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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年11月号

1000字提言

精神医療保健福祉の改革ビジョンのさらなる前進を

高木俊介

2009年9月、厚生労働省は、「精神保健医療福祉の更なる改革に向けて」と題する報告書を公にした。これは、平成16年から10年間の間に実現すべき精神保健医療の改革の中間点において、今後5年間の重点施策について有識者による検討をとりまとめたものである。従ってここに記されたことは、今後5年間の精神保健福祉の改革の具体的取り組みの根幹となるべきものである。

しょせんは官僚の作文、と軽視してはならない。今後の精神保健福祉に関するあらゆる提言、法、施策、経済的援助はこの方向性に沿ってなされなければならず、そうである限りこの文書がその正当性を保証するもの、憲章となるのだ。ただし、そのようなものにできるかどうかは、当事者、関係者などあらゆるステークホルダーの実践にかかっている。

報告書は、「入院医療中心から地域生活中心へ」という従来の理念に加えて、「地域を拠点とする共生社会の実現」を謳(うた)う。その実現に向けた改革の柱として「精神保健医療体系の再構築」「精神医療の質の向上」「地域生活支援体制の強化」「普及啓発の重点的実施」の4項目について、それぞれの実現目標を掲げている。

この4項目のそれぞれは、もちろん有機的に絡まっており、それぞれを別個に実現できるものではない。入院医療中心の現状にとって、体系再構築とはとりもなおさず地域生活支援の強化であり、啓発は現実に地域生活をする当事者が増えなければ机上のものとなる。精神医療の質の向上は、体系の再構築によってしか実質的な実現は不可能であろう。

そして、これらの実現可能性を支えるものが、当事者の地域生活を支える制度の内容と質である。そのことはすべての項目に、医療と福祉の双方にわたる在宅支援の必要性が含まれていることに表れている。脱施設化というポスト近代市民社会にとって当然のことが、わが国の精神医療保健福祉の世界で、はじめて具体的な姿をとることができたのだ。

惜しむらくは、会議の妥協の結果生じたのであろう、統合失調症による入院患者数約5万人の減少という、情けない目標値しか掲げることができなかったことである。しかし、失望してはならない。精神科病院をめぐるあらゆる現状から考えて、地域支援体制を本当に充実させることができたならば、現実にはこの目標値をはるかに上回る精神科病院入院者の減少を実現することも不可能ではない。

地域支援体制の充実は、医療保健福祉従事者の覚醒と努力によって、今の体制を一歩前進させることで可能である。そして、精神科病院という前近代的収容施設は自然消滅に向かう。

(たかぎしゅんすけ たかぎクリニック)