「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年5月号

フォーラム2011

CBIDの促進とCBRガイドラインの活用

高嶺豊

昨年の5月にCBRガイドラインが承認され、その全容が明らかになった。日本でも、障害と開発に関心のある方々が、ガイドラインの活用を検討している。そのような中で、2月11日に「インクルーシブなコミュニティー作りのために―CBRガイドラインはどう使われるのか?」と題するセミナーが開催された。CBRガイドラインの作成に中心的に関わったマヤ・トーマスさん(インド・バンガロール)を特別講演の講師に招いて、CBID(コミュニティーを基にしたインクルーシブ開発)の推進とCBRガイドラインの活用について考えるセミナーであった。その他に日本の地域福祉を実践している戸枝陽基(とえだひろもと)さん、障害者権利条約とCBIDについて筆者が講演した。その後、マヤ・トーマスさんとの対話交流会が持たれた。

マヤ・トーマスさんは、CBRプログラムが92か国で実施されている状況を説明し、CBRが世界各地で定着しているとの認識を示した。そしてCBRガイドラインについては、これまで、CBRの概念、実践にいくつかの違いが存在しており、そのため、CBR概念と実践について統一された理解を提供する文書の必要性が望まれてきた。CBRガイドラインはそれに対応する試みであるとのこと。また、CBRとCBIDの関係については、インクルーシブディベロップメントは目標で、CBRはそれを達成するためのツール(道具)であるとの明快な説明であった。

さらに、CBRとDPO(Disabled Persons Organization)との関係について、これまで発展の違いや、お互いの活動への無関心からこれまで協力的な関係が十分に構築されてこなかったこと。それを踏まえ、障害者の権利保障およびインクルーシブ開発という共通の目標を実現していくために、今後、お互いの役割を明確にし、協力していくことが必要であると提言した。このDPOとの関係は、CBRガイドラインでも重点的にカバーされており、今後の展開を見守りたい。

後段では、インドと中国のあるCBRプロジェクトを比較し、その評価を披露した。インドでは、精神障害者を中心にしたコミュニティーメンタルヘルスモデルが紹介された。中国のCBRプロジェクトとして、半官半民の組織が実施する貧困削減・所得創出・職業訓練を中心にしたプロジェクトが紹介された。これらのプロジェクトは、各々その地域の特性やニーズに対応するために、問題分析、組織化、実践の手法には大きな違いがあるが、CBRの目標である、障害者の生活向上においては、大きな変化をもたらしたことが証明されたとのことであった。

最後に、国連の障害者権利条約の理念に沿った活動、DPOや政府との強いパートナーシップの構築、そして、CBRの効果を実証するための「証拠に基づく」評価手法を開発し、CBRがCBIDを達成するツールであることを証明することが大切であると締めくくった。

戸枝さんは、愛知県知多半島で共生の街づくりを進める実践を発表した。日本の障害者福祉の施設中心主義に疑問を持ち、地域で暮らすための仕組みがなければ、それをつくればよいとの思いで、さまざまな地域の受け皿づくりを進めた。障害者の特性やその個性に配慮するために小規模な事業を多面的に展開している。また、持続可能な組織運営ができるよう、安定した収益を確保するために、これまでの社会福祉分野では珍しい社会起業的な手法を取り入れた。今後、障害者、子ども、高齢者と切り分けるのではなく、ユニバーサルな地域支援の仕組みを構築したいとの夢を持っているとのことであった。

施設中心から地域福祉へという日本や欧米先進諸国の福祉制度の変遷と比べて、地域の中で孤立する障害者を地域全体で支援するというCBR手法の共通点がおぼろげながら見えてくる発表であった。今後、CBRの手法がどのように日本の地域福祉に応用できるか、考えるきっかけになるであろう。

