に基づいて、各州は包括的で効果的なCommunity Placement Plan(地域移行計画)を作成し、実行することとなったのである1)。一方CA州は、当事者参画のメッカとして2年間にわたる各種委員会や公聴会等を踏まえて、2003年5月に、California Olmstead Planを作り上げた2)

その評価と問題点を挙げれば切りがないが、ともかく、このプランで唯一明確にされたのが、Agnewsの脱施設・地域移行であった。

Agnewsの脱施設・地域移行の4つの特長と問題点

(1)地域移行した利用者は最重度者か?

現在、CA州立Developmental Centerの利用者の多くは、日常生活支援と医療支援の両方を必要とする人か触法行為を伴ういわゆる強度行動障害といわれる人たちである。そのなかでも、Agnewsはとりわけ前者が多く、2005年1月時点【入所者総数348人】で知的障害を伴う脳性マヒが46%(2008年1月時点【入所者総数191人】で51%)、最重度の知的障害61%(63%)、てんかん症状59%(63%)、視覚障害36%(45%)、精神障害と知的障害の重複34%(35%)、人工呼吸器や胃婁等の機器使用22%(30%)となっている。これを見れば分かるように、身体障害と知的障害を重複する対象者が多く、地域移行は軽度の人から順になされたわけではない。

これは移行チームへのインタビューで明らかになったが、地域移行した順番は、基本的に本人や家族の同意と、本人のニーズに応じた社会資源が本人の希望する地域でいつ形成されたかによる。2005年1月の最初の移行計画3)では、13%の本人と家族は他の州立施設を希望、半数は今の社会資源では地域移行は希望しないという状況の中で、結局、2家族を除いて6年がかりでほとんどの本人と家族(法定代理人)を説得できたという。

その2家族のうちの1家族は、行政裁判的公聴会(Administrative Hearing)に訴え、その言い分が通った(2008年12月に裁定が下された)。その内容は、重度の視覚障害と知的障害をもつ脳性マヒの22歳のMKさんのニーズに叶(かな)うランターマン法に基づく、the Least Restrictive Environment(最も制約の少ない環境)は、特別な医療ニーズをもつ人の地域ホームではなく、ソノマ州立施設だというのだ。本人が重い障害のために、施錠されているかいないか、あるいは街中で暮らしている、あるいはルームメイトと家族的な環境で暮らしているといったことは本人には認識できないのだから、むしろ24時間すぐに医療にかかれる州立施設の方が、MKさんのニーズに適合しているという判断は、確かにSARCの地域移行チームが言うとおり、極めて障害固定的で頑迷な感が否めない4)

(2)地域移行(De-institution)か、それとも施設間移行(Trans-institution)か?

これまでのCA州立施設の脱施設化は、地域移行型というよりも施設間移行型であった。ところが、いよいよ最後に残された日常生活支援と医療支援の両方を必要とする最重度障害者か、触法行為を伴ういわゆる強度行動障害といわれる人の地域移行として、まず前者に手をつけざるを得なくなったといえよう。実際には、1割弱が他の州立施設に移行し、残りの多くの人が地域移行を果たした。その際の問題は、地域に根ざした医療支援システムの構築と、彼らにフィットした地域の住宅、そして地域住民としての参加と役割の展開の三つである。

まずは、地域に根ざした医療支援である。Agnewsの医療スタッフをスーパーバイザーにして、あとはそれぞれの利用者の地域のManaged Careの登録医等スタッフを研修と高報酬でキープした。

次は、彼らにフィットした地域の住宅の問題である。この施設はシリコンバレーのど真ん中のサンノゼにあり、利用者の親元もその周辺にあり、恐ろしく高価な中古物件はそのままでは役に立たないということもあり、困難を極めたようである。それでも、結局CA州が債権を発効して集めた資金を、特別なNPO法人を起こして、1軒あたり6000万~1億円程度の62軒(特別居住ホーム3ベッド型25軒、4ベッド型5軒、特別医療型962ホーム4ベッド型3軒、5ベッド型20軒、家族指導ホーム3ベッド型9軒)を運営管理させ、実際の利用者支援は、サービス事業者に委託し、30年ローンと事業費はSARC等の地域センターが受け持つという仕組みを構築した。

その仕組みのメリットは、30年後には、ホームは州の財産として長期にわたって利用者の支援に活用できる点と、サービス事業者が廃業しても、以前のように利用者が路頭に迷うことがなくなったことである。月々の費用は、一人につき委託費1万5000ドルとローン3000ドルの計1万8000ドルであり、州立施設の月一人あたりの経費2万ドルより安上がりとのことであった5)

(3)特別医療型962ホームは地域生活ホームか?

