「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年5月号

列島縦断ネットワーキング【神奈川】

横浜で広がるアクセスディンギーの取り組み

田川豪太

1 はじめに

障害者スポーツ文化センター横浜ラポール(以下、ラポールと略)では、障害児・者が楽しむことのできるアウトドアスポーツとして、アクセスディンギーという小型ヨットの導入を進めています。筆者は、本誌2007年7月号の(知り隊おしえ隊)「海を楽しもう、江の島でアクセスディンギー体験!」という拙文で、アクセスディンギー(以下、ADと略)への取り組みを始めたことをお伝えしました。その後の3年間で、横浜市におけるADの実施環境が質的量的に大きく広がってきたため、今回、その経緯を中心に現状をご報告させていただきます。

2 取り組みの経過

図1にアクセスディンギーの取り組みの経過を示します。もともとラポールでは、ADの取り組みを重度肢体不自由児(主に車いすを移動手段とする脳性マヒ)に対するアウトドアスポーツの一つとしてはじめました。

図1 アクセスディンギーの取り組み
図1 アクセスディンギーの取り組み拡大図・テキスト

当初は、神奈川県藤沢市の江の島ヨットハーバーで体験会を実施しながら、重度肢体不自由児がADを楽しむための課題を抽出し、できる限り安全・快適に楽しむための工夫を重ねています。

具体的には、座位の安定性が低い重度肢体不自由児が、海上で揺れるADで安定的な座位が取れるようにするための専用シートの開発や、車いすからADに安全に乗船するためのリフトの設置などがあります。出来上がってしまえば簡単に紹介することができますが、これらの開発や設置には多くの時間と試行錯誤を繰り返してきました。

個々の障害特性や体力状況、運動機能を的確に捉え、適切な用具を開発していくためには、さまざまな専門職の関わりが必須となります。ラポールは、横浜市総合リハビリテーションセンター(以下、リハセンターと略)と一体的な運営を行っているため、リハビリテーション専門医(以下、リハ医と略)、理学療法士(以下、PTと略)、リハビリテーション工学技師(以下、リハ工と略)等のリハビリテーション専門職(以下、リハ専門職と略)との緊密な連携が可能でした。

ADに安定的に座るためのシートや安全に乗り降りするためのリフト等、ハード面の整備を進める一方で、セーリング技術の指導や障害児・者を乗せてセーリング体験を補助していただくスタッフの育成も重要な課題でした。

ADのセーリング技術については、セイラビリティ江の島、セイラビリティ横濱といったセーリングの専門家集団と連携しながら、障害児・者に対する対応方法をラポールが指導することでスタッフの育成を図りました。具体的には、障害特性の理解や介助のポイント等を整理してセイラビリティのスタッフに伝えながら、体験会の場を使った実地などを通して、障害児・者に対する適切な対応が可能となるようにしています。

ところで、横浜市は2009年に開港150周年を迎えました。これを記念してさまざまな事業が企画されましたが、我々は障害児・者に関するスポーツ普及の一つとして、ADの環境拡大を図りました。そのため、当初は江の島(藤沢市)で進めていたプログラムを横浜市金沢区にある横浜ベイサイドマリーナ(以下、YBMと略)で展開するようになりました。

YBMでは、ラポールおよびセイラビリティ横濱との連携によって、2009年度から「海の学校:アクセスディンギー・セーリング体験会」を本格的に開催しており、対象者も重度肢体不自由児だけでなく、成人の脳血管障害片マヒ、脊髄損傷、切断等に拡大しました。YBMでは、ラポールとの共同事業を通して、より安心して障害児・者がADを楽しむ環境の整備が進み、現在ではほとんどすべての障害に対応が可能となっています。

さらに、横濱開港150周年記念事業として「2009国際アクセスディンギーレガッタ」が開催され、この大会に出場するために競技としてのセーリングについても取り組みが始まりました。大会の開催にあたっては、神奈川県セーリング連盟、横浜市ヨット協会等との連携が進み、横浜市における障害児・者のADの普及が加速する要因となりましたが、このことは、150周年事業を実施する際にラポールが目論んだ展開でもあります。障害児・者の社会参加を進めるためには、150周年事業のような機会を最大限活用することが、大変効率的であるように感じました。

3 現状

図2に、YBMにおけるADのアプローチを示します。ステップ1に示したように、YBMではスロープを利用して、車いすに乗ったままADのポイントまで移動できます。

図2 YBMにおけるアクセスディンギーへのアプローチ
図2 YBMにおけるアクセスディンギーへのアプローチ拡大図・テキスト

ステップ2、ステップ3は専用のリフトを使用して車いすからADに乗り移るところです。リフトが設置されるまでは、人的介助(いわゆるトランスファー)で乗船せざるを得ませんでした。当然のことながら、ADは海上に浮いているので不安定な状況であり、その不安定な船内にトランスファーで乗り移ることは、非常に大変な作業でした。

ステップ4はいよいよ出航です。ADに乗ってしまえば、後はセイラビリティ横濱のスタッフ等がインストラクターとして同乗するので、風の心地よさを味わいながら快適なセーリングが待っています。

一方、セーリングは波や風の自然環境に左右されるので、寒い思いや水がかかる、船が大きく揺れる等の事態が生じ、対象者によっては怖い思いや不安を強く感じてしまうことがあります。ただし、我々の経験では、それらの状況について事前に十分情報提供しておくことにより、ある程度の不安感軽減が可能です。

ADは船そのものの特性として、基本的に転覆の可能性はほとんどゼロですし、極端に天候が悪い場合にはそもそも出航できません。

天候に恵まれ、広い海を風の力だけで走る爽快感は、一度味わうと忘れられない感覚です。アウトドアスポーツ全般に言えることですが、気候条件や対象者の身体状況等を十分配慮して、楽しく充実した時間を経験すれば、積極的な余暇活動の一つとなり、結果としてQOLの向上につながるのではないか、と考えています。

セイラビリティは全国的な組織であり、読者の皆様の近くにもあるかもしれません。もしこの記事を読んで、自分もトライしてみたい、とお考えの方がいらっしゃいましたら、ぜひお近くのセイラビリティにアクセスしてください。また、横浜での取り組みをもっと詳しく聞きたい、という方がいましたら、どうぞ遠慮なくラポールの田川までお問い合わせください。

4 まとめ

横浜市で過去3年間にわたるADの取り組みをご紹介しました。開港150周年という機会を利用し、予想以上の速さでアウトドアスポーツとしてのAD環境が向上しました。読者の皆様にも、ぜひどこかでADを体験していただきたい、と考えています。

(たがわごうた 障害者スポーツ文化センター横浜ラポールスポーツ課)