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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年8月号

フォーラム2011

障害者虐待防止法の成立

佐藤彰一

障害者虐待防止法が2011年6月17日に成立した。施行は2012年10月1日。市町村に障害者虐待防止センター、都道府県に障害者権利擁護センターを設置することが義務づけられているので、これから各自治体において、早急に体制整備が行われるであろう。

1 経緯

(1)障害者に対する虐待事件は毎年のようにマスメディアによって報道されている。その中で、今回の法律が制定されるきっかけとなった事件が、2003年に発覚した「カリタスの家事件」である。施設長が熱湯のコーヒーを無理やり飲ませて障害者に大やけどを負わせるという行為を行ったこの事件は、それ自体として残念な事件であったが、それまでの施設虐待事件と異なり、厚労省をはじめとする関係各機関に大きな衝撃を与えた。この施設が発達障害者支援センターの委託を受けている県内唯一の障害者専門施設であったからである。当時の厚労大臣は、施設の視察に自ら赴き、2005年には省内に勉強会を設けて対策に乗り出した。その衝撃の大きさはかなりのものであったと推測される。

(2)虐待はどこでも起きる。カリタスの家のような障害者専門施設と言われていたところですら虐待事件が起きるなか、殴る蹴る、強姦をする、などという施設における障害者虐待事件は、毎年のようにマスメディアで報道されている。そのため施設虐待が「目立つ」が、虐待が起きているのは施設だけではない。

障害者虐待の実態調査報告はまだそれほど多くないものの、いくつかの先行調査によれば、家庭、学校、就労先、病院等々、日常生活のいたるところで虐待が起きている1)。ある特殊な場所で(たとえば施設)、ある特殊な立場の人が(たとえば施設従業員)虐待を行うというようなものではなく、さまざまな場所で、さまざまな立場の方が虐待に関与することがある。もっとも、福祉専門職の立場にある人たちの間では、家庭における虐待が多いと認識をされているようである。

2 虐待防止法の概要

(1)今回の法律の基本的なスキームの概要は次のようになる。

1.〈2条虐待〉家庭(養護者)、就労先(使用者)、福祉現場(福祉施設従事者等)における障害者虐待をメインターゲットにして、そのそれぞれについて身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、経済的虐待、ネグレクト、の定義を置いた(2条)。

2.〈早期発見義務〉国と地方自治体の障害関係部局に障害者虐待の早期発見義務があることを明示し(6条1項)、関係する団体や職員、専門職に早期発見の努力義務を明示した(6条2項:高齢者虐待にくらべて範囲は広い)。

3.〈通報義務〉2条にいう障害者虐待を発見した人に、通報義務を課している。養護者、福祉関係者による虐待は市町村が通報先であり(7条、16条)、使用者による虐待は、市町村か都道府県となっている(22条)。通報懈怠に対する罰則はないが、通報したことによる不利益処分を禁止される(ただし虚偽や過失による通報は除外)。

通報を受けた側には通報者情報の守秘義務があり(8条、18条、25条)、その違反に対する罰則が規定されている(45条)。

4.〈家庭への調査・立入・支援〉養護者による虐待に対して、家庭への立入(11条)、警察の協力(12条)、養護者に対する面会制限(13条)と支援(14条)が新設された。家庭への立入は本法の他には根拠法令はなく、市町村へのまったく新しい権限付与である。立入調査を妨害する者への罰則も規定されている(46条)。

5.〈センターの設置〉都道府県に障害者権利擁護センターを設置し(36条)、市町村に障害者虐待防止センターを設置する(32条)。

6.使用者・学校・保育所・医療機関については、自主的な虐待防止の措置をするものとされている(21条、29条、30条、31条)。その内容は、1.研修の実施(共通)、2.普及啓発(学校、保育所、医療機関)、3.相談体制の整備(学校、保育所、医療機関)、4.本人・家族からの苦情処理体制整備(使用者)、5.虐待に対応するための措置(学校、保育所、医療機関)など多様である。

