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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年3月号

平成23年度予算案から見る障害者施策の動向

平野方紹

民主党政権オリジナルとしての平成23年度予算案の特徴

平成21年8月の政権交代で発足した民主党を中心とする連立政権(以下「民主党政権」)にとっては、昨年度(平成22年度)予算は、政権樹立時点では、各省庁の予算案の骨格と見積もり(概算要求)が終わった後であったため、いくつかの「目玉商品」はあったものの、基本的には「接(つ)ぎ木」的な予算であったことは否めません。そんなこともあり、民主党政権による本格的な予算編成となった平成23年度予算は、まず予算策定過程で、「1兆円をこえる規模」での「元気な日本復活特別枠」(以下「特別枠」)を設け、各省庁に企画を競わせ、それで予算をつけるというコンペティション(競争)方式を導入するなど、これまでにない取り組みもあり、新たな試みを導入しての予算編成作業となりました。

また、自公政権の「骨太の方針」で推進された社会保障費の毎年2,200億円削減の方針が廃棄され、社会保障の自然増分1,200億円増を前提とする予算案作成の基本方針が打ち出され、社会保障費は5.3%増という高い伸びとなりました。

こうしたこともあり、23年度予算案は22年度予算を0.1%(1,124億円)上回る92兆4,116億円と過去最大の規模となました。

その内容の評価についてはさまざまな議論がありますが、次のような点ではマスコミや論者の見解は共通しているようです。

○急増する歳出を支えるための財源が国債の発行に依存しており、22年度に続き、国債収入が歳入の半分を越えるという「借金体質」となり、負担を将来の世代に先送りしている。

○マニフェストが破綻しているにもかかわらず、それを認めていないため、政策と予算が一致していない。

○目の前の対応が主眼で、長期的なビジョンが見えない。
総じて言えることは、本格的な民主党政権オリジナル予算案でありながら、明確なカラーが出ていない、マニフェストの切り貼り的な予算案であるという評価のようです。

このように、マスコミなどでは辛口の評価が少なくなく、また今の国会の勢力分布からは、仮に予算案が成立しても、それを実行するための予算関連法法案が成立する見込みが微妙なことから、予算の実効性を危ぶむ声も少なくありません。

では、こうした予算案の全体像を押さえた上で、この予算案の障害関連部門に注目して見ましょう(障害関連部門は、厚生労働省所管だけではなく各省庁も関与しているが、本論ではその代表として、厚生労働省の障害関連部門に着目して検討することとしたい)。

厚生労働省平成23年度障害保健福祉関係予算をどう評価するのか

(1)予算額総体の増減の推移

21世紀のわが国の障害福祉施策を財政面から概括するなら、平成15年度から施行された障害者支援費制度が財政面で破綻したことから、その立て直しの役割を担って障害者自立支援法(以下「自立支援法」)が平成18年度から導入されたといえ、事実、自立支援法導入後の厚生労働省の障害保健福祉関係予算は大きな伸びを示しており、社会保障抑制の「骨太の方針」下でも国予算の社会保障費の伸びを上回っていました。問題点が指摘される自立支援法ですが、財政面では大きな効果があったといえます。

では、自立支援法廃止へ向けた議論と制度再編が進む中で、これまでの障害関係予算の伸びはどうなるのか、これがまず注目する点です。

結果として、23年度の障害保健福祉関係予算案の前年度比の伸び率は+5.5%と、厚生労働省予算の伸び率+5.1%を上回っています。特に、障害保健福祉関係予算の中心となる「障害福祉サービス」は前年度比で+10%という高い伸びとなり、自立支援法施行後の6年間を見るなら図1のとおり、平均で9.2%増という非常に高い伸び率を維持しています。

図1 障害福祉サービス予算の推移 (作成 厚生労働省障害保健福祉部)
図1 障害福祉サービス予算の推移拡大図・テキスト
(注1)平成18年度については、自立支援法施行前後の障害者自立支援法に基づく障害福祉サービス関係予算(支援費、自立支援給付、地域生活支援事業等)を積み上げたものである。(自立支援法は平成18年4月1部施行、同年10月完全施行)
(注2)平成19年度~23年度については、自立支援法に基づく現行のサービス体系における予算(平成20年度は補正後)である。

障害者の地域生活への移行や支援を推進するためにはサービスの質も量も不十分であり、その推進のためには公的資金の投入はまだまだ必要であり、自立支援法という促進剤の効力が薄れてもそのニーズに応えようというスタンスは継続していると見ることができます。

(2)障害保健福祉予算案の歳出内訳の分析

予算案総体では高い伸び率を維持していますが、その予算案の内訳を見ると、次のような思わぬ側面が見えてきます。

○障害保健福祉関係予算案全体では、前年度比613億円増(+5.5%)となっていますが、ではどこが伸びたのかといえば、障害福祉サービス費の615億円増が突出しています。各事業間での再分配や見直しもあるので単純には言えませんが、コアである障害福祉サービスは拡充したが、障害者施策全体を総合的に展開するという課題には財政的には厳しいものとなった。

