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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年8月号

ワールドナウ

障害者の権利条約の国際的モニタリング開始
チュニジアの審査

長瀬修

2011年4月11日から15日まで、障害者の権利委員会の第5会期がスイスのジュネーブにて開催された。記念すべき最初の審査対象となったのは北アフリカのチュニジアだった。

筆者は、前半の主な公開部分である11日から13日まで、NGOである国際育成会連盟(インクルージョン・インターナショナル)代表として参加する機会を得た。

運営事項:新委員の就任

条約の締約数は委員会開催時点において99であり、100の大台に乗るのも時間の問題であることが事務局を務める人権高等弁務官事務所から報告された(その後、5月10日に南米のコロンビアが100番目の批准手続きを行い、中米のベリーズが6月2日に101番目となった)。

締約数が60を超え、昨年9月の締約国会議での選挙を経て、障害者の権利委員会の委員数は18人となり、新たに委員となった8人が宣誓を行った。18人のうち障害者は15人、女性が8人、男性が10人である。

新役員団の選挙が初日に行われ、委員長にオーストラリアのロン・マッカラムが再選された。副委員長にチリのマリア・ソリダード・クリスティーナ・ライエス、ケニアのエダ・ワンゲチ・マイナ、中国の楊佳、そして、報告者にドイツのテレジア・デゲナーが選出された。全員が障害者であり、委員長以外の4人は女性である。

会場は前回までの国連ジュネーブ事務所のあるパレ・デ・ナシオンではなく、ようやく施設面のバリアフリーが整備された人権高等弁務官事務所のあるパレ・ウィルソンだった。

情報アクセスで注目されたのは、初めて大スクリーンで筆記(文字通訳)が提供されたことである。筆記者はジュネーブではなく、7時間の時差のある米国のシカゴで作業を行った。なお、手話通訳では、国際手話が使用された。

チュニジアとの対話

チュニジアは署名開放された2007年3月30日に、条約と選択議定書両方に署名を行い、2008年4月2日に条約と選択議定書両方を批准している。2010年7月1日に報告書を提出したが、本年1月14日、ジャスミン革命と呼ばれる民主化運動によって、23年間続いていたザイン・アル=アービディーン・ベン=アリー政権が崩壊した。そのため、報告書提出以後に、非常に大きな政治的変化があった。

政府との対話の後にまとめられ、委員会としての見解を示す「総括所見」(concluding observations)が第5会期の終わりに当たって採択された(CRPD/C/TUN/CO/1)。この総括所見が、委員会としての見解を示す文書である。

総括所見「B.積極的側面」において、1.障害者組織を含む、広範な国内における協議の過程を経て報告がまとめられた点、2.2005年の障害者の地位向上と保護に関する法や、2002年の学齢期の子どもへの差別を禁じる法律(2008年の別法による強化を含め)など、条約に則った形での国内法制と政策の変更を開始した点、3.2010年の刑法319条改正によって子どもに対するすべての形態の暴力を禁止された点が積極的に評価された。

「C.条約実施を妨げる要因と困難」として、民主革命に伴う不確実な社会状況が挙げられたが、同時に、こうした広範な変革は新たな国造りに障害者が参画する貴重な機会となることも指摘された。

総括所見の主要部分となる「D.主要な懸念事項・勧告」では、主に次のような勧告がなされた。

一般的原則・義務(第1条、第4条)

障害者手帳の取得について、精神障害者と知的障害者が排除される恐れがあるため、条約に基づく、障害の定義の見直し、新憲法の制定に当たっては、障害者の協議への参加。

個別の権利(第5条、第8条~第30条)

「平等と非差別」(第5条)合理的配慮の欠如が障害に基づく差別であることの法的規定。反差別法に障害に基づく差別を盛り込むほか、選挙、労働、教育、保健などに関する法律での障害差別禁止。

「障害女性」(第6条)障害女性の権利と尊厳に関する啓発事業の実施。データと統計における障害女性の可視化。障害女性の実態把握のための調査研究の実施。

「障害児」(第7条)障害児への暴力撤廃のためのデータ収集の実施。障害児施設における障害児による苦情申し立ての確立や定期的なモニタリングと評価の実施。障害児施設の職員の研修実施。施設ケアから地域ケアへの転換。

「意識向上」(第8条)地方自治体レベルを含むすべての公務員を対象とする、条約に則った意識向上と研修計画の実施。

「アクセシビリティ」(第9条)アクセシビリティに関する法律の包括的な見直しと、現存する問題点の把握と対応。

「法の前における平等な承認」(第12条)後見制度を許容する法律の見直しとともに、代替意思決定から支援付き決定への転換を図るための法制面と政策面の行動。

「身体の自由及び安全」(第14条)障害に基づく自由のはく奪を許容する法的規定の撤廃とともに、新法の確立までの病院や施設において自由を奪われている障害者全員のケースの見直し。

「搾取、暴力及び虐待からの自由」(第16条)障害女性・女児を家庭と社会での暴力予防策の対象に含むこと。

「個人のインテグリティの保護」(第17条)患者の完全なインフォームドコンセントを抜きにした手術と治療を撤廃する法律の確立と、法律による女性の権利擁護。

「教育」(第24条)表現及び意見の自由を障害者が行使できるようにするための施策の実施と、特にろう者、難聴者、盲ろう者に関して一般公衆向けの情報をアクセシブルな様式での提供。障害児を対象にすべての学校でのインクルーシブな教育の実施。教員と管理職をはじめとする教育職員への研修の強化。障害児のインクルーシブ教育計画のための財源と人的資源の分配。

「労働及び雇用」(第27条)積極的差別是正措置の実施。障害者の職業訓練の多様化。

「政治的及び公的活動への参加」(第29条)後見制度を利用している障害者の投票権を確保する法的措置の緊急実施。

一般的義務(第31条~第33条)

「統計及びデータ」(第31条)性別、年齢、障害種別により分類されたデータ収集と分析。性別に配慮した条約実施のモニタリング・報告のための指標の策定。性別、年齢、障害種別により分類された障害児に対する虐待と暴力に関するデータ収集。

「国際協力」(第32条)障害者に対してインクルーシブでアクセシブルな国際協力の実施と、障害者の国際協力プロジェクトへの参加の促進。

「国内的な実施及び監視(モニタリング)」(第33条)障害者の参加促進と、パリ原則に則ったモニタリング機関の独立性の確保。

NGOサイドイベント

12日にメンタルディスアビリティアドボカシーセンターによる、国内的な実施および監視に関する第33条をテーマとして、13日に国際障害同盟(IDA)によるスペインの質問事項作成に関して、サイドイベントが開催された。

なお、初日の11日午前に、委員会の特別の計らいで、IDA代表として、条約と日本での東日本大震災に関する声明(ステートメント)を行う機会に恵まれた。全文はウェブサイト(注)を参照してほしい。

次回会期

次回第6回会期は9月19日から23日に開催され、スペインとの対話、そしてペルーと中国への質問事項作成が予定されている。

この3か国に加え、アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、コスタリカ、エルサルバドル、ハンガリー、パラグアイ、ペルー、スウェーデンから定期報告書の提出がすでにあるため、「現在の1週間の会期では足りない」という声が委員から出され、委員長からは、2週間の会期のために必要な予算確保を来年以降について求めているという発言があった。(敬称略)

(ながせおさむ 東京大学大学院経済学研究科特任准教授)


(注)障害保健福祉研究情報システム

http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/JDF/report/CRPD_and_Earthquake_statement.html