(2)対応スキーム

以上のような道具立てを前提に、家庭、福祉現場、就労先における虐待対応スキームを新法は規定しているが、家庭や福祉現場に対するものは高齢者虐待とほぼ同様のスキームが採用されている。紙幅の関係から詳細は割愛するが、1.家庭における虐待については市町村の虐待防止センターが対応し(9条以下)、2.福祉現場における虐待については、市町村と都道府県がそれぞれの関係法令上の権限を行使する(17条以下)。3.就労先については、都道府県の通報に基づき労働局が対応する(23条、24条)。これが新法の基本的な対応スキームである。

家庭に対する市町村の権限が大きくなったこと、就労先の虐待について、都道府県の労働局への通報義務と労働局の対応責任が明確になったこと、これが新法の特色である。

3 解釈にあたって

以上のような概要をもつ新法であるが、条文を読む上でいくつか留意したい点がある。

(1)2条虐待と3条虐待

2条では、前述のように、家庭、福祉現場、就労先の3種類の虐待を規定し、通報義務や対応スキームをおいているのであるが、3条では「何人も、障害者に対し、虐待をしてはならない。」と定めており、この3条に定める虐待と2条との関係をどう理解するのか整理が必要である。

本法では2条に規定する虐待を「障害者虐待」と呼ぶと規定しているが、障害者に対する虐待は、日常生活のさまざまな場面で生じていることは前述の通りであり、2条の規定からはずれる医療現場や教育現場における障害者に対する虐待を「障害者虐待」と呼べないのは、いささか日常用語とそぐわない。つまり3条に規定する障害者に対する虐待も、この法律を離れれば「障害者虐待」なのである。

2条の「障害者虐待」の意味は、本法に定める通報義務や対応スキームの適用がある虐待を限定する趣旨であって、2条からはずれる虐待を容認する趣旨ではない。日常生活の用語法としては、いささか混乱するので、中性的に2条に定める虐待を「2条虐待」と3条の一般的な虐待を「3条虐待」と呼ぶ方が便宜であろう。

いずれにせよ医療現場や教育現場での虐待は2条虐待の中には入らないのであるが、それは本法の通報義務や各種対応スキームの直接適用がないという意味であって、そうした場所での虐待も許されないものであることは、3条からも明らかである。今後、3条虐待に対してどのような対応がなされるべきなのかは、広く解釈に委ねられているというべきであろう。

(2)虐待定義

2条虐待の中身として5つのカテゴリーをおいていることは、高齢者虐待防止法と同じ手法である。しかし、規定の仕方に若干の相違があることも留意されて良い。たとえば、1.身体的虐待に「正当な理由なく障害者の身体を拘束すること」が明示されている。2条虐待の家庭、就労先、福祉現場のいずれにおいてもこれが明示された。家庭や就労先での身体拘束の「正当な理由」の解釈は課題である。2.心理的虐待につき、福祉現場と就労先には、「不当な差別的言動」という例示が入っている。家庭での障害者虐待には入っていない。3.ネグレクトの定義につき、障害者同士による身体的虐待、性的虐待、心理的虐待を施設や使用者が防止しないことも、虐待の中に含まれることになった。

さいごに

新法には課題がいくつか残されている。たとえば、虐待が主張される場合に伴う紛議の解決スキームが明確でないことや、2条虐待の対象から学校や医療機関がはずれていること、また成年後見の利用促進も課題である。なにより市町村と都道府県の専門職員の確保は緊喫の課題である。

しかし、本法によって障害のある方々のその人なりの生き方を作り上げていく、そのお手伝いができる基盤が今より格段に充実することは確かである。新法の成立を歓迎すると同時に、関係各位の今後の工夫と運用に大いに期待したいところである。

(さとうしょういち 法政大学教授・弁護士)


1)先行調査として次のものが存在する。1.日本社会福祉士会(2008)「障害者の権利擁護及び虐待防止に向けた相談支援等のあり方に関する調査研究事業報告」、2.宗澤忠雄(2008)「成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告」やどかり出版、3.全日本手をつなぐ育成会(2009)「親・支援者から見た障害者虐待あるいは不適切な対応に関する実態調査」PandA-J