○特別枠として「障害者の地域移行・地域生活支援の為の緊急体制整備事業」として100億円が計上され、地域移行のための安心生活支援や地域で暮らす場の整備促進が盛り込まれた。これ自体は、地域移行や生活支援の促進剤として期待されるが、概算要求時に特別枠として同事業で要望した額は126億円であり、仮にこの金額が基本額であれば、約20%のカットとなった訳である。しかし、これだけ大幅なカットにもかかわらず、たとえばグループホームやケアホームの整備目標は8.3万人分と同じであり、同じ目標を8割の予算で達成することとなる。質を低下させることなく量を、しかも遅れることなく目標を達成するとなると課題は少なくないと思われる。

○新規事業としては、精神障害者へのアウトリーチ(訪問による支援)推進事業や発達障害児者の支援のために専門家が地域の施設や機関などを訪問しての支援事業が盛り込まれた。いづれも地域での生活支援のための地域活動に重点を置いており、地域移行促進という施策の方向性を意図したものとなっている。

なお、新規事業として、介護職員等による痰の吸引等の医療的行為の研修事業もある。これは入所施設での問題でもあるが、訪問介護や生活介護などでも今後問題となるものであり、特に地域移行が進み、医療行為を必要とする重度障害者が地域生活をするとなれば避けられない問題であり、障害福祉サービスは介護保険の「訪問療養管理指導」や「訪問看護」といった医療的サービスメニューを持っていないだけに、介護保険領域とは異なる点があり、これからどのように進められるのか注目したい。

このように、全体としては施策が着実に推進していると評価できますが、課題も少なくなく、施策間のバランスや施策の今後の方向性に注意が必要です。

(3)新たな法制度への移行の影響

現在、自立支援法に代わる新たな法制度の動向として二つが併存しています。第一は、障がい者制度改革推進会議やその総合福祉部会に代表される、平成25年8月へ向けた動向です。これは改革の主流ではありますが、予算に影響するような現実的な段階にはありません。

一方、昨年12月に成立した障害者自立支援法の一部改正法(いわゆる「つなぎ法」)は、23年度予算案がほぼ固まりつつある12月10日に公布された、しかも予算や制度設計の作業が政府内では行われていないはずの議員立法であるにもかかわらず、12月24日に閣議決定された23年度当初案では、つなぎ法の目玉の一つである、グループホーム・ケアホーム利用者への家賃補助や重度視覚障害者への同行援護(ガイドヘルパー)の個別給付化が、いずれも23年10月から導入されることとされました。新たな法が成立して、すでに9割方できている予算案に盛り込まれることは常識的には考えられない事態です。ここから、つなぎ法について、民主党、財務省、厚生労働省でかなりしっかりした合意ができていたことと、つなぎ法についての強力な推進力が窺(うかが)えます。

確かにまだ議論中の新法と、議員立法とはいえ成立したつなぎ法のいづれに行政として取り組むかといえば、当然成立したつなぎ法に力を注ぐこととなりますが、こうしたつなぎ法の先行と急速な予算化が、総合福祉部会での論議にどのように影響するか着目する必要があります。

23年度予算から見えることは何か

財政とは、政策の数値的表現であるといえます。数字の裏に施策の意図や真意が見え隠れしています。そう考えるなら、この23年度予算案から何が見えるのでしょうか?

多少荒っぽい言い方をすれば、次のようにいえるでしょう。

○これまで自立支援法が確保してきた財政効果(大幅な伸び)を継承し、しかもその増加分が自立支援法を骨格とする障害福祉サービス部門であるという点では、従来の自立支援法財政の延長にある。

○しかし、新規事業などは明らかに地域指向であり、予算案の基本構造と指向する方向性とのギャップをどう埋めるのかが課題となっている。

○昨年12月に成立したつなぎ法がすでに予算に組み込まれるなど、つなぎ法による制度再編は急速に進められることが予想され、今後は制度再編の要につなぎ法が据えられることは必至となる。となれば、総合福祉部会での議論との整合性をどう図るのかが問題となる。

23年度予算そのものが、民主党政権オリジナル予算でありながらカラーが見えないように、障害保健福祉関係予算も、大幅な伸びにもかかわらず、未来予想図が描けず、先行き不安というのが多くの識者の感想です。

しかし、予算ですべてが決まる訳ではありません。お金はどう使うかが問題です。

そうであれば、予算案をきちんと理解した上で、障害者にとってより良い使い方を考えることが何よりも大事です。予算に振り回されるのではなく、予算をうまく使いこなすことの方が重要です。予算は、料理で言えば材料です。材料がわからなければ料理はできませんが、材料で料理が決まる訳ではありません。材料を使いこなす国民の、そして障害者とその関係者の腕が問われています。

(ひらのまさあき 日本社会事業大学准教授)