音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年3月号

1000字提言

観光ガイド、オスカルさん。

高橋競

地雷で両手と視覚を失ったオスカルさんは、コロンビアのメデジンという町で観光ガイドを始めました。メデジンはかつて、パブロ・エスコバル率いるメデジンカルテルという麻薬組織が暗躍した危険な町です。しかし最近は、芸術家のフェルナンド・ボテロや人気歌手のフアネスを輩出した文化都市としても知られるようになり、美術館や公園には観光客が増えつつあります。中でも町を眼下に見渡せるロープウェイは人気の観光スポットになっています。

社会格差の大きいコロンビアでは、低所得者層が職業訓練を受けられるようにと、国立職業訓練庁が多くの職業訓練コースを設けています。最近、視覚障害者対象の観光ガイド育成コースが特別に開かれ、オスカルさんは20人ほどの仲間と一緒に受講しました。しかし、コース修了後、観光ガイドとして生計を立てられている人はいません。仕事の宣伝や交渉の仕方などの基本的なビジネススキルを持っていないため、仕事がなかなか得られないのです。事実、オスカルさんを知っている私の同僚でも、彼が観光ガイドをしているのを知っていたのはほんの数人で、実際にガイドしてもらった経験のある人は一人もいませんでした。

コロンビアで1年半以上も仕事をしながら、これまで観光らしい観光をしたことがなかった私は、先日、プライベートでオスカルさんにロープウェイの観光ガイドをお願いしました。約束の日に待ち合わせの駅に着くと、オスカルさんは時間通りきちんと待っていてくれました。約束した時間に会えること。冗談のようですが、南米コロンビアでは奇跡です。まずは駅のホームで、コロンビアやメデジンの一般情報についての詳しい説明です。そして電車の中では、「もうすぐ見える公園はね…」とか、「そこの教会はね…」とか、次々と細かい町の説明が続きます。もちろん質問にもきちんと答えてくれました。

そして、いよいよロープウェイです。メデジンは山に囲まれた町で、山の斜面には貧困者層の住居が広がっています。ロープウェイからは、急斜面に建つ赤レンガとトタン屋根の家々、裸足で遊びまわる子どもたち、陽気な音楽に合わせて踊る若者など、これまで知らなかったメデジンの日常を垣間見ることができました。標高が上がってくると家はなくなり、豊かな森林が続きます。ロープウェイの中で鳥の声などが聞こえると、オスカルさんが鳥にまつわるいろいろな話をしてくれました。

帰りの電車でオスカルさんは、「僕のガイドどうだった?」と小声で聞いてきました。「うーん、普通かな」と気の利かない答えをしてしまった私に少し不服そうでしたが、「まだ見せたい所がたくさんあるんだ。またよろしくね」としっかり宣伝して帰っていきました。

(たかはしきょう JICA専門家)