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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年1月号

列島縦断ネットワーキング【岩手】

学校の宿「希望の丘」と「ゆめグループ福祉会」とのユニバーサルな交流の広がり

平櫛賢治

5年目を迎えた交流

東京の「ゆめグループ福祉会」との交流は、5年になります。最初は、学校の宿「希望の丘」から車で25分くらいの七時雨山(ななしぐれやま)の、7月の終わりごろのイベントに参加されているご縁で、毎年の宿泊が始まりました。最初は1泊2日で38人の方々が宿泊されました。ありがたいことに、他の宿泊客のない、全館「貸切」でした。

いやあ正直、「たいへん、たいへん!」だったのです。「ゆめグループ福祉会」の皆さんは「貸切宿泊」が慣れてなかったのかな? 夜は何時に寝たのか分からない、お風呂はいつ入るのか分からない、何と夜中の1時2時に平気でお風呂に入られる。

次には、トイレの「緊急呼び出し」のボタンの押されること、押されること……。その音が鳴る宿直室の当番は、ブザーが鳴るたびに部屋に行くので、その夜は一睡もできなかったのです。「ひゃーたいへんダア!」が本当の気持ちでした。

翌日は、グリーン・ツーリズム体験の「ブルーベリー」の摘み取りと、岩手県安代町で日本一の生産量を誇る「りんどう」の摘み取りのどちらかを選べるようになっていました。もちろん「ブルーベリー」は無農薬なので、収穫してその場で食べられます。1年目の摘み取り体験は「ブルーベリー」と「りんどう」を半々ぐらいに選ばれていました。

「希望の丘」の合言葉は「みんなちがって、みんないい」

最初の学校の宿「希望の丘」の基本姿勢はカッコ良かったのです。

●障害があろうが、なかろうが、だれもがグリーン・ツーリズム体験、宿泊、食事も安心して楽しめる施設です。

●ユニバーサル交流とは、だれにも「やさしい」交流です。

頭で考えただけの、中身のない基本姿勢でした。

2年目はなんとなんと、「ゆめグループ福祉会」の皆さんは、52人の宿泊者数でやってきました。1泊2日でしたが、私はどうすればいいのか右往左往の状態でした。「どうしたら皆さんに喜んでいただけるのかなあ?」ということを考える余裕もなく、あっという間に宿泊、食事、ツーリズム体験と進んでいったのです。

2年目のグリーン・ツーリズム体験は、52人全員の方が「ブルーベリー」の摘み取りでした。実を摘んで食べる方、ビニール袋にいっぱい詰める方、いろいろです。しかし車いすの方は、田んぼのあぜ道の坂道を下ったり登ったりして、ようやく「ブルーベリー」畑にたどりつけるのです。多くの方の支えで畑に行くことができました。「おいしい、おいしい」の声が畑中に広がっていきました。

私はグリーン・ツーリズムを始めて15年になります。しかし、障害者にグリーン・ツーリズム体験を勧めたのは初めてでした。皆さんが喜んでいる姿は、本当に最高です。そして、次の職員さんの一言「学校の宿「希望の丘」があるから多くの障害者が来れたのです」。これはまったくうれしい言葉でした!

こうした体験をとおして、学校の宿「希望の丘」は3年目を迎えました。そしてようやく2つのことが分かってきました。「3年もかかってしまった」というのが実感ですが…。

1.障害も「人としての個性」なのです。私、平櫛賢治も18歳くらいからメガネをかけないと運転できない!

どんな人も「人としての個性」があると考えるなら「同じ人間」なのだから「どんな方も受け入れられる」という姿勢になったのです。バンザイ!

