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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年6月号

デイジー(DAISY)を活用した情報アクセスの動向

河村宏

1 デイジーのメインストリーム化

2011年にデイジー(DAISY:Digital Accessible Information System)は、世界の出版者が使う電子出版の標準規格であるEPUB(Electronic Publicationの略、イーパブと読む)と一部統合して、「出版と同時に余分な労力も追加支出も無しに誰もが出版物を読める社会を実現する」1)というDAISYコンソーシアムの目標に向けて大きな前進を遂げた。新しいEPUBのアクセシビリティに関わる部分を、DAISYコンソーシアムが開発し、EPUBによるアクセシブルな電子出版が可能になったのである。

デジタル録音図書の国際標準規格を開発し普及するために1996年に結成した国際非営利法人であるDAISYコンソーシアムは、テクノエイド協会の支援も得て、視覚障害者やディスレクシア等の読むことに障害がある人々のニーズに応えるために国際標準規格の開発を順調に進め2)、1998年にはマルチメディアにも対応する現在のデイジーの骨格を形成した。その後、日本では世界に先駆けて、平成10~12年度厚生省補正予算で全国の点字図書館にデイジー録音図書を導入し3)、現在は全国の点字図書館等が加入するサピエ図書館4)によるオンラインのデイジー図書提供サービスを実施している。

DAISYコンソーシアムには議決権を持つ正会員20団体と45の準会員、26社の企業会員、6社の出版社会員等が参加している5)。日本を代表する正会員である日本デイジーコンソーシアムは、公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会、NPO法人支援技術開発機構、社会福祉法人日本ライトハウス、NPO法人全国視覚障害者情報提供施設協会の4正会員団体のほか、準会員と賛助会員で構成される。

DAISYコンソーシアムは、すべての出版物をアクセシブルにするために、世界の電子出版の基本的な枠組みを決めることを目指して設立されたIDPF(International Digital Publishing Forum:国際電子出版フォーラム)にその前身の設立から参加し、理事団体として主要な役割を果たしてきた。

EPUBは2007年にリリースされたEPUB2でデイジーの技術を取り入れてかなりアクセシビリティを改善していたが、日本語対応や科学技術文献の記述に必要な機能が低く、改訂が待たれていた。Webの標準技術開発における日本語対応技術の発信の弱さが原因のルビや縦書きの非対応は、デイジーにも共通の問題であり、一刻も早い標準規格による日本語対応が求められていた。

DAISYコンソーシアム事務局長のG・カーシャーがIDPFの会長に選出された時に前後して、IDPFとDAISYコンソーシアムの両方が規格の改定作業を始めることになった。タイミングを逸すること無く、両団体は新規格の共同開発に踏み切り、DAISYコンソーシアムは開発資源をEPUB3に集中した。その結果、最新の規格であるDAISY4とEPUB3は相互に連携して機能するものとなり、開発のコストと期間を大いに縮減することに成功しただけでなく、「誰もが出版物を読める社会」に向けても大きく前進したのである。

2 デイジーの新しい機能

デイジーとEPUBは、規格あるいはフォーマットとも呼ばれるWebの技術に基づく電子出版物のコンテンツを構成するための文書に記述されたノウハウで、だれでも無料で使うことができる、いわゆるオープンスタンダードである。従って規格が制定されると同時に、実際に使える機能もあるが、その規格の力を十分に発揮できるコンテンツと閲覧ツールが利用者の手に届くまでに長い時間を要する機能もある。しかし、明文化された規格があれば、自分のニーズを満たす規格に沿ったアクセシブルな閲覧ツールで全く見知らぬ人々が規格に沿って作ったアクセシブルなコンテンツを作者の意図通りに再生できるのである。

EPUB3は縦書きやルビ等の日本語固有の基本的な組版に対応するなど、西欧以外の言語にも広く対応し6)、規格としては、最新のDAISY4が必要とするアクセシビリティ要件を満たす。EPUB3に対応する閲覧ツールは爆発的な勢いで世界中で開発されており、EPUB3の規格で作られた電子出版物は、近い将来、特別の専用閲覧ツールを用意しなくても、PCやMacをはじめ、iPhoneなどのスマートフォン、iPad等のタブレット端末、さらにはKindleなどの電子書籍プレイヤー等々、さまざまな手近なツールで再生できるようになることが期待される。

