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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年5月号

聴覚障害者と映画
―ろう者はみな映画が好き―

比嘉豪

昔、字幕そのものが普及していなかった頃から、ろう者はみな映画が好きだった。先輩から手話で映画についてのいろいろな話をしてもらったものだ。ホラー映画は別として「映画は嫌いだ!」というろう者はいないと思うぐらい、ろう者にとって映画はなくてはならない娯楽の一つであり、情報源でもあった。

あるいは、銀幕を通して社会そのものを知る、文化芸術を知る、字幕を通していろいろな言葉を知る、内容によっては教養を深めることもできる、このように映画は人生学習の場であったと言っても大げさではないと思う。事実、私も感受性の豊かな時期に、映画を通していろいろなことを学び、それが骨となり、肉となり、血となって、現在の自分の礎となったと思っている。

今は亡き黒沢明監督の映画から大きな衝撃を受け、その作品から、芸術や美感などを学び、その映像の流れが今でも脳裏から離れない。他の著名な監督の作品からも、人生、哲学などいろいろなことを学んだ。その頃は、テレビが普及し始めていたが、テレビよりも映画の影響を多く受けたような気がする。特に洋画を鑑賞することが多く、「砲艦サンパブロ」、「大脱走」、「俺たちに明日はない」など、それらが印象深く残っている。それはなぜかと言うと、無論、字幕(スーパー)があったお陰で内容がより良く理解できたからである。

一方、邦画の場合、大多数の国民にフーテンの寅さんとして人気のあった「男はつらいよ」を例にあげると、「山田洋次」、「渥美清」、「倍賞千恵子」などの監督や俳優の名前、「テキ屋稼業」、「葛飾柴又」、「柴又帝釈天」、「草団子」、「マドンナ」などの言葉は知っていても、どうして人気があるのか、その理由が分からず、見向きもしなかった。だいぶ後になって、その「男はつらいよ」字幕付き上映を鑑賞し、そこで初めてストーリーを知り、人気の理由を理解できて、「それを言っちゃあおしまいよ」「結構毛だらけ猫灰だらけ」の名セリフも初めて知った次第である。

「俺たちに明日はない」の原題は、「Bonnie and Clyde(ボニーとクライド)」であることや、あの有名な「カサブランカ」の名セリフ「君の瞳に乾杯」は、原語をそのまま訳したのでは「君に乾杯」で他愛ないので、字幕制作者が故意に変えたものであるとか、さまざまなエピソードも知った。このほかの字幕制作者の翻訳作業の苦労話など、映画のうんちくは面白く、尽きない。

話がそれてしまったが、聴覚障害者は情報難民とも言われるように、見えない音声(音)を見える文字や手話などに変えなければ、情報が得られないということを、社会の人々はどれだけ理解しているのだろうか。

どのようにしたら「音は付きもの」、「音声がない世界は考えられない」、そういう世界の中に、音のない世界に住むマイノリティーが存在していることを意識してもらえるのだろうか。

もし、社会の人々が私たちの存在を意識してくれるようになれば、テレビでの字幕放送や手話放送も普及するはずだし、映画も洋画のみでなく、邦画も字幕(スーパー)付きで上映されるはずだ。DVDも同様に字幕が入れられるはずだ。そのような意識の変革が一日も早く社会全体に広がっていくことを願ってやまない。

(ひがつよし (財)全日本ろうあ連盟文化部長)