さて、筆者は、「権利条約とCBID」との演題で最後に話した。国連ミレニアム開発目標が2000年に採択され、貧困削減が国際的な目標になるなか、障害問題を開発の中に包含するインクルーシブ開発の動きが盛んになった。さらに、同時期に障害者の権利に関する条約の草案作りが始まり、障害者問題を人権問題として捉える動きが強まり、障害、開発、人権の要素が一つの流れとして収れんした。これはCBR戦略の動きにも反映された。

2004年にWHO、UNESCO、ILOによるCBR合同政策指針が大幅に改定され、「CBR―障害をもつ人々のリハビリテーション、機会均等、貧困削減、社会的インクルージョンのための戦略」として発表された。これにより、CBR概念に、人権、貧困削減、インクルーシブコミュニティー、当事者参加が重要な要素として取り入れられた。

筆者は、次にインドのアンドラプラデッシ州における、障害者の自助グループとその連合体の構築により、障害者のエンパワメントと貧困削減を実現している例を紹介した。この事例は、障害当事者グループが、CBRの手法を駆使してエンパワメントと生活の質の向上を果たしており、意図せずにCBRガイドラインに沿った取り組みを実現していると思われる。

さて、CBRガイドラインはどのようなものなのであろうか。CBRガイドラインは、7つの小冊子でできており、冊子1が紹介編、冊子2―6が、CBRマトリックスの5つの構成要素(保健、教育、生計、社会、エンパワメント)を検証している。冊子7は補足的なもので、これまでのCBRプログラムで見逃されやすかった、精神障害、HIV/AIDS、ハンセン病などを検証している。

CBRガイドラインは、CBRプログラムが、障害者の権利条約を実現し、また、CBIDを支持するための実践的な戦略であることを証明するための指針を提供している。さらに、権利条約は、理念および政策を提供するが、CBRはそれを実現するための実践的なツールである。さらに、CBR活動は、障害のある人の基本的なニーズを満たし、貧困を削減し、保健、教育、生計、そして社会的な機会へのアクセスを可能にするように企画されている。すなわち、これらすべての活動は、権利条約の目的を果たすのである1)

このように、CBRガイドラインは、CBRとCBIDの関係、そして、CBRと権利条約との関係を明確に述べている。CBRガイドラインは、筆者が、以前より懸念していた疑問に明快に答えている。すなわち、障害者権利条約が、開発途上国の障害者にとって、絵に描いた餅になるのではないかという懸念であった。なぜなら、途上国では、障害者の貧困問題に取り組まない限り、彼らの生活向上が図れないという事情があるからである。権利条約はこのような問題に具体的な解決方法を提言していない。

それに対して、CBRガイドラインは、CBRが、権利条約の理念を地域で実践する道具であり、そのための具体的な解決策を提言しているのである。そして、開発分野において障害者支援を包含することを目標としている。

今後の課題としては、CBRプログラムに、障害当事者団体(DPO)の協力を得ることができるかどうかである。

CBRという言葉自体には、リハビリテーションという言葉がまだ残っているが、内容は、CBIDに極めて近くなっている。今は、CBRというブランド力を維持したいという思惑が強いと思われるが、今後、CBIDの特徴がより明確になれば、CBRからCBIDへと呼称が変わることもあるであろう。そうなれば、DPOにとってもっと受け入れやすくなるのではないだろうか。

さらに、もう一つの可能性は、途上国の障害者を中心に、自助グループとその連合体の構築が進んでいることである。筆者は、南インドの自助グループのスキームを3年間調査研究しているが、これらの自助グループは、基本的にはCBRの手法を使って、メンバーのリハビリテーションや他のニーズを満たしている。これらのグループは、権利条約の普及やCBID的な活動を実践している。自助グループや連合体がCBIDの担い手となっているのである。このような動きは、バングラデシュなど他の南アジア諸国へ広がっていて、さらに動きが拡大していけば、CBIDへのDPOの参加は、自ずと進んでいくものと思われる。

(たかみねゆたか 琉球大学教授)


1)World Heal Organization, CBR Guidelines : Introductory Booklet, 2010, p.26.