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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年3月号

平成22年度予算案からみる障害者施策

小澤温

1 はじめに

平成22年度予算案をどう評価するのかについては、非常に困難なテーマである。なぜならば、昨年の政権交代によって、障害者自立支援法の廃案を公約にした政権が予算案を作成したので、障害者自立支援法の推進の観点からみた評価は全く意味をなさないと思われる。新政権の政策の方向性からみた評価はありえるが、この原稿を書いている時点では、マニフェスト程度のものしかないので、新法の骨子が公表されるまでは、真の評価はできない。平成21年度との比較の増減による評価はできなくはないが、それも、すでに述べたように、平成21年度の予算の大前提であった障害者自立支援法の推進という視点が平成22年度にはあてはまらないので、ここではそのような立場での比較はとらないことにする。

このような大前提の変化を踏まえて、ここでは、平成22年度の予算案を、予算の数値的な検討よりも、新政権の目指している方向性からみた予算案を中心に検討していきたい。

2 平成22年度の障害者福祉関係の予算案の概要について

平成22年度の厚生労働省・障害保健福祉部関係予算の全体は1兆1202億円(前年度より11.3%の増加)である。ここでは、新規項目とその他の項目(従来からの継続の項目)に分けて予算案の概要を検討する。

主な新規項目には、「利用者負担の軽減」(107億円)、「障害者虐待防止等に関する総合的な施策の推進」(4.7億円)、「盲ろう者向け生活訓練等モデル事業」(5400万円)、「障害者自立支援機器等開発の促進」(4.3億円)、「障害者総合福祉推進事業」(5億円)、がある。

その他の項目には、「良質な障害福祉サービスの確保」(5719億円)、「地域生活支援事業の着実な実施」(440億円)、「障害者に対する良質かつ適切な医療の提供」(1954億円)、「障害福祉サービス提供体制の整備」(124億円)、「障害者の社会参加の促進」(28億円)、「障害児施設に係る給付費等の確保」(710億円)、「重症心身障害児(者)に対する在宅支援の推進」(31億円)、「障害者に対する就労支援の推進」(18億円)、「精神医療の質の向上や精神障害者の地域移行を支援する施策の推進」(47億円)、「発達障害者等支援施策の更なる推進」(7.5億円)、「自殺対策の推進」(6億円)、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者に関する医療提供体制の整備の推進」(235億円)、「特別児童扶養手当、特別障害者手当等」(1367億円)、などがある。

新規項目の「利用者負担の軽減」は、応益負担を課してきた「障害者自立支援法」の廃案を目指す新政権としてはもっとも重要な施策である。この項目は、新たな総合的な障害者福祉の法制度ができるまでの間、低所得(市町村民税非課税)の障害者に対して、福祉サービスと補装具にかかる利用者負担を無料にすることを目的としている。そのため、この施策の貫徹にもっとも力を注ぐことは当然のことである。問題は、この項目にどの程度の予算が必要かである。厚生労働省の試算では、当初300億円ぐらいが必要であるとされたが、107億円はその3分の1であり、新政権の目指すべき方向からみて、この予算額の少なさはかなりの問題である。

「障害者虐待防止等に関する総合的な施策の推進」は、昨年の12月に内閣府に設置された「障がい者制度改革推進会議」における重点的な検討事項に、障害者への虐待防止に関する法制度の検討があり、このための基盤整備として位置づけることができる。特に、「障害者虐待防止対策支援事業の推進」(4.6億円)は、障害者の虐待防止と虐待を受けた人に対しての支援の二つの柱で、関係機関のネットワークの強化を目的としており、この項目のほとんどの予算を占めている。ただし、都道府県に対する統合補助金となっており、都道府県の裁量によって、重点的に取り組む都道府県とそうでない都道府県との格差が生じる懸念がある。

その他の新規項目としては、「盲ろう者向け生活訓練等モデル事業」(5400万円)(盲ろう者の障害特性に応じた宿泊型の生活訓練のモデル事業)、「障害者自立支援機器等開発の促進」(4.3億円)(市場が小さく民間企業が関わりにくい福祉機器の開発促進の支援)、「障害者総合福祉推進事業」(5億円)(障害者自立支援法に代わる新法に向けて必要な課題に応じた実践的な工夫や実態把握)がある。

以前からある項目としては、「良質な障害福祉サービスの確保」(5719億円)が、平成21年度に比べて、11.3%の増加である。ここでは、福祉・介護職員の処遇改善事業として賃金引き上げのための事業者への補助事業が含まれていることから増加が大きい。「障害者に対する良質かつ適切な医療の提供」(1954億円)(主に自立支援医療に関わる補助)も平成21年度に比べて、35%の増加である。その他の項目は平成21年度に比べて、横ばいか減額されたものが多い。特に、「工賃倍増5か年計画」の着実な推進(7.9億円)(53.5%減額)、「発達障害者等支援施策の更なる推進」(7.5億円)(14.8%減額)は、障害者の就労支援、賃金の保障、発達障害者を含めた隙間のないサービスの推進を公約に掲げている新政権にとって、これらの項目の予算の減額は大きな課題である。

