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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年3月号

列島縦断ネットワーキング【長野】

歩く速度で暮らしたい「てくてく」の取り組み

桑原美由紀

てくてくの歩み

精神障害を家族に持ったことがきっかけで、平成12年よりボランティア活動を始めました。家族会加入後は見学会や研修会にも積極的に参加し病気の理解に努め、本当に少しずつではありますが、《当事者の願い》が伝わってきました。それは1.居場所がほしい、2.話し相手、仲間がほしい、3.病気を理解してほしい、4.生活環境を良くして気持ちよく暮らしたい、5.社会参加や仕事がしたい、でした。

そこで、「みんなの居場所を作ろう」と有志を募り、平成15年6月17日より週3回、自宅の2階部分を開放して憩いの家「アトリエてくてく」を開所しました。「てくてく」には「歩く速度で暮らしたい」というみんなの想いが込められています。そこでは、気軽におしゃべりしながらお茶を飲んだり悩みや将来の夢などを語り合ったりしていました。

平成16年度には県単独「憩いの家事業」として認可され、補助金が頂けるようになって運営も多少、楽になりました。足りない資金を補うため、またみんなの願いの一つである社会参加のために、コーヒーやサンドイッチを作ってはバザーなどのイベントに参加しました。そんなことを重ねていくうちに「今度はもっと仕事らしい仕事がしたい。みんなで働く場を作ろう」という目標ができました。

コーヒーや喫茶店が好きな人が多いこと、アート活動をしている人がいたこと、お店なら単純軽作業を行うほかの既存施設と違って、常に地域に開かれた場として気軽に足を運んでもらえて交流もでき、それが病気の理解につながるよい機会になるのではないかという想いと願いから、カフェギャラリーにしようと決めました。2度目の申請で何とか県より補助金を頂けることになり、平成17年7月に共同作業所「カフェギャラリーてくてく」を同1階に開所しました。

オープニングイベントでは民間の助成金により大西暢夫写真展「精神科病棟 ひとりひとりの人」を開催しました。それは精神科病棟で暮らす一人ひとりのかけがえのない生命の輝きの瞬間をとらえたものでした。カフェではチェーン店のようなスピーディーさはないものの、たとえばコーヒーだったら松本の有名な湧水と有機豆を使って丁寧にハンドドリップするなど、本来、サービスを受ける側の障害者自らが知恵を出し「おもてなし」というサービスができるようになり、一人ひとりのこだわりや個性が活かされる場となっていきました。

NPOの設立

それまでは任意団体として活動してきましたが、社会的責任を持って継続するため、平成18年4月「NPO法人てくてく」と法人化しました。一般に企業はマーケットリサーチし、ニーズが多いことを確認した後で事業などを始めますが、このような方法だと障害者や社会的弱者は対象外になってしまう恐れがあります。私たちは「だれもが可能性を発揮して意義ある人生を送る」というノーマライゼーションの思想を大切にした当事者主体の組織でありたいと願い、副理事長は統合失調症の当事者に担ってもらいました。主に、アート活動やピアカウンセラーとして法人の大きな支えとなっています。

NPO法人としての組織運営は難しく事務処理は膨大です。多忙な毎日ですが、立ち遅れている精神障害者の暮らしを支える身近な存在として地域に親しまれ、理解され、信頼され、支持・支援される法人でありたいと願っています。

現在の活動

(1)地域活動支援センターてくてく(松本市元町2―7―13)

1.地域生活支援「アトリエてくてく」:精神障害者等が集い、相談や交流、アート活動する場、2.就労支援カフェギャラリーてくてく:月~金曜日 11:30~16:00営業(*土・日・祝休業)、3.その他として、ふれあいマーケット事務局:松本圏域福祉施設約20団体の自主製作の展示販売(毎月第4水曜日 10:00~14:00 松本市役所東庁舎1F)

(2)グループホームてくてく(塩尻市広丘野村962―7)

平成18年度塩尻市内に精神障害者共同住居建設、19年8月26日「グループホームてくてく」を開所しました。精神障害者支援の三本柱は「住む場・憩う場・働く場」といわれていますが、家族からの「親亡き後のためにもぜひ…」という要望から16年より準備会を立ち上げ、地域説明会や資金確保に奔走しました。活動が思うように進まず何度かあきらめかけたこともありましたが、皆様の応援でグループホームが開所になり、ようやく三本柱が揃いました。

大切にしたいこと

「てくてく」の中で障害の程度に関係なく活(い)き活きとしている姿を見るとき、“保護”ではなく“機会”を与え合うことの素晴らしさや社会生活の中で養われる“人間性”の大切さを深く感じます。そこで、1.結果よりもプロセスを大切にしよう、2.飾らず隠さずありのまま正直に生きよう(知らないことは恥ではない)、3.好きなこと、できることから自分のペースではじめよう(無理はしない)、4.支援する側とされる側に分かれるのではなく参加者の体験を分かち合おう、5.保護ではなく「機会」を与え合うことで新しい価値感と自己表現力を創出していこう、という共創型相互支援を基本にしています。

今後の展開と課題

カフェギャラリーオープン以来、障害者の絵画展のようなイベントを開催したり、地元老舗の味噌企業とコラボした「みそまふぃん」を開発するなど、思考錯誤を繰り返しながらいろいろと試みてきました。しかし、1.病気の特性のため安定していない、2.メンバーの体調不良による人不足のためメニュー数も増やせず値段も上げられない、3.職員の人件費を十分捻出できない、人材不足、4.地域の偏見、5.駐車場がなく喫茶店としては限界がある、といった課題が常にありました。これらを打破し、メンバー一人ひとりに対して安定した工賃と可能性を広げるためには受け身ではなくこちらから地域にもっと働きかけてみよう、と話し合いました。

そこでカフェ5年目を迎えた今回、新たな試みとして、地域の中に販路を広げるために、日本財団の助成金を得て移動販売車を購入しました。全長約4.8mの車内には電子レンジ、流し台、製氷機、ガス台が設置されており、側面が開閉して店舗の窓口になるワゴン車です。これからは動く情報発信基地「キャラバンカーてくてく カフェ&マルシェ」として、カフェで培った経験を活かしながら、自分たちの畑でとれた野菜を使った地産地消のオリジナル商品も開発したいと思っています。

また、定員10人の地域活動支援センターから平成22年4月には就労移行6人、就労継続B型14人、定員20人の多機能型施設に移行する申請をし、21年度障害者自立支援基盤整備事業としてカフェギャラリーを改装しています。障害者自立支援法や新サービス体系について不安がない訳ではありませんが、制度に振り回されることなく、今まで「てくてく」が大切に培ってきたものを施設・設備の拡充により、さらに広げる好機にしたいと考えています。

精神障害者の社会復帰に向けた地域受け入れ体制の整備が求められている今、点在する資源、行政、関係機関と連携し経済的、組織的自立を目指すとともに、だれもが心豊かに暮らせる思いやりとふれあいのまちづくりを願って活動を続けたいと思います。

(くわはらみゆき NPO法人てくてく代表)