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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年9月号

列島縦断ネットワーキング【神奈川】

NPO法人ゆうの風の取り組み

石野えり子

1 ゆうの風が生まれるまで

ゆうの風は、昭和48年から横浜市で活動している横浜障害児を守る連絡協議会(通称、連絡協)での親の会活動から生まれました。連絡協は、まだ知的障害児の集団保育の場がなかった時代に保護者が子どもたちのために集団の中で育ち合う場を求めて発足した団体です。そのため、幼児期や学齢期におけるさまざまな暮らしにくさを横浜市の福祉局に伝え、制度充実のための意見交換を行って新しい幼児、学齢児の福祉サービスを共に作ってきた自負を持っています。

15年前、その話し合いの席上で、福祉局の方から「暮らしの大変さというお話はよく聞くが、では何が大変なのかあなた方の暮らしが見えない」という言葉を聞きました。列席した親たちは、全員が「えーっ!!」と叫び、憤慨もしました。福祉施策を考える側の本音とも言えるその言葉は親たちの発奮材料となりました。そして、それがその後2年をかけた「私たちが願うふつうの暮らし~連絡協生活実態調査から見えてきたもの~」という冊子発行につながります。

この冊子は、全国的にも障害児とその家族の現実の暮らしを家族の側から映し出した報告書として注目を集めました。そんな中、福祉局との話し合いの席上では、「暮らしぶりの大変さはよくわかった、行政もできる限りのサービスを考えよう、ではあなた方は何ができるの?」という問いが新たに投げかけられました。

横浜市では、長年にわたり、当事者や家族が福祉をけん引してきた歴史があります。幼児や学童の集団の場づくりや余暇活動に始まり、日中活動の場の確保、グループホームの充実まで当事者や家族が先鞭をつけ、行政がその実績を評価し、制度として定着させるという形です。「行政に任せるばかりではなく、家族として、もっと具体的に本人と家族の暮らしを支える事業をしたい」その思いがNPO法人設立となりました。

きっかけは行政からの問いかけでしたが、設立の原動力となったのは、「哀しみと不安」です。長く一緒に活動し、連絡協を引っ張ってきた仲間が突然、くも膜下出血で亡くなりました。「やろうか!」と決めて設立準備を始めた矢先の出来事でした。それ以前にも親の会活動の仲間が2年余りの中で次々と末期がんになったり、脳梗塞で倒れたりという経験をしていました。ゆうの風の名前の由来も、急逝した仲間のお名前をいただきました。ゆうの風の紹介パンフレットには、こう記しています。見えない不安に寄り添う風、不安を一緒に吹き飛ばす風、ゆうの風は「YOU=あなた」の思いに寄り添う風のような存在をイメージしています。

2 ゆうの風の主な事業

1.幼児・学齢期の障害児を育てる保護者向けに、子育ての日々をおしゃべりする「親の気持ち座談会」の開催(平成20年~)

2.相談支援の一員として、対等に関わる人材育成のためのピアサポーター従事者養成研修事業の実施(平成20年~)

3.企業の福祉イベント会場における障害の疑似体験コーナーへの講師、スタッフ派遣事業(平成20年~)

4.余暇活動や、外出支援ボランティア向けの研修事業への講師派遣事業(平成20年~)

私たちの事業は障害児の親としての経験と、長く共に活動してきた支援者の客観的な視点を取り入れ、専門家ではなく仲間として一緒に考え、悩み、自分の力で立ち上がり、歩き出す後押しをするための事業を考えています。

3 あんしんノートゆうの風版ができるまで

昨年から横浜市で始まった障害者後見的支援事業は、私たち親が長年願ってきた事業です。親が担ってきたライフステージの見守りを、親からバトンタッチして見守っていくという試みです。点ではなく、線の援助です。そして、線が円になっていく事業です。その一環として、親も何かを担いたい、担う責任があるという思いが「ゆうの風版あんしんノート~わたしの思い~、~親の思い~」となりました。

後見的支援事業が、横浜市のあんしん施策の一つとして事業化されたきっかけは、入所待機者調査という、横浜市の福祉関連団体や施設関連団体が共同で行ったアンケート調査結果の中で示された在宅障害者の家族のさまざまな不安でした。不安の一つに「親亡き後」という言葉がありました。この入所待機者調査から見えてくる課題を基にしたシンポジウムが開催され、委員の一人として出席し、親の思いを伝える、本人の姿を伝えることの必要性についてお話しし、自閉症協会の研修会の報告書に掲載された「意向書」を紹介しました。

このシンポジウムでは、船橋市手をつなぐ育成会の活動として「親心の記録」も紹介されました。これらが「あんしんノートゆうの風版」作成のきっかけとなりました。

4 「あんしんノート書き方講座」を開催して

ゆうの風版のあんしんノートは「わたしの思い」「親の思い」の2部制です。仲間と検討を続けていく中で、「親亡き後」ではなく、ライフステージの継続支援のためには、本人と親が支援者に「今まで」と「これから」を伝えることが必要ではないかという結論になりました。それから親側の思い込みではなく、最初に本人の「わたしの思い」があり、それとは別に「親の思い」があるという考え方です。「わたしの思い」の方は、できるだけ本人も書ける工夫をしています。書けない人でも親が書く時「本人だったら」と考え想像しながら書くことを大事にしています。「親の思い」は、巷(ちまた)で話題になっているエンディングノートの色合いが濃い構成です。

後見的支援事業の推進事業として横浜市の委託を受け、昨年2回の書き方講座と個別相談会を開催しました。準備不足で、周知が十分とは言えない状況でしたが、定員60人に100人余の熱心な保護者と支援者の参加を得ました。記録は年齢を重ねれば重ねるほど膨大で、なかなか一人では億劫です。障害者と共に暮らしてきた同じ境遇の親たちが小グループとなり、事前研修を受けたゆうの風のスタッフがインストラクターとして相談に乗ったり、経験を話し合ったりしながら進行しました。ここには後見的支援事業から運営責任者やあんしんサポーター、後見的支援事業の推進法人、障害者支援センターからあんしんマネジャーにも参加していただきました。

この講座を開催して、親たちが子どもの話、自分の話をすることをどれだけ望んでいたか、将来の不安は「書く」という作業と、「話す」という時間の中で自分の人生を振り返りながら、癒されていくということを実感しました。支援の現場はまだまだ余裕がなく、こんなふうに親や本人の話をゆっくり聞く機会を持つ余裕がないことも感じました。今年度は、さらに横浜市を4ブロックに分け、事業の始まっていない区を中心にした「あんしんノート書き方講座」を開催します。新たに、重症心身障害児の親のグループにもご協力いただき、「重心版あんしんノート」と「ゆうの風版あんしんノート」をそれぞれのグループで書くという講座も実施します。

後見的支援事業は始まったばかりで、今後どう成長した事業となっていくか未知数です。見守り支援とひと口に言っても、個々の暮らしぶりはさまざまでそれぞれの役割分担が必要です。生まれた時から今日までを綴り、これからの暮らし方を複数で支えていくためのツールの一つとして、障害者や家族のいろいろな思いを反映した「あんしんノート」づくりが広まっていくことを願っています。

(いしのえりこ NPO法人ゆうの風事務局長)