3 新政権の目指す障がい者施策改革の方向性と平成22年度予算案の課題

新政権では、「障がい者制度改革推進会議」における検討課題が政府の障害者政策の方向性を定める機関として捉えることができる。この会議では、「障害者の権利に関する条約」(以下、「障害者権利条約」とする)の批准を前提にした障害者基本法の改正、障害者差別禁止法の検討、障害者虐待防止法の検討、障害者自立支援法の廃止とそれに代わる新法の検討、障害児教育、障害者の雇用・就業、移動交通環境、精神医療に関する既存の法制度の見直しや検討などが予定されている。これらの検討事項一つ一つがきわめて大きな影響のある課題であるため、どのくらいの期間でどの程度の検討を行うのかに関して全く予想がつかないが、少なくとも「障害者権利条約」の批准を前提にした障害者基本法の改正が優先順位の高い事項であることは確かである。日本国憲法の規定によれば、条約の批准は国内法と同等以上の効力を有するため、ここでは、「障害者権利条約」の批准が今後の予算に与える影響を考察する。

「障害者権利条約」では、合理的配慮義務の違反が障害者の権利侵害であることを明確にしている。合理的配慮義務の代表的なものとしては、身体障害者の利用する可能性のある施設や建築物へのエレベーター等の設置義務があげられる。平成22年度予算をみると、「障害福祉サービス提供体制の整備」(124億円)という項目の中に、「グループホーム、ケアホームの身体障害者の受け入れに係るエレベーター等設置整備」(1グループホームあたり事業費ベースで200万円以内)という事項がある。合理的配慮義務という観点で考えると、障害者自立支援法の規定による障害者支援施設は、法律上では(実際は主な利用者の障害種別が存在はしているが)、身体障害を含めた三つの障害すべてに対応しているため、原則すべての障害者支援施設ではエレベーター等の設置が義務づけられることになる。もちろん、事業者が過度の負担により設置できない場合があるとしても、その場合は、その過度の負担を解消するための行政による補助が必要になるであろう。

合理的配慮義務に関しては、「障害者の社会参加の促進」(28億円)という項目があり、その中に、「視覚障害者に対する点字情報等の提供、手話通訳技術の向上、ITを活用した情報バリアフリーの促進」という事項がある。これも同様に、視覚障害者や聴覚障害者の利用する可能性のある施設や建築物、機関に関してバリアフリー促進の義務を負うことになり、事業者が過度の負担で対応できない場合は、それを解消するための行政による補助が必要になるであろう。

いずれの取り組みにしても、「障害者権利条約」の合理的配慮義務を前提にして予算を考えると、124億円や28億円程度の予算で収まるとはとても思えないので、今後の予算の検討には、政府に対して相当の予算措置の対応が求められる。

「障害者権利条約」の批准の観点で考えると、この条約の第19条「自立した生活(生活の自律)及び地域社会のインクルージョン」(以下、条約の条文は川島・長瀬訳)のb項「障害のある人が、地域社会における生活及びインクルージョンを支援するために並びに地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス、居住サービスその他の地域社会の支援サービス(パーソナル・アシスタンスを含む)にアクセスすること」は、障害者福祉の今後の予算に大きな影響を与えることは確実である。

この条文の権利を遂行するためには、入所施設や精神科病院からの地域移行推進に関する予算の増加が必要なことに加えて、在宅サービス、居住サービスの拡充の予算も必要である。平成22年度の予算案では、身体障害者と知的障害者の入所施設からの地域移行の予算に関しては読み取れないが、精神障害者に対しては「精神障害者の地域移行・地域生活支援の推進」(17億円)という項目があり、この予算は平成21年度と全く同額である。「障害者権利条約」の批准を目指している新政権にはこの項目の大幅増が期待される。

第19条のa項「障害のある人が、他の者との平等を基礎として、居住地及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有すること、並びに特定の生活様式で生活するよう義務づけられないこと」は、単に、グループホームやケアホームといった特定対象の居住サービスの拡充だけでなく、一般住宅における居住支援の重要性も示している。このことに関して、地域の中の一般住宅を利用しやすくするために、民間賃貸住宅の活用促進を目的とした「あんしん賃貸支援事業」と「居住サポート事業」の二つの制度の連携が強調されている。こういった取り組みは地域生活支援事業に含まれており、平成22年度予算案では「地域生活支援事業の着実な実施」(440億円)という項目があり、この予算は平成21年度と全く同額である。先に指摘した地域移行の予算と同様に、「障害者権利条約」の批准を目指している新政権にはこの項目の大幅増が期待される。

以上、新政権の公約と目指している改革の方向性から平成22年度予算案のいくつかの項目を概観してきた。

4 おわりに

最後に、新政権の責務としてきわめて重要な「障害者自立支援法違憲訴訟原告団・弁護団と国(厚生労働省)との基本合意文書」(2010年1月7日)の記載事項に触れて本稿を終わることにする。そこでは、障害者自立支援法の廃止に伴う新法の制定の論点として、「どんなに重い障害を持っていても障害者が安心して暮らせる支給量を保障し、個々の支援の必要性に即した決定がなされるように、支給決定の過程に障害者が参画する協議の場を設置することなど、その意向が十分に反映される制度とすること。そのために国庫負担基準制度、障害程度区分制度の廃止を含めた抜本的な検討を行うこと」、さらに、「障害関係予算の国際水準に見合う額への増額」と明記している。

(おざわあつし 東洋大学教授)


【文献】

○長瀬修・東俊裕・川島聡編、「障害者の権利条約と日本―概要と展望」、生活書院、2008年