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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年9月号

今後の政策への期待
司法への影響

柴野和善

1 司法アクセスの実質的保障

国民の司法手続における権利は、憲法(32条、31条等)で保障されている。

ところが、障害者が司法手続に関係した場合、その障害の特性についての配慮が十分なされなければ、実質的な司法手続における権利は保障されていないことになる。たとえば、刑事事件の容疑者に聴覚障害がある場合、捜査機関等が話し言葉のみで対応し、その者に実際は聞こえておらず意味がわからないままであれば、言い分も十分に伝えられず、手続保障はされたことにはならない。こうした司法アクセスの社会的障壁は、障害者が、民事、家事、行政事件で、当事者(原告など)や証人などの関係者になった場合でも同様に生じうる。

今回改正の障害者基本法では、障害者について意思疎通の手段の配慮、そのため(関係職員が障害を理解し、障害に応じた配慮などを知っていることが前提)の研修、その他必要な施策などが、国(裁判所等)や地方公共団体(各都道府県警察等)に義務づけられる規定が新設された(29条)。これは、障害者のいわば司法アクセスにおける社会的障壁を除去する規定といえる。障害者の手続保障のためには当然のことではあったが、本改正法が明示的に規定し、司法手続の各機関に、権利保障のための一層の対応を求めたものといえよう。

今後、知的障害や精神障害がある場合なら、事情聴取や質疑の方法、環境への配慮などその障害の特性を十分理解したうえでの対応が、聴覚障害や視覚障害がある場合なら、手話通訳や点字・音声などによるコミュニケーションの保障などが、司法手続で当然になされるべきことになる。

また、設備面においても、バリアフリー化(本改正法21条)を徹底し、身体障害者などの障害者の司法アクセスの実質的保障もなされるべきである。

なお、障害の特性に応じた対応は、意思疎通の手段の確保に限られるものではない。また、本改正法の理念からすれば、刑事手続等の対象となった場合や民事手続等の当事者や関係人になった場合だけでなく、障害者が、被害者、裁判員候補者、傍聴人などになった場合においても、障害の特性に応じた対応が期待される。

2 裁判規範としての機能

一般に、「基本法」と呼ばれる法は、憲法の理念を具体化し、国の基本方針を明示して、それに沿った措置を講ずべきことを定めている。これを受け、その内容に適合するよう諸施策が遂行されるものであり、「基本法」は他の法律や行政を指導・誘導する役割を果たしている。

今回改正の障害者基本法も、他の法律や行政施策によって、具体化されるであろう。また、本改正法が司法判断の指針として影響を与えることは間違いない。

ところで、一般に、「基本法」は理念的規定にとどまり、「基本法」自体が具体的な権利規定として、裁判規範として機能するまでには、なかなか至っていない。「基本法」の性格から抽象的な責務を規定するにとどまり、具体的な施策は国の裁量に委ねられる解釈からといえる。

その解釈の当否はさておき、裁量といえども基本的人権を侵害することは許されない。また、今回改正の障害者基本法では、抽象的な責務にとどまらないとみることもできる規定もある。

たとえば、選挙等における配慮(28条)や司法手続における配慮等(29条)などは、立法過程や司法手続についての権利保障を具体的に定めた規定とみることもできよう。また、消費者としての障害者の保護の規定(27条)、とりわけ事業者に向けた規定(同条2項)は、障害者が消費者として締結した契約の解釈に影響を与える具体的内容を示した規定といえる。とすれば、前記各規定をはじめとする具体的な内容を定めた規定に反する権利侵害の具体的事実があれば、本改正法が裁判規範として機能する場面も十分あり得えよう。

3 「可能な限り」の解釈

制定過程で論議を呼んだ「可能な限り」の文言についても、次のように考えることもできるのではなかろうか。すなわち、本来、理念法であるはずの「基本法」に、「可能な限り」という具体的場面を想定している文言があること自体、本改正法に抽象的な責務にとどまらない具体的な責務を読みとる解釈も可能といえる。

また、法が不可能を強いることはおよそないことからすれば、「可能な限り」との文言をもって「限定付き」の法と解釈すべきではない。

むしろ、社会的障壁により権利実現を阻まれている者が、その権利実現のための社会的障壁の除去が可能であることを具体的に主張立証すれば、行政等がその措置をしないことが問われ得る。共生社会の具体的実現に向けた積極的意義を見いだすこうした解釈が本改正法の目的趣旨に沿うものともいえよう。

そして、その社会的障壁の除去が可能か否かについての司法判断は、本改正法の基本理念に基づくべきある。すなわち、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるという理念(1条)からすれば、障害者の基本的人権そのものについて、財政的理由、単なる行政コスト面だけを理由に制約することは許されないものとすべきであろう。

こうした司法的解決を待つまでもなく、障害の有無によって分け隔てられることなく共生する社会となるような本改正法の具体的運用が強く期待されることは言うまでもない。

(しばのかずよし 弁護士)