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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年1月号

列島縦断ネットワーキング【滋賀】

知的障害の人が逮捕されたら?
―家族・支援者・司法関係者向けハンドブックの作成―

越野緑

警察に通報された・取り調べをうけた…

こうした経験は、決して楽しいものではありません。

でも、そんな経験をしたとき
警察のひとにとっては 知的障がいのひとのことを知る機会に
知的障がいのひとにとっては 社会のしくみを知る機会に
家族にとっては 弁護士など支援者と出会う機会にしていきたい
そして、知的障がいのひとが生活するときの「街のサポーター」を増やしたい
街に出ることが、誰にとっても うきうき楽しいものになるように…

こうした書き出しで始まるハンドブック「知的障がいのある人が地域で安心して暮らすために―逮捕の連絡を受けてから起訴まで―」(A5版26頁)を滋賀県大津市において発行しました(図1)。逮捕の連絡を受けたとき、家族や福祉関係者にできることや司法との連携についてイラストを交え説明したものです。このハンドブックを作成した背景と、その内容についてご紹介します。

図1
図1拡大図・テキスト

3年ほど前のことです。「息子が交番に連れて行かれた!」と夜遅く、私の勤務する知的障害児者生活支援センターにかかってきた一本の電話。知的障害のある息子さんが、作業所の帰りに道行く女性をたたいてしまったという内容でした。ご家族の焦った声、そして電話を受けた私自身の胸のドキドキを今でもはっきりと覚えています。相談員である私はただただ“大変なことになった”とオロオロし、「弁護士さんに聞くから待って!」と伝えるだけで精一杯でした。

ちょうど同じ頃、知的障害の人の犯罪に関する相談のほか、借金や虐待など、福祉現場だけでは解決困難な課題について、大津市社会福祉協議会(以下「社協」)の顧問弁護士に何度も相談をしていました。私の焦った様子をみかね弁護士相談担当の山口浩次さんからこう言われました。「知的障害の人たちの犯罪について弁護士と一緒にじっくり勉強してみよう。2年くらい勉強すれば、福祉に何ができるのか、司法とどう関われるのか、自分たちがすべきことがわかるよ」

こうして2007年に始まったのが「大津高齢者・障害者の権利擁護研究会」です。社協の顧問弁護士である土井裕明さんの事務所に、相談支援事業所や行政などさまざまな立場から集まってみると、万引きで逮捕された人の身元引受人になったとか、路上生活をしていた人が賽銭(さいせん)泥棒で逮捕され初めて知的障害のあることが分かったとか、さまざまな事例がでてきました。事例を検討しながら「逮捕から送検までは48時間。この間に、警察に知的障害のことを説明することが必要!」など、図2に示すような逮捕後の流れと支援者にできることを一つ一つ学んでいきました。

図2 逮捕後の流れ
図2 逮捕後の流れ拡大図・テキスト

また「滋賀県地域生活定着支援センター」のスタッフにも研究会に加わってもらうなか、受刑歴が2回以上の人の60%がIQ69以下であるという事実(2008年)1)や、出所後の支援の重要性を改めて認識することになりました。こうした人たちは「福祉の網(セーフティーネット)からこぼれ落ちた結果、刑事司法という別の網に『引っ掛かってしまった』」2)といえ、知的障害者福祉に携わる者としての責任も強く感じるようになりました。

研究会を重ねるうち、知的障害者の犯罪、特に逮捕されたときについて、次の3つのことが分かってきました。

(1)知的障害者や家族が司法機関(警察など)やサポート(弁護士など)を使い慣れていないこと。たとえ不当な扱いを受けても「言ってもムダ」と最初から諦(あきら)めていたり、事態が大きくなることに恐れていたりすること。

(2)警察や検察が知的障害の特性を知らず、その結果、取り調べ場面などにおいて知的障害者が不当な扱いをされてしまうこと。

(3)福祉関係者も司法のサポートを使い慣れていないこと(見知らぬ女性から痴漢の言いがかりを受けた重度知的障害の人が交番に連行され、作業所の職員が駆け付けたものの弁護士等に相談することなく女性の言うなりに慰謝料を払ったという事例がありました)。