私たちはDana Hooperさんが委託を受けた特別医療型962ホーム2軒と他1軒を見学したが、その見事な建物や個室や調度の割には、本人が小さく見えた。家族や地域住民を納得させるための、停電になっても作動するシステムや、それを地域住民にも配電する装置等は大層立派ではあった。しかし、本人たちは日中だというのに、地域活動プログラムではなく、同じ建物の1か所に全員集められて、2人に1人といった感じの職員の見守る中で、ゲームやお絵かきや絵本読みのようなものをして(させられて?)いたり、痰の吸引をしたりしていた。見学しているうちに前述の公聴会判断が、なにやらリアリティーを持って感じられてしまう。実際これでは、町なかの家族的な環境で暮らしているメリットなど何も無いと言えよう。

実は、2005年のPlan for the Closure of AgnewsのAttachment 4の将来計画プロセスワークシートに、最初からずらっと並んだ医療中心の調査項目を見たとき、せっかく1992年のランターマン法の改正で本人中心支援計画(PC―IPP)を勝ち取ったのに、また医療モデルの旧の木阿弥(もとのもくあみ)かと思わざるを得なかった。CA州の資格であるPsychiatric Technicianの養成カリキュラム(1年程度)が医療モデルで、この世界で幅を利かせていることも気になった。唯一の救いは、ある利用者の家族が面会に来ていたことである。

地域社会でできる限り普通の市民としての参加と役割を営むことなく、患者の役割だけを演じるのであれば、州立施設で十分だといえよう。本人と家族と支援者と地域住人との共演による相互エンパワーメントのドラマは、まさに開演したばかりである。

(4)地域移行サービスの質とその評価の問題

2009年のAgnews Clousureの最新レポートによれば、その地域移行サービスの質についてはいくつかの調査がなされている。ここでは、地域に移行した本人とその家族・代理人へのインタビュー調査6)の結果について3点見ておこうと思う。

1.調査対象について

利用者の満足度や不満について聞き取ることには一定の意味があるが、Agnewsの利用者のような重い障害をもつ人に対する聞き取りは、かなりのキャリアと時間を要する。この調査も結局本人用と、支援者でもOK用と家族・代理人用に分かれていて、回答はそれぞれ、6人、76人、17人となっている。もう少し工夫があってもよかったが、支援者のバイアスのかかりやすい項目は、支援者が本人になり代わって答えるより、支援者自身の意見を聞く方が自然であろう。

2.家族・代理人の評価

ほとんどの項目で、高い評価がなされている。これは、地域移行のプロセス全体に、家族への情報開示と参画がなされたことを意味している。とりわけ、地域移行計画の策定に向けて、本人と共に中心的に関わる(Transitional)Case Managerに対する信頼と評価が高い。Medicaid予算に組み込まれたTargeted Case Managementは、2005年時点で、270万人の対象者に一人当たり年11万円、年間予算3000億円を要するプログラム7)であり、地域移行相談支援はその中心をなすものである。移行支援期間の180日を60日に短縮する施行規則でもめているが、本人とその家族の思いを真摯に受け止め、その自己決定・選択に必要な経験を提供しながら支援していくには、180日でも厳しいものがあろう。45%の本人が、住む所や日中活動の場を複数訪問・見学できているようだが、もっと多くてもよいと思われる。

3.地域生活・活動の実態と評価

地域移行のプロセスも大事だが、地域でどんな生活・活動を行い、それについての評価・満足度も重要である。これについては、ほとんどの家族・代理人は、本人が地域活動に参加していると答えている。しかし実際には、その多くは障害者のみの活動であり、それも支援者と同じホームのメンバーとの行動である。調査者も、利用者本人は物理的には地域統合を経験していると言えるが、地域への真の参加や関係の形成を促進するためにもっとやるべきことがあろうと述べているが、まさにそれが今後の課題であろう。

(きたのせいいち 関西地域支援研究機構代表)

1)本誌 2000年5月号拙稿

2)California Health and Human Services Egency May 2003

3)Plan for the Closure of Agnews Developmental Center DDS Jan 2005

4)OAH No.2008090758 Before the Office of Administrative Hearing State of CA

5)The Bay Area Housing Plan Submitted by 3Regional Centers Sept. 2005

6)Bay Area Quality Management System Consumer Survey & Family Guardian Survey Results Final Report (May 2007 Human Services Research Institute)

7)The CMS Medicaid Targeted Case Management Rule (April 2008 CHCS)