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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年6月号

障害のある子どもの教育におけるタブレット端末等を活用した実践

丹羽登

技術の進歩とともに、私たちの生活は大きく変わってきている。とりわけ携帯電話は、この10年ほどの間に電話機能だけでなく、情報通信機能やおさいふ機能などの高機能化・多機能化が著しい。普及し始めた1995年頃は、教え子から「電動車いすのバッテリーが切れた」とか「帰る道が分からなくなった」という助けを求める電話があった。このようなトラブルに遭いながらも、携帯電話はいざという時には助けを呼べるため、教え子たちは見知らぬ場所へ一人で出かけ、行動範囲が大幅に広がった。障害のない人にとっても、多機能化等によりさまざまな情報等を入手できるなど、日常生活に多大な影響を及ぼすものになっている。

このように日常生活や企業で、ICT(情報通信技術)を活用することについては、わが国は世界でも有数の先進国と言えるが、残念ながら教育の情報化については、国が策定した目標を十分達成するには至っていない。

そこで、文部科学省では、平成23年4月に教育の情報化に関する推進方策「教育の情報化ビジョン」を取りまとめ、従来からの一斉学習に加え、ICTを活用した個々の子どもの特性に応じた学習(個別学習)や子どもたちが相互に教え合い学び合う学習(協働学習)を推進させることを示した。特に障害のある子どもについては、障害の状態や特性等に応じてこれらの機器を適切に活用することにより、学習上の効果を高めることができる可能性があることから、支援機器等の活用や子どもの認知特性を踏まえたICT活用、デジタル教科書等に必要な機能などについて記述している。

下表は、デジタル教科書等に付加されることが期待される機能例である。

デジタル教科書・教材において付加することが期待される機能

  • 速度調整が可能な読み上げ機能に加え、画面上で読み上げの位置をハイライトすることにより示したり、必要な情報のみに制限したりする機能
    (読み上げ機能については、ソフトの高品質・高精度化を図り、誰もが利用できる形であることが期待される。)
  • 背景色や文字色を調節する機能・文字の拡大、フォントの変更及びそれに伴い行間を拡大する機能
  • 文字に振り仮名を付ける機能
  • 文節や単語等で区切る機能
  • 文字に動画や静止画、音声を関連付けられる機能

さらに、これらの機能に加え、たとえばキーボード操作が難しい場合には、特殊なキーボードやセンサーを利用したスイッチ等が活用できることも重要なことである。スイッチ類についてはさまざまなものがあり、高機能で高価なものもあれば、低機能だが安価であるものもあるので、難しく考えず安価なものを導入段階で試用してみるのも良いだろう。

平成23年度に国立教育政策研究所が実施した「小中学校デジタル教材の整備と利用状況に関する調査」によると、ICT活用についての教員の意識は高まっており、多くの教員がデジタル教材等の利点を理解し、積極的に活用したいと考えている。特に特別支援学級では、デジタル教材を活用している割合が通常の学級に比べて高い。

このようにICT活用の効果と重要性については理解が広がっている。しかし、教員がICTを使用できない、活用が難しい、導入費用がかかる等の理由もあり、あまり積極的な活用がされてこなかったといえる。このような背景の中で、iPadに代表されるタブレット端末やスマートフォン等の普及が進むことにより、急激に状況は変わりつつある。たとえば、知的障害のある子どもに、タブレット端末の電源の入れ方などを教えただけで自由に使えるようになったり、視覚障害のある子どもがタブレット端末等にある読み上げ機能を活用したり、文字を簡単に拡大表示して学習したりするのを見て、今まで使用してこなかった教員や保護者の中にも、タブレット端末の活用を考える人が増えてきている。

タブレット端末等の普及状況を踏まえ、文部科学省は「学びのイノベーション事業」を、総務省は「フューチャースクール推進事業」を実施し、互いに連携しながらICT活用に関する実証研究を行っている。