コンテンツの種類で見ると、EPUB3の電子出版物は、1.音と目次と書誌事項でできている録音図書、2.音の無い電子書籍、3.読み上げ音声のある電子書籍、4.動画も入っている電子書籍の4種類に大別される。

DAISY4に並行して、DAISY Pipeline2(デイジー・パイプライン・トゥーと読む、以下、パイプラインと略)というファイルフォーマット変換ツールとTobi(トビと読む)と呼ばれる編集ツールが開発されており、EPUB3の4つのカテゴリーか、必要があれば従来のデイジープレイヤー用の規格であるDAISY2、あるいはDAISY3で提供される。また、DAISY4に準拠した製作ツールであれば、パイプラインによって、EPUB3、EPUB2、DAISY3、DAISY2のどれでも読み込むことができて、編集後に、EPUBやDAISYだけでなく点字等を含む多様なフォーマットで出力できるようになる予定である。

図1に、先に述べたDAISY4とEPUB3およびパイプラインの関係を示す。

図1 DAISY4、EPUB3、およびDAISY Pipeline2の関係
図1 DAISY4、EPUB3、およびDAISY Pipeline2の関係拡大図・テキスト

3 今後の課題

技術開発の面から見ると、デイジーが開発した電子出版物のアクセシビリティが、電子出版産業が世界中で使うメインストリームの標準規格であるEPUB3に統合されたことは、科学技術史に残る知的基盤の進化の大きな一歩である。

この成果は、Webの世界で積み重ねられてきたW3CのWAI(Web Accessibility Initiative)を中心とするオープンスタンダードの理念と結びついたアクセシビリティ技術の集積と、DAISYコンソーシアムに結集した世界の障害者コミュニティーに根ざした研究開発努力のたまものである。

障害者権利条約が法的に保障する「障害者差別の禁止」は、国、産業界、国際機関、市民社会および個人が、条約の趣旨に沿って「支援技術の開発と連携したユニバーサルデザインの推進」の方向に沿って努力することによって、科学技術の進歩が新たな差別を生み出さないことを前提にしている。知識と情報およびコミュニケーションのアクセス問題は、世界情報社会サミット等で合意されたインクルーシブなICT開発というグローバルな基本的方向と国際標準化活動を抜きには解決できない。

デイジーとEPUBの技術的な達成を脅かす可能性のある最も重大な二つの懸念は、著作権法のあり方とDRM(Digital Rights Management:ディー・アール・エム)と呼ばれる出版者のビジネスモデルである。

著作権問題については、国境を越えたデイジー図書の国際貸借の仕組み作りと、それを円滑に運用するための著作権条約を巡って数年越しの議論が行われているが、それとは全く別の所で著作権者や出版者の権利をより強める動きも激しく、うっかりするとアクセシビリティに真っ向から抵触する著作権保護措置が急浮上する恐れもある。

また、DRMの多くはコンテンツの暗号化とともに利用者を特定のシステムに囲い込むことで市場確保を図ることが多く、読み上げや拡大とカラー調整などの機能が専用閲覧システムで使えない場合は、障害者権利条約が保障するアクセスの権利の侵害となる。

いずれにせよ、知識と情報にアクセスする権利は、研究開発、著作権、ビジネスモデルの三つの分野における障害者権利条約を基盤にした国際的な権利擁護の不断の努力によってのみ確保されることは間違いない。

(かわむらひろし NPO法人支援技術開発機構副理事長、DAISYコンソーシアム理事(前会長))


1)http://www.daisy.org/mission

2)河村宏「障害者用次世代録音図書の国際標準化」『リハビリテーション研究』第92号(1997年8月)P33-36
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/rehab/r092/r0920007.html

3)http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/activities/hoseiyosan.html

4)https://www.sapie.or.jp/

5)2012年5月20日現在

6)村田真「電子書籍フォーマットEPUBと日本語組版―日本でメインストリームにいる人間は国際標準化の舞台ではまず勝てない―」『情報管理』55(1)、P13-20(2012-01-30)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/55/1/55_1_13/_pdf