音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年9月号

改正の評価
主に総則についての所感

河村ちひろ

まずは、障害者基本法改正に向けた日本障害フォーラム(JDF)等の障害者団体および障がい者制度改革推進会議に携わった方々による数多の献身に敬意を表したい。残された課題も多いとは言え、国連「障害のある人の権利に関する条約」1)(以下、権利条約)の批准に向けた大切な一歩である。新たに設けられる障害者政策委員会が牽引となり、附則に示された3年後の見直しに向けて議論がより一層深まることを期待したい。

本誌編集部から改正法の内容について評価できる点、課題点をまとめるようにとの依頼であるが、紙数も限られるので、ここでは主に総則への所感をいくつか述べることでお許し願いたい。

「可能な限り」という文言

第三条(地域社会における共生等)の二および三に「可能な限り」という文言が挿入されている。この文言によって基本法の格が改正前よりむしろ一段下がった印象が否めない。国会審議の政府参考人発言によれば、二では「障害が重度であって…医療的ケアを受けなければならない方…」、三は「必ずしも常にあらゆる障害者の意志疎通集団の選択の機会を確保することができるというわけではない」ことを考慮して「可能な限り」という表現を入れた、とのことである2)

そのような理屈であれば、改正法第三条の一「全て障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が確保されること。」(文末が「与えられる」から「確保されること」に変更されたほかは改正前のままである)にも「可能な限り」を入れたほうがよい、ということになりはしまいか?障害故に参加が阻害される現実など枚挙にいとまがないからである。

基本法とは、それぞれの行政分野におけるいわば「親法」として優越的地位をもち、施策の方向づけを行い、他の法律や行政を指導・誘導する役割を果たす、よって大半を訓示規定・プログラム規定で構成される、したがって一般的に基本法の規定から直ちに国民の具体的な権利・義務まで導き出されることはなく、それが裁判基本として機能することもほとんどない、と言われる3)。であるとすれば、基本法の条文に「可能な限り」という文言などは用いずに、権利条約に謳(うた)われた「他の者と平等の選択の自由をもって地域社会で生活する平等の権利」(権利条約第19条)を含む基本的自由や言語や情報をも含むアクセシビリティ(権利条約第9条)をもはっきり謳う工夫がなされるべきであろう。

第三条(定義)一障害者

同じく政府参考人の発言によれば、この基本法における障害は「その他の心身の機能の障害」も加え、あらゆる心身の機能の障害が含まれる。また「継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける」の「継続的に」ということの意味の中には、断続的なもの、周期的なものも含んで、幅広くとらえるものというふうに考えている、とのことである4)。個別の施策見直しにおいては、ぜひそのことを反映してほしいと願うものである。

しかしすべての心身機能の障害(インペアメント)を含むのであれば、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)を想起させる身体障害、知的障害、精神障害との文言列挙はこの際やめてもよいのではないだろうか。

改正過程で「精神障害(発達障害を含む。)」と変更されたが、発達障害者支援法の発達障害もdevelopmental disabilitiesの本来の意味よりは限定的である。いわゆる三障害の分け方も発達障害も医学的に整理されてきたというよりは、わが国制度独特に培ってきた概念である。せめて基本法においては「全ての機能障害(インペアメント)」とシンプルにだれにも誤解のない言い方に改められないだろうか。

「福祉」から「共生社会」へ(?)

第一条(目的)は、「~共生する社会を実現するため」という目的が掲げられた故か、これまでの「もって障害者の福祉を増進する」という目的を示す文言が消えた。これまで「幸せ・幸福の追求」という意味で使われてきた「福祉の増進」は、もはやその意味が一般には通じないためか、代わって「共生社会の実現」がキーワードということなのかもしれない。であれば、基本的施策関係に関する条文を含む第2章のタイトルは「共生社会実現のための基本的施策」でよいのではないか。その方が、基本法は障害者だけを対象とした法でなく、広く社会のインフラや支援者の育成、国民の意識変革を求める施策を含むという趣旨が明確になると考える。

(かわむらちひろ 埼玉県立大学准教授)


【注】

1)文中、権利条約の訳文・訳語は「川島聡=長瀬修 仮訳(2008年5月30日付)」を引用した。

2)「第34回障がい者制度改革推進会議資料、衆議院内閣委員会会議録【障害者基本法審議該当部分のみ抜粋】」11頁
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_34/pdf/s5.pdf(2011年8月18日アクセス)

3)「参議院法制局・法制執務コラム集・基本法、小野寺理/「立法と調査」No209.1999年1月」
http://houseikyoku.sangiin.go.jp/column/column023.htm(2011年8月18日アクセス)

4)「第34回障がい者制度改革推進会議資料」同上、10頁