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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年3月号

知り隊おしえ隊

熊野に旅してみませんか?

山本勢津

自然のままの山々、青い海、澄んだ空気

熊野は遠い。テレビや写真で見る熊野古道は、苔生した山道や石段ばかり。車いすや杖では、行くのは到底無理。そう思っておられる方が多いのではないでしょうか。確かに遠いです。でも、だからこそ自然のままの山々や青い海、澄んだ空気が残りました。

昔の熊野詣での目的は、苦行、滅罪、再生を実感する旅でした。そして、「広大慈悲の道」と言われ、熊野は、上皇や貴族だけでなく、社会的弱者にも開かれた聖地でした。

今回は、熊野詣での目的地であった熊野三山と那智勝浦の町を紹介したいと思います。

熊野三山は、熊野川中流域にある本宮大社(ほんぐうたいしゃ)、河口の新宮(しんぐう)市にある速玉大社(はやたまたいしゃ)、那智滝(なちのたき)がある那智大社(なちのたいしゃ)の総称です。

本宮大社

東京からは、羽田空港から南紀白浜空港へ飛行機(JAL)*1で約1時間。そこから車で中辺路(なかへち)を通って本宮大社まで約1時間30分。国道311号線は、昔の熊野古道沿いにあり、滝尻王子(たきじりおうじ)、継桜王子(つぎざくらおうじ)、近露王子(ちかつゆおうじ)などは、車いすで立ち寄ることができます。森の中へ続く古道の雰囲気や木の精気を感じてみてください。

山の中を走る道が熊野川に出ると、もうすぐ本宮大社です。かつては、熊野川と音無川(おとなしがわ)が合流する中州にありましたが、明治の大洪水で社殿が流され、流出を免れた三棟が今の場所に移築されました。旧社地は今、大斎原(おおゆのはら)として、いろいろな催しが行われています。広い平地を散策するのも気持ちがいいものです。

170段あまりの石段を上がったところに、白木の檜皮葺(ひわだぶ)きの社殿があります。裏手に車で登れる坂道があります。主神は、家津御子大神(けつみこのおおかみ)(すさのおの尊(みこと))、阿弥陀如来(あみだにょらい)をお祀りしています。昔、京都から困難な道を延々と旅して、やっとたどり着いた参詣者たちは、感動の思いをもって眺め、「感涙禁じがたし」と藤原定家は述べています。

また、本宮には、甦りのつぼ湯で有名な湯(ゆ)の峰(みね)温泉、川原に温泉が湧く川湯(かわゆ)温泉、渡瀬(わたぜ)温泉があります。ゆっくり温泉に入って、疲れを癒しましょう。本宮大社の石段下近くと、世界遺産センターに車いす用トイレがあります。

本宮から熊野川に沿って新宮まで、車で約30分ですが、途中下車して、川舟に乗って熊野川を下るのも一興です。川の参詣道と言われる川下りですが、車いすを降りて背もたれのない座席に約1時間30分座っていることができましたら、乗れます。乗降は係の方が手伝ってくれます。川風を感じつつ、ガイドさんの説明を聞きながら、車道とは違った景色を楽しむことができます。

速玉大社

速玉大社は、主神、速玉大神(はやたまのおおかみ)(いざなぎの尊)、薬師如来(やくしにょらい)をお祀りしています。社殿は、朱塗りで平地にあります。境内には、御神木である梛(なぎ)の大木があります。凪に通じることから、海上、家内安全のお守りとして、その実から「なぎ人形」が作られています。

新宮という名は、神降臨の山、神倉山(かみくらさん)から神霊を移し祀ったことに由来すると言われています。そして、神倉山には神倉神社があります。神武天皇が高千穂から熊野に上陸した時、ここの祭神である高倉下(たかくらじ)が、神武天皇を助けて、その後、三本足の八咫烏(やたがらす)が大和まで導いて行ったという伝説があります。

この八咫烏が、今サッカー日本代表のシンボルマークになっています。2月6日には、お燈(とう)祭りがあります。白装束に荒縄の帯を締めた上(あが)り子(こ)(男子)が松明(たいまつ)を持って、神倉山の538段の石段を駆け下り、火の龍が下るようだと言われています。車いす用トイレは、市内のスーパー、市役所、福祉センターにあります。

那智滝と那智大社、青岸渡寺(せいがんとじ)

