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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年11月号

ワールドナウ

患者の連帯で医療を変える
~慢性疲労症候群(CFS)~

細田満和子

慢性疲労症候群(CFS)

慢性疲労症候群(CFS: Chronic Fatigue Syndrome)は、日本では24万から30万人、アメリカでは400万人が罹患しており、全世界では1700万人の患者がいると言われている。

この病気は、筋肉/関節痛、微熱、睡眠障害、思考力/集中力低下等の症状を伴い、生活が著しく損なわれるほど強い疲労が6か月以上も続くもので、多くの患者は職業生活や日常生活を送ることが困難になり、中には起き上がることも困難で、寝たきりに近く、通院もできない患者もいる。

その名前から喚起されるイメージによって、この病気は疲労の積み重ねで発症すると誤解されることがあるが、近年の研究によって、ウイルスや細菌など何らかの要素が発症の引き金となる後天的器質的疾患であることが示されている。よってアメリカやイギリスでは、疲労の集積を想起させるCFSという名前を変えようという動きもあり、CFIDS(慢性疲労性免疫不全症候群)やME(筋痛性脳脊髄炎あるいは筋痛性脳症)などと呼ぼうとしている。CFSという呼び名が良いかどうかさらに議論すべきだが、本稿ではひとまず慢性疲労という言葉を使わないためにCFSと表記することにする。

カナダ基準

2003年にカナダにおいては「ME/CFSの臨床症例定義とガイドライン」(通称「カナダ基準」)が出された。これは、カナダ保健省が選出した政府関係者、研究者、医療者、産業界、アドボカシーという5つのステークホルダーが専門委員として集う、度重なる修正とワークショップを経て作成されたものである。

「カナダ基準」では、「CFS/MEを慢性疲労と混同してはいけない」と明言され、CFSが単なる疲れの集積とする考え方に釘を刺している。そして患者が体験している「病的疲労」を、「極度の消耗、虚弱、重苦しさ、全身の倦怠感、頭のふらつき感、眠気などを合わせたようなもので、患者をひどく衰弱させるもの」としている。そして、診断基準や臨床評価、患者のサポートと権利擁護を目標とすること、セルフヘルプ戦術という対処法などが紹介されている。

患者会の働き

CFSの新しい医学的な発見や、画期的なガイドラインが作成された背後には、患者会やアドボカシー団体の長年にわたる地道で強力な働きかけがあった。

CFS患者たちは、CFSの原因を特定化しようとする生物学的研究に期待するだけではなく、研究に対する財政的支援をしてきた。たとえば、ウィットモア・ピーターソン研究所は患者家族による資金提供で設立されたが、ネバダ大学医学部に隣接しており、精力的にCFS関連の研究を行い、数多くの研究報告を出している。

「カナダ基準」の作成も、全国ME/FMアクション・ネットワークというアドボカシー団体が、カナダ保健省に呼びかけたことから始まった。全国アクション・ネットワークは、1993年に慈善団体として誕生したCFSのアドボカシー団体で、代表者はオランダ出身のリディア・ニールソン氏である。「カナダ基準」を作成するためのワークショップには、この全国アクション・ネットワークの代表も保健省に専門委員として選ばれて参加した。

CFSの患者会

患者団体は、アメリカやカナダだけでなく、イギリスやドイツ、スペインやノルウェーなど世界各地にあり、CFSに関する情報提供、相互扶助、研究資金援助、アドボカシーなどさまざまな活動を行っている。

たとえば、アメリカでもっとも有力なCFSの団体と言われているアメリカCFIDS協会は、CFSがウイルス性のものであることを示唆する論文が出された直後から、CFS患者からの献血を禁止するようにアメリカ赤十字社などに働き掛け政府を動かした。その他にもアメリカには、主に研究資金援助を目的とした国立CFIDS基金や、アドボカシー活動を中心とするパンドラ(PANDORA)といった全国組織の患者会、並びに州単位や地域単位のたくさんの患者会がある。