2.お金をかけて「ハード(施設)をうまく改装すれば多くの障害者が来るはず」と頭で理解していました。これは、まったくの間違いです。

これを補うのは「心」です。いくら障害者のことを頭で理解して勧めても伝わらないのです。「心」が本当に大事なのです。

このことから、学校の宿「希望の丘」の合言葉を作りました。山口県生まれの女性童謡詩人「金子みすずさん」の詩にある言葉です。これが学校の宿「希望の丘」の「心」を表す言葉と言えます。

「みんなちがって、みんないい」

そして、ユニバーサル交流とはどんな皆さんにも「やさしい交流」と言えます。

3年目から「ゆめグループ福祉会」の皆さんが、大勢でいらっしゃっても大丈夫になりました。

この年から2泊3日になったのですが、受け入れはとてもうまくいきました。そして3年目からは「岩手県立大学社会福祉学部」の学生の皆さんがボランティアとして「ゆめグループ福祉会」の皆さんをサポートしてくれることになったのです。これは本当に助かりました。

「希望の丘」に畑ができた

畑を作ったのは、障害者が農業を体験したら、どんな表情になるのかな?というのが大きな理由です。「ゆめグループ福祉会」の皆さんにとってもこれまでの「短期の旅行・2泊3日」から「長期滞在・1週間」と、そして「農業体験から農作業」への変更になるのです。

用意されたグリーン・ツーリズム(収穫体験が多い)体験ではなく、自らが土づくりから始めることが大きな違いです。岩手県北部の農作物として産地の多い「雑穀」(いなきび、えごま、そば、たかきび)を栽培することに決めました。これは「農業体験」ではなく「農作業」です。

畑になる土は山から運んだ土です。ですから木の根と石がゴロゴロいっぱいです。まず山土の中にある木の根を、人の手で引っ張りだします。次に、大きなトラクターで土をならします。ならした土の上から木の根が出ているのを、またまた人の手で引っ張り取ります。不安定な土の上での「農作業」は大変だったと思います。でも来年の「作物」の楽しみがあるので、皆さん張り切って仕事を進めていたのは確かです。

昔ながらの方法で無農薬の雑穀を

雑穀を無農薬で「昔のままのやり方」で栽培している農家の方の言葉に「雑穀は先祖から受け継いだ宝物である」というのがあります。そこには昔も今も、海からの「山背(やませ)」の寒い風が吹き続け、お米が不作の年には餓死者が多くでた岩手県の北部。そんななかでも寒さに負けず雑穀は栽培できたのです。「雑穀は人の命を救った」のです。「先祖から受け継いだ宝物である」という言葉には、先祖の世代を餓死から救ってくれた「雑穀への感謝の思い」が伝わってきます。餓死にならない現代の、健康ブームからの雑穀への視点とは大きな違いがあります。

自炊の試み

また、新しい試みとして「自炊」を実施しました。自炊を勧めたのは、地元の食材を知ってもらうことが一番の理由です。次には、何を作ってどう食べるかということを一人ひとりに確認し、食材の仕入れ、そして一緒に料理を作って食べる。そこから確実に新しいコミュニケーションが生まれ、それぞれの皆さんが施設にいる時とは違った新しい姿(顔)が表れることで、自炊は楽しいといった意見が多く聞かれました(もちろん宿泊費を下げる目的も)。

そして、4~6人で1週間も滞在していると「顔の見える深い交流」が生まれます。2回の来校(平成21年9月と10月の各1週間)になると、一人ひとりの個性(病気も含めて)が分かってきます。

「土いじり」をやりたいという、人としての基本の要求を発展させて「生きること」の意味や「挑戦すること」の大切さが伝われば、私としては大変うれしい!

そして「生きがい」が生まれ「支え合っている心」が通じあえることが、農作業を通した学校の宿「希望の丘」の大きなテーマなのです。

(ひらくしけんじ 学校の宿「希望の丘」事務局長)

●平成22年「農作業」スケジュール

1.5月4人、2.6月4人、3.7月6人、4.8月6人、5.9月5人、6.10月4人。すべて「ゆめグループ福祉会」の皆さんの来校です。