新宮から那智山まで車で約40分。途中左手に、昔の参道「大門坂(だいもんざか)」が見えてきます。樹齢800年を超える杉木立に囲まれた苔生した石段が続きます。ここは車いすでは無理なので、下から見上げて昔をしのびましょう。

もう少し進むと那智滝が見え始めます。水量が多い時は、ゴォーという轟音も聞こえます。那智山中には、四十八滝と呼ばれる多くの滝があって、那智滝は一ノ滝です。落差133メートルの日本一の滝で、那智大社の御神体です。滝口までは石段なのですが、数年前に車いす用の坂道ができました。那智大社さんに連絡して鍵を開けてもらって滝の前まで行きましょう。そして、パワーとマイナスイオンをもらいましょう。まっすぐ一筋に落ちる滝は、神々しさと荘厳さを感じます。フランスの作家で、文化大臣も務めたアンドレ・マルローは感動し、「日本の神だ。日本の自然には永遠がある。」と言って、その代表に伊勢神宮と熊野、那智滝を挙げています。

487段の石段を上がると、那智大社と青岸渡寺に着きます。有料ですが、もちろんここも防災道路で上まで上がれます。那智大社と青岸渡寺は、階段が3段ありますが、並んで建っています。その境内から、三重の塔と滝、遠くに熊野灘(くまのなだ)が一望できます。

那智大社は、那智滝を神聖なものと考える原始信仰に始まり、夫須美大神(ふすみのおおかみ)(いざなみの尊)千手観音(せんじゅかんのん)をお祀りしています。7月14日の那智の火祭りは有名です。ササラを鳴らして舞う那智の田楽、午後、大社を出発して滝に向かう十二体の扇神輿(おうぎみこし)、それを迎え清める十二本の50キロの大松明がもみ合う、神様が年に一度里帰りする勇壮な祭りです。

塀を隔てて青岸渡寺があります。花山法皇(かざんほうおう)の御幸(ごこう)に由来し、鎌倉時代に原型が整った、西国(さいごく)三十三所観音霊場の第一番札所で、全国から巡礼の方が来られます。本堂はこけら葺きで素木造り、豊臣秀吉によって再建されたものだそうです。那智山には、数か所車いす用トイレがあります。

那智の浜近くに、もう一つ訪ねたいお寺、補陀落山寺(ふだらくさんじ)があります。南にある観音浄土を目指して、生きながら小舟に乗って船出した捨身行が補陀落渡海(ふだらくとかい)で、その拠点となったお寺です。ご本尊の千手観音立像(せんじゅかんのんりゅうぞう)は、173センチのすばらしい桧の木像です。見る方向により表情が変わる穏やかなお顔です。

さいごに

熊野は、神社とお寺ばかりではありません。おいしい食べ物と温泉があります。熊野川の鮎、山仕事のお弁当だっためはりずし、冬のなれ寿司、サンマ寿司、そして勝浦は、生鮪の水揚げ基地です。1年中いろいろな鮪が食べられます。また鮑や鰹、鯨、冬には伊勢エビがあります。車いすで入れるおいしいお店がいくつもあります。歩道がないので、車に気をつけて、マグロ船が停まっている港や、太平洋に面した磯を散歩するのも楽しいです。朝早く起きられたら、魚市場で鮪が並んでいるのも見られます。

遊覧船に乗って、島巡りをすることもできます。駅や町営バスターミナル、町役場に車いす用トイレがあります。勝浦は温泉の町でもあります。足湯もあります。ただ、車いすのまま入れる温泉を持つホテルは少ないです。事前に情報収集して選ばなければなりません。

熊野への旅は、自然の恵みと畏敬を感じる旅だと思います。すべて予想通りの楽な旅ではないかもしれません。でも何か予期せぬことが起こるのも旅の楽しみです。ぜひ、熊野の神様に会いに来てください*2。山々や海、青い空が、きっと笑って迎えてくれます。そして、自然のパワーをいっぱいもらって、元気になりましょう。

(やまもとせつ 那智勝浦町在住)


*1 名古屋から紀伊勝浦間、白浜から新宮間は、JRの電車を使うこともできます。駅にエレベーターはありませんが、スロープを使って駅員さんが手伝ってくれます。那智勝浦には、車いすのまま乗車できる福祉タクシーもあります。

*2 最近、旅行会社による企画も催行されています。今年5月には、H・I・S・バリアフリートラベルデスクの「伊勢神宮と熊野古道」の企画があります。