世界ME/CFS患者同盟は、国際的な患者主体の草の根的団体で、政府や社会への働きかけなどを積極的に行っている。CFSに対する理解を促すキャンペーンの映像も会員が制作し、患者が医者やカウンセラーのような人々の誤解に満ちた診断や治療にさらされている現状を告発している。

CFSの20年

筆者の住むマサチューセッツ州にも、マサチューセッツCFIDS/ME&FM協会がある。この団体は1985年に設立された、もっとも古い患者会の一つである。会長のアラン・ガーウィット氏は「CFS/MEに対する理解は、この10年の間にさまざまな国で研究者や臨床家たちを巻き込みながら進んできています。ですから希望を持ってもいいと思います」と言っていた。

マサチューセッツCFIDS/ME&FM協会は、2010年4月24日に、CFSの世界的権威であるアンソニー・コマロフ博士(ハーバード大学医学部教授)の講演会を主催した。コマロフ博士は、長年CFSに関わってきた人物だが、講演会の中で20年前を振り返り「当時多くの人が病気であったにもかかわらず、医療界を含む世界中のほとんどの人たちは、CFS患者が生物学的要因のある疾患に羅患しているとは、必ずしも本当には信じていませんでした。診断するための検査も、治療法もありませんでした」と言っていた。

しかしそれから20年経った今、5000以上の研究論文が発表され、世界で何百という研究室がCFSを研究するようになった、とコマロフ博士は言う。そして、いまだ十分とは言えないが、医療界の態度は確実に変わってきた、と感慨深く話していた。実際に疾病管理予防センター(CDC)の最近の研究では、約75~80%のアメリカの医師が、CFSを真に生物学的要因のある疾患であると信じていることが分かっている。

コマロフ博士は、数年のうちにCFSのバイオマーカーが特定できるのではないかという楽観的な予想を持っているという。2011年4月には国立衛生研究所(NIH)が、CFSの研究者、臨床家、地域医療担当者、患者団体などを招待した2日間にわたる会議を開催し、CFSに関する研究を一気に進めていくことを宣言した。このことからもコマロフ博士の楽観的予想は、限りなく現実に近いように思われる。

日本におけるCFSの今

昨今、日本はガラパゴス化が進み、世界の標準から取り残されているという言説が流通している。確かに、日本ではいまだ多くの医師たちが、CFSはストレスによるとか、疲労が悪化するとCFSになるなどと誤解している。またCFSがウイルスと関係していることが示唆され、2010年末までにオーストリア、ニュージーランド、ノルウェー、カナダ、イングランド、アメリカといった世界各国でCFS患者からの献血が禁止された後も、日本政府は特に対応をしてこなかった。

しかし、CFSの患者自身に目を転じてみると、世界の今(World Now)は、日本の今であるといえよう。たとえば、「慢性疲労症候群をともに考える会」というCFS患者会の代表である篠原三恵子氏は、これまでに数々のCFS関連の英文論文や紹介文を日本語に翻訳し、紹介してきている。特に世界標準になろうとしている「カナダ基準」は、小冊子として製本して日本の医療機関に配布したいと考えている。また、篠原氏は、CFSは器質的な疾患なのだから認知療法の適用にはならないという文章を書き、それはイギリスの権威ある医学雑誌「ランセット」(2011年5月発行)に掲載されている。さらに、日本のCFS患者会は、各国の患者会とも交流を持ち、2011年9月にカナダで開催された国際CFS会議へは代表を送っている。

このように日本のCFSの患者会は、最新の情報を収集、翻訳、紹介し、医療界や制度を変えるために最大限の努力をしている。そして世界の患者会と交流を深め、連帯していこうとしている。日本の医療界も医療行政も、患者会と同様に世界標準となっていくことを心から望みたい。

(ほそだみわこ ハーバード公衆衛生大学院研究員)