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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年3月号

精神障害者関係予算に見る方向性と課題

松岡克尚

障害者自立支援法の見直しが進められる中で、平成22年12月に「障害保健福祉施策見直しまで」の処置としていわゆる「つなぎ法案」が制定、公布された。「平成23年度予算案」においては、そこで打ち出された施策が予算面にどう反映されるのかが注目されるところではある。ただ、そうした全体的な視点での分析、あるいは三障害共通事業については別稿に譲り、本稿では「精神障害者」と冠打った事業予算について取り上げてみたい。

1 訪問支援事業

経済成長や雇用等に有効な分野に投資する「元気な日本復活特別枠」(以下、特別枠)から、「障害者の地域移行・地域生活支援のための緊急体制整備事業」に100億円の予算が充てられている。そのうちの7億円を占めるのが、新規事業の「精神障害者アウトリーチ(訪問支援)推進事業」である。

アウトリーチについては、すでに米国発のACTモデルによって有効性が実証されているが、平成22年5月に打ち出された「こころの健康政策構想実現会議」提言書でも多職種チームによるアウトリーチをサービス提供の基本に位置づけることが強調されている。今回の予算措置もこの流れに沿ったものであり、それによって「来所を待つ」従来方式から「サービスを届ける」支援スタイルへと大転換を果たす「起爆剤」となる可能性を秘めている点は認めても良いだろう。

また、それが地域で暮らす精神障害者の生活支援を一層きめ細やかなものにしていく契機になり得る点も評価できる。加えて多職種チーム展開に必要な研修が予算対象になっており、この分野で本格的な多職種連携の幕開けを告げる可能性をも有している。それによって、今後の専門職教育に与える影響も無視できないだろう。

ただ配分対象が25か所にとどまっており、都道府県にそれぞれ1か所としても全国津々浦々とはいかず、かなり限定された数字になっている。新規事業であり、試行的にならざるを得ないのだろうが、物足りなさは否定できない。そのためにサービス提供の新たな方向性を打ち出したという新鮮さは薄まってしまい、折角のPR効果も半減気味な点は惜しまれる。特別枠という点でも事業継続性の面で不安を覚える。平成24年度予算で大幅な拡充を期待したいところである。

2 精神障害者関連各種施策の推進

(1)精神障害者の地域移行・地域定着支援の推進

平成16年9月の「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(以下、ビジョン)によって入院中心から地域生活へのシフトが図られたのであるが、そのための核となるのが本事業である(平成15年度よりモデル事業)。平成22年度予算で17億円の枠だったのが、今回は6.7億円になり約6割の大幅な減少である。先の「訪問支援事業」も地域定着に関連することからその予算額7億円を合算したとしても、昨年度の実績には届かず、予算規模的に後退感は否めない。一般的に事業進展とともに予算規模は縮小傾向になるが、モデル事業時代からすでに9年目ということもあって本事業も同じ運命を辿(たど)りつつあるように見える。

ビジョンでは、地域移行への目安として平均残存率(1年未満)と退院率(1年以上)、あるいは「受け入れ条件が整えば退院可能」な患者数が取り上げられていたのだが、予算規模の変動はこれらの目安との関連性が問われて当然である。しかし、「受け入れ条件が整えば」ということ自体が曖昧(あいまい)であり、その患者数も新規入院数に左右される。平均残存率や退院率にしても、病態によって一括同じ扱いでよいのかという疑問も払拭されていない。より納得できる客観的基準で予算規模の適正さを判定できる仕組みが必要だと考える。新たな基準を開発し、それによる事業見直しの実施を次年度において期待したい。その結果として、大幅な増額も当然あり得ると考えたいところである。

(2)良質な医療サービス

生活支援と並んで良質な精神科医療サービスの提供は非常に重要になるが、それに関連して「精神科救急医療体制の整備」、「認知症医療体制の整備」がいずれともに昨年度より減額になっている(各々23億円→18億円、5.8億円→3.7億円)。いずれともに整備事業であるので、計画の進展とともに予算規模は縮小する傾向を反映していると思われる。

今後望まれるのは、量的拡大以上の質的な充実であり、診療時間の短さや多剤大量投与傾向等の問題を改善していくための手だてが必要になるだろう。その関連で予算額は少ないが、「認知行動療法の普及の推進」(98百万円)が計上されたことは評価できる。治療手段の選択肢を増やし、結果として医療サービスの充実につながっていくことを期待したい。

3 心神喪失者等医療観察法関係

整備が遅れている医療観察法下の医療提供環境のために206億円が計上されている(昨年度比27億円減)。気になるのは、ハード面以上に必要になってくるソフト面での整備である。通院・退院決定後の地域生活支援を支える方法論と人材育成が欠かせないのだが、人材養成等の予算はハード面のわずか0.5%弱(86百万円)に過ぎない。今後はソフト面での充実化を図るべきであると思われる。

自殺対策については言及できなかったのだが、アウトリーチが今回の「目玉」だと言えるだろう。しかし「恐る恐る」という印象があり、強力な理念提起とそれに支えられた方向性を打ち出すほどの力強さに欠ける点は残念である。これまでの立ち後れを解消できる大胆さを今後は期待したい。

(まつおかかつひさ 関西学院大学)