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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年3月号

ほんの森

高次脳機能障害とともに
―制度の谷間から声をあげた10年の軌跡

NPO法人日本脳外傷友の会編

評者 上田敏

せせらぎ出版
〒530―0043
大阪市北区天満2―1―19,2F
定価(本体1905円+税)
TEL 06―6357―6916
FAX 06―6357―9279

オートバイ事故での6か月もの意識障害から覚めて喜んだのも束の間、手足は普通に動いても5分前のことも思い出せない、壊れたテープレコーダーのように同じことを何度も言う。怒りっぽくもなった。買物も買ったことを忘れ、いくつも同じ品物を買ってきてしまう。返品しようにも買った場所を覚えていない、という状態が続いている30代の青年。

また別の50歳の男性は、11年前の交通事故のため、始めたばかりの自営業の廃業、離婚を経験し、意欲の低下があり、何事も長続きしない。抑制が効かない、特に食べることと喫煙(性欲でなくてよかった!と姉はいう)。計算はできるが抑制が効かず、あるだけ食べ物やタバコに消える。毎日こづかいを500円もらうことで過ごしているが、ある日母がうっかり財布を渡し買物を頼んだら、家に帰らず、翌日戻ってきたが、財布の中は見事に1円もなかった、等々。

本書はこのような事例に満ち満ちている。高次脳機能障害と一括される、注意・記憶・判断・意欲・感情制御などの障害、さらに地誌的障害(道に迷う、覚えられない)、作話(作り話をする)、保続(同じ行為・同じ言葉を繰り返す)、病識の欠如(自分に障害があるとは思わない)などが一人ひとり違った割合にカクテルされたような状態である。原因も交通事故による脳外傷、低酸素脳症、脳血管障害、脳炎などと多彩である。学校での柔道の事故も多い。

一見悲惨な物語のオンパレードのようにも見えるが、本書全体の印象は意外に明るい。それは家族も本人も血のにじむような努力を経て、仲間を作って助け合い、また公的な支援を得て、「自助・共助・公助」の三位一体で這い登ってきた歴史を持つからである。一般就労に成功した例も少なくない。

本書はNPO法人日本脳外傷友の会の設立10周年記念出版であり、多くの部分が家族・当事者、そして支援してきた立場の人々の手記・寄稿である。友の会の会長であり、本書の実質的な編者と思われる東川悦子さんは10年前を振り返って、わずか3団体(中京、関東、北海道)だけで大胆にも「日本」と名づけた連合組織を作ったこと、その次の年から会が厚生労働省に要望した「高次脳機能障害支援モデル事業」が始まり、拡大し、それが自立支援法による事業に受け継がれ、今や全国63か所に支援機関が設置されていること、その間、「友の会」も全国44の団体の連合組織へと発展したと述べ、「思えばよく走りつづけてきたものよ!」と感慨をもらしておられる。読者もその感慨を共にされるに違いない。

(うえださとし 日本障害者リハビリテーション協会顧問)