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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年12月号

ワールドナウ

パキスタンの現状
―権利条約批准と国内会議

長田こずえ

パキスタンの概況

パキスタンはインダス川流域にある、古代遺跡都市モヘンジョダロ(世界遺産)をはじめとする、インダス文化と歴史に深くつながってきた世界最古の文明を誇る国である。昨年、今年の9月と立て続けに大洪水を引き起こしたインダス川は、パキスタンを北から南に流れ、カラチの東のポイントでアラビア海に注いでいる。

人口は約1億7千万人、国民の大半がこのインダス川流域で暮らしている。多民族国家で、パンジャッブ民族が半数以上、カラチを中心に南部地方で暮らしているシンド人やアフガニスタンとの国境沿いに暮らすペシュトーン人、また、南部イランと国境を接する地方に暮らすバロチスタン人、その他、カシミール人や北方の民族などが住んでいる。そのせいか、あるいは隣国のタリバン勢力の影響など複雑な要因が混じりあって、政治的には不安定な国でもある。

パキスタンとはペルシャ語で「清浄な国」という意味であるが、前記の各民族の住む5大地域の頭文字を並べて、PAKSTANともいわれている。首都は経済の中心のカラチではなく、現在の政治の中心都市イスラマバードにある。筆者が率いる国連ユネスコのパキスタン事務所も、20ほどの他の国連機関と一緒に、「一つの国連」共同体として活動を継続している。

パキスタンの障害者団体

障害者団体は、1987年に障害者インターナショナル(DPI)のアジア太平洋総会がこの地で開催されたのを機に、多くの障害当事者団体が存在するが、内部としての統合性はなく、多民族国家を反映してか、競争しながらなんとか共存しているのが実態である。

政府は、以前は特殊教育社会福祉省が存在したが、今年から、憲法改正で地方自治が強調されるようになり、連合政府の省庁は廃止された。一応、小さな特殊教育の部署が残るのみで、実態はカラチならシンド州政府、ラホールならパンジャッブ州政府というように各地方に任されている。

イスラマバードにはSTEP(Special Talent Exchange Programme)という障害者団体がある。廃止される前の政府の特殊教育社会福祉省が管轄していた特殊教育を受けた人たちのグループで、主に、政府機関などに勤務する人たちを中心に活動している。代表のアティフ・シェイク氏は元教員で、車いすは使用していないが身体障害をもち、会員にはろう者などもいる。STEPはDPIのメンバーでもある。

権利条約を批准

パキスタンは今年の6月6日に、ザルダリ大統領が障害者の権利条約を批准したが、その後、主だった政策面での進展は見られない。町のアクセシビリティーも悪いし、ホテルは欧米系のマリオットホテルと、パキスタンの有名なNGOアガ・カーン財団が経営している、ユネスコをはじめ、国連チームや日本のJICAなどが事務所を構えているセリナホテル以外はバリアフリーは整備されていない。

国民の障害者に対する意識は日本の40年くらい前と比較しても、さらに遅れている感がある。国際機関も、以前はJICAなどの障害者活動、現在はユネスコがその教育活動に障害を組み込んでいるくらいで、特に主だった活動は見あたらない。

批准後初の国内会議

このような状況下で、前述のSTEPとユネスコパキスタン事務所は、今年の9月12日、イスラマバードで、権利条約批准後初めての国レベルの会議を開催した。会議の内容は、ユネスコホームページ(http://www.unesco.org.pk/education/gep_crpd.html)を参照してほしい。

議題は、インクルーシブ教育、ジェンダーと障害、識字と情報バリアの問題、権利条約の実効、そしてCBRに焦点が絞られた。主賓は政府の特殊教育担当(省庁廃止後の小さな部署)の担当者、また、STEPの代表とユネスコの駐在代表として筆者が式辞を述べた。この会議では、公共機関と民間とのパートナーシップも強調され、会場となったホテルのオーナーのアガ・カーン財団(国際的に有名なNGO)や、バリアフリーな情報に興味を持つ、国際的な携帯電話会社のNOKIAも参加した。

会議の内容としては、批准後、実りのある条約の実効化に向けて活動を継続する必要性、物理的・情報面でのアクセスの問題、特殊教育からインクルーシブ教育に向けての過渡期としてのスムーズな移行の必要性、などが強調された。また、多くの参加者から、パキスタンにおける障害をもつ女性の差別の問題、その差別撤廃に向けての行動計画の必要性などがあげられた。教育面においては、手話を使える人の数が非常に限定されている点、点字コンピューター導入の必要性、盲人が携帯電話を使えるようにする必要性など具体的な課題も論議された。CBRに関しては、農村貧困コミュニティーが多く存在するこの国では、開発の一環としてごく自然に受け入れていると思われる。

障害者の日(12/3)と障害者ウォーク

ユネスコパキスタン事務所は、この会議を始めに、今年の12月3日の「障害者の日」には、STEPやラホールの障害者団体と一緒に、「障害者ウォーク」をイスラマバードとラホールで開催するつもりでいる。また、障害当事者団体への支援、意識の向上に向けた活動と並行して、政府の担当者と一体化し、政策面(特に障害者の教育に関する指針を目標に)での活動も始めたいと思っている。

ユネスコは、ESCAPの障害問題担当などとは異なり、あくまでも、教育、自然科学、社会科学、そして日本でも有名な、文化・遺跡の保護や情報コミュニケーションに関する活動を一般的にサポートするのが仕事であり、従って、障害関係のこのような活動は、いわゆるメインストリーム(統合化)の一環であり、通常予算の範囲で組み込む活動が中心となる。実際的には、パキスタン国内の役所仕事や国際開発援助団体の活動を見ても、99%が障害に特化したものではない。従って、より多くの一般の団体(ホテルや電話会社などの民間企業を含む)が、通常の活動の一環として進めることが一番大切ではないかと考えるようになった。

(ながたこずえ)


(筆者は国連機関、ユネスコのパキスタン事務所の所長であるが、本稿の意見は個人のものであり、国連やユネスコの見解を反映するものではない。)