これらの事業では、タブレット端末(またはタブレット端末としても使用できるPC)を子どもが1人1台を使用できるように整備し、個々のタブレット端末で見ることができる教科書(学習者用デジタル教科書)等を活用した学習を行ったり、端末をノート代わりに使用したり、電子黒板と連動した使い方をしたりするなどして、タブレット端末やネットワークを効果的に活用した新しい学習方法について取り組んでいる。タブレット端末は、長時間のバッテリー駆動や、無線LAN等によるネットワーク接続が可能であるため、これらの事業ではタブレット端末を使用することにしている。

また、教科書会社では、学習者用デジタル教科書を試作し、本事業の実施校で試行している。まだ、実証研究の段階であるが、児童生徒がどのように活用できるのか、また、指導に当たってのアイデア等について学校からのフィードバックを得ながら進めている。

このような国が直接実施している実証研究だけでなく、タブレット端末を活用した取り組みとしては、たとえば、沖縄県では県内の特別支援学校に約600台のタブレット端末等を整備し、各障害の特性に応じた取り組みが行われている。また、障害のある子どもが使用できるソフトの開発も行い、その成果(ソフト)を無料で公開している。さらに、沖縄県だけなく各地においても、従来のPCの整備だけでなく、新たにタブレット端末等を学校に整備し活用している所が出てきている。

それらの学校では、たとえば、端末上に絵カードを順番に並べて日々の予定を確認させたり、音声言語によりコミュニケーションが難しい子どもについては、絵(シンボル)を使って教員や保護者とコミュニケーションをとらせたり、文字認識が難しい子どもに対しては、音声読み上げ機能を使って学習させたりするなど、学習の場でさまざまな活用が行われている。特にタブレット端末等のソフトの中には、従来のPCのソフトに比べ安価なものが多いため、さまざまなソフトが活用されるようになってきている。しかし、数は多くても学習の場で使用できないものもあり、まさに玉石混合の状態といえる。そのため各障害の状態に応じて使用できるソフトを紹介するようなデータベースが求められる。

東京大学先端技術研究センターが民間企業と一緒に実施している「魔法のふでばこプロジェクト」では、平成23年度は34校の特別支援学校と特別支援学級に合計100台ほどのタブレット端末を貸与し、その教育効果について研究を行っている。同プロジェクトでは研究成果をまとめるとともに、成果の一部をWEB上で公開しており、その中では各障害に応じたソフトやその活用例等が紹介されているので、有用な情報を得ることができると思われる(http://maho-prj.org/?p=288)。

タブレット端末は、さまざまな人が使いやすいように作成されているが、障害のある人にとっては、そのままでは、必ずしも使いやすいわけではない。最近の情報端末には、障害のある人が活用しやすい機能が準備されていることが多いので、まずはその機能を活用できるようにすることが必要であるが、そのことを知らない方は多い。そのため障害のある子どもへのタブレット端末等の活用を進めるに当たっては、それらの設定方法については理解しておくことが重要である。

しかし、このようなさまざまなソフトや機器設定に関する知識を得ていても、日常生活の中での効果的な活用ができていない場面に出合うことがある。たとえば、メモを取ることが必要な時に、メモ帳やタブレット端末等のメモ機能を使用することがある。しかし、言葉の理解や文字入力に時間がかかる子どもの場合は、あまり実用的な方法ではない。多くの人が所有している携帯電話には録音機能があるので、それらの機能を活用するなど、状況に応じて各機器が備えている機能を活用できるようにすることも大切なことである。

タブレット端末等は、持ち運びしやすく取り出してすぐ使えるなど、子どもにとっても活用しやすい機器であるが、頼りすぎは禁物である。これらはあくまでも指導やコミュニケーションのためのツールの一つであり、教員にはこれらを適切に活用することが求められる。さらにそれらはインターネット上の有害サイト等に接続できる機器でもあるため、子どもに正しい情報を見極める力を育成したり、フィルタリング機能等を活用したりするなど、トラブルに巻き込まれないように指導することも求められている(写真は、タブレット端末を障害の状態に応じて活用しやすく設定するための画面例)。

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写真 画面例拡大図・テキスト

今後、学校では単にタブレット端末等の活用だけでなく、必要な対策についても指導しつつ、障害のある子どもの実態に即した効果的なタブレット端末等の活用が進められることであろう。

(にわのぼる 文部科学省初等中等教育局特別支援教育調査官)