以上の3つを大きな課題と捉(とら)え、解決策の一つとして、今回ご紹介するハンドブックの作成を思い至りました。障害者の権利条約第13条に謳(うた)われる「司法への効果的なアクセス」を保障したい、本当に困っている人に必要な情報を分かりやすく届けたい、逮捕という危機に陥ったときの強い支えとしたいといった研究会一同の思いでした。

ハンドブックは、1.逮捕からの流れと支援者にできること、2.司法手続き場面での知的障害者の特徴と必要な配慮、3.支援のなかで大事にする「自分づくり」の視点、4.被害者支援のこと、の4項から成り立っています。

2では、警察等の司法関係者に、知的障害の人のコミュニケーションの特徴を知ってもらうことを目的に作成しました。真意を伝えることが難しく相手に迎合しやすい、質問の意味が分からない場合はすべて肯定してしまうといった特徴を説明しました(図3)。さらに、知的障害かな?と思ったら福祉関係者に連絡をしてほしいことと連絡先一覧も付け加えました。イギリスの制度(Appropriate AdultScheme:障害者の取り調べの際に、警察官と被疑者とのコミュニケーションを保証する人を呼ばねばならない)3)など、諸外国の実践や制度にも学びながら作成した項です。

図3(挿絵・高阪正枝)
図3(挿絵・高阪正枝)拡大図・テキスト

3の「自分づくり」の視点は、作成にあたり特に気をつけたことの一つです。逮捕されたり自らの行為を責められたりするときには「社会から締め出される」という不安を持ちます。ずっと後になってもその過去がフラッシュバックしてしまう人もいます。そんなときこそ一緒に考える支援者が必要であること、過ちを償い訂正できる自分づくりの権利をだれもが持っていることを述べました。

職場で同僚のお金を盗んでしまった知的障害の人が、自分の給料から少しずつ返済をし、その都度、支援者の支えを得ながら謝罪をしているという事例があります。一人ではしんどい過去との向かい合いを支援者が一緒に行うことで未来を拓(ひら)いていく、一度崩れかけてしまった自己価値を作り直す…懲罰ではなくこうした過程こそが知的障害のある人にとっての償いであり、何よりも再犯防止になるのではないか。逮捕という過去に蓋をするのではなく、未来への原動力にしたいという思いを込めました。

また、今回は知的障害者支援に重点をおきましたが、被害者は加害者の障害にかかわらず傷つきます。犯罪被害者支援機関とネットワークを持っておくことが必要と考え、4の項を作成しました。

ハンドブック作成や研究会を重ねていく過程において、支援者のネットワークもできてきました。3年前にオロオロしていた私もようやく「警察」という言葉を聞いてもドキッとしなくなり、生活支援センターでも知的障害の人の公判に支援計画を提出したり、証人に立って障害について説明したりできるようになりました。先日も、福祉的支援の証拠資料としてこのハンドブックが弁護士から裁判所に提出されました。ハンドブックをきっかけに支援の輪が広がり、何よりも知的障害の人たちや家族、福祉関係者が臆せず、堂々と司法とわたりあえるようになることを切に願っています。

なお、ハンドブックは大津市在住の方向けに作成しましたが、ご希望の方には実費(1部100円、送料別)でお譲りしています。ご住所・お名前・部数を明記の上、FAX077―527―0334、またはメールsien@biwakogakuen.or.jpにご連絡ください。

(こしのみどり 大津市立やまびこ総合支援センター内・知的障害児者生活支援センター)

【参考文献】

1)2008年・法務省矯正統計年表より

2)森久智江(2009)「障害のある犯罪行為者(JusticeClient)に対する刑事司法手続きについての一考察」、立命館法学、2009年5/6号

3)京明(2006)「イギリスの「適切な大人(Appropriate Adult)」制度について―取調べを中心に―」、龍谷大学矯正・保護センター研究年報No3