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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年8月号

ほんの森

明日をひらく言霊(ことだま)
―調一興著作選集―

評者 引馬知子

社団法人ゼンコロ
〒165―0023
中野区江原町2―6―7
定価2500円(税込み)
TEL 03―3952―6166
FAX 03―3952―6664

障害と共に暮らす人々の全人間的復権の開拓者、調一興(しらべかずおき)さん(ゼンコロ名誉会長、元日本障害者協議会代表)の膨大な著作のうち、本書は1966年~2003年にわたる計64本を掲載する。表題の「言霊(ことだま)」とは、言葉に宿る事象を実現する不思議な力のこと。刊行に携わった者たちの、障害者の完全参加と平等への願いが表題に込められ、著作に新たな力を吹き込んでいる。

本書には、調さんの労働・生活保障、人権保障を具現化する理念と諸提言が、次の4つのテーマで編纂(さん)されている。1.「労働」の章は、障害者の多くが従事する福祉的就労の問題点と、インクルーシブな労働の場と質の確保を目指す雇用(社会雇用)の実現等を提起する。2.「所得保障と扶養義務」の章は、家族制度を前提とする日本型福祉の限界と、個人を尊重する社会保障への転換等を論じる。3.「障害の範囲」では、国際基準に則した幅広い「障害」の定義を採用し、制度上の谷間をなくす提言を行う。同時に、障害の種別や有無から生じる偏見や差別を超えて、人々が共感し合う意義に触れている。4.「運動―生き方」では、障害関連法政策や実践に携わる者たちが有すべき姿勢等を、福祉・教育・リハビリ等の関連領域を交え、国際的な視野から論じている。

調さんや同志たちの半世紀にわたる明快で地道な問題提起と活動により、障害に関わる法制度は転換期を迎えた。反面、現在の経済・社会状況には、理念・目的を見据えた上での工夫を凝らさず、消極的な政策提言を容認する雰囲気がある。実態把握に基づく的確な分析や研究、説得力ある運動なくしては、時に、先達たちの成果の維持さえ難しい。こうしたなか、近年の、一連の障害者制度改革の議論に対して、調さんの著作は先駆的な役割を果たしている。

調さんの2つの実体験――敗戦による価値観の大逆転と結核に起因する自らの障害――は、人間の生と尊厳や、世の中の価値観の多様性とそのなかで何が普遍的であるかを、調さんに常に自問させたのではないだろうか。調さんが示したように、我々は、障害やその体験を含む、個々人の相違や多様性から学び、これをより良い社会構築の原動力にできるはずである。

調さんは、恩師、野村実(のむらみのる)ゼンコロ名誉会長の晩年の言葉、「人生は一瞬ですよ」が脳裏から離れなかったという。妻ヨシエさんと永眠する墓碑には、「過ぎてみれば、人生は一瞬であった」と刻まれている。調さんが「我」を超越した、学びと挑戦、人間味ある人生を送られた様子が伺える。

「一瞬の人生」を送る後進たちにとり、本書は共生社会への道しるべとなろう。

(ひくまともこ 田園調布学園大学)