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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年6月号

列島縦断ネットワーキング【滋賀】

リハセンターと就労支援関係者の協働で進む就労定着支援事業

城貴志

1 はじめに

セラピストによるリハビリテーションと聞くと、多くの人がケガや病気が原因で失われた身体機能の回復のため、病院や高齢者介護施設の中で行われる医療的なリハビリテーションのイメージを持たれる方が多いのではないでしょうか?

また、ご家族の介護経験等のある方は、地域リハビリテーションとして、自宅に理学療法士(PT)や作業療法士(OT)等のセラピストが訪問する訪問リハビリテーションを想像される方もおられるかもしれません。

一般的には、セラピストの役割は、患者や高齢者、障害のある人の機能回復を目的に実施するリハビリテーションを担っていると考えられているでしょう。

しかし、最近ではセラピストの活躍の場は広がっています。「地域に飛び出すセラピスト」が少しずつではありますが増えており、実は、障害のある人が企業で働く現場においてもOTが活躍しているのです。

「どのような場面で?」と驚かれる方がおられるかもしれません。障害のある人が働く現場では、セラピストとしての専門家の視点が障害のある人の職場環境の改善に有効であることが実証されています。

滋賀県ではそのような取り組みがスタートしています。滋賀県立リハビリテーションセンターと就労支援関係者の協働で取り組む就労定着支援事業、雇用現場での職場定着・業務改善に向けた事業について、ご紹介いたします。

2 取り組みの経緯~障害のある人が働く特例子会社を訪問して受けた衝撃!!~

数年前、私がある特例子会社を訪問させていただいた時のことです。その特例子会社はいくつかの部署に分かれており、見学をさせていただいた部署では、顧客情報の入力作業やお客様へのノベリティ商品の袋詰め等をされていました。

見学時、障害者従業員の方があるファイルをめくり指示書を確認しながら作業されておられ、何気にその指示書を見ると写真入りで、しかも的確に工程分析がされており、短い言葉で作業内容がだれにでも分かるようになっていました。普段、障害のある人の就労支援に携わる者にとっては、支援者なりに就労支援の現場で、分かりやすく作業指示書を作成することは多々あるでしょうが、この特例子会社の作業指示書は、細部にまで的確にとても分かりやすく作成されてあることに驚きました。

見学が終わるとすぐに、その作業指示書について特例子会社の社長に「だれが、どのように作成しているのか」と質問をさせていただいたところ、「作業療法士に依頼して作成している」という意外な答えが返ってきました。当時の私は、いまだ作業療法士と言えば、冒頭でも述べたような医学的リハビリテーションのイメージしかなく、その答えに衝撃を受けたことを今でも鮮明に記憶しています。

その衝撃の直後、滋賀県立リハビリテーションセンター(以下、県立リハセンター)の作業療法士と出会い、特例子会社で見学したことを報告すると、「県立リハセンターでも検討している」とのこと。「何はともあれ、滋賀県でもやってみよう」ということになり、「就労定着支援事業」としてスタートしました。

3 事業の内容と成果

滋賀県は、すでに全福祉圏域7か所に障害者就業・生活支援センターを設置しており、その7か所の障害者就業・生活支援センターの代表者で滋賀県障害者自立支援協議会の就労分野が構成されています。また、就労分野の事務局を私ども(社)滋賀県社会就労事業振興センター(以下、振興センター)が担っています。

そのため「就労定着支援事業」について、就業・生活支援センターへの周知・連携を振興センターが担い、作業療法士の支援の必要性の有無を確認し、支援要請のあった就業・生活支援センターのワーカーやジョブ・コーチとともに作業療法士が雇用現場に協働して支援に入り、作業療法士の視点から企業での職場定着を図るようにしました。

昨年度の対象者は2人でした。一人は製造業で実習する脳性マヒの身体障害者の男性、もう一人は水耕栽培の企業で実習する注意欠陥多動性障害の女性で、作業療法士と就労支援関係者が協働で支援を実施しました。

両ケースとも就労支援関係者だけでは気付くことができなかったであろう作業療法士の専門家の視点を取り入れ、雇用等に繋がりました。

実習の段階から作業遂行機能、姿勢動作分析、感覚・知覚評価、人的・物的環境と作業分析等を作業療法士の視点から検討し、その検討結果をもとに就業・生活支援センターのワーカーが雇用現場での支援を実施しました。協働した就労支援関係者からは「身体機能や感覚・知覚認知機能の状態が、行動とどのように関連しているのかを理解するのに役立った」との感想がありました。

具体的に言うと、ゆっくりとした動作は筋肉の柔らかさが原因であること、自分自身の関節の曲がり具合の把握が苦手なことから作業スピードが上がらないこと、その改善策として、作業姿勢や作業に向かうときの立ち位置、治具の検討、作業指示書の作成等、作業療法士の視点で工夫することが就労定着に繋がりました。

期待していた成果がすぐに結果に結びついたこと、また、障害当事者・就労支援関係者だけではなく雇用現場の企業の方々からも評価をいただいたことから、2012年度も県立リハセンターと振興センター、各福祉圏域の就業・生活センターが連携し、雇用現場における就労支援に協働して取り組む予定です。

4 終わりに

障害のある人が地域の企業で当たり前のように働き、当たり前に地域で暮らす社会の創造のため、私たち就労支援関係者は個別支援を通じて、地域社会へアプローチをしていかなくてはなりません。どんなに障害のある人たちや私たち就労支援関係者だけが努力しても地域全体が変わらなくては進まないことが多々あります。

その意味ではICF(国際生活機能分類)の考え方に基づき、環境因子へのアプローチは重要です。支援者、特に専門家と言われる人だけではなく、多くの地域の人と協働し、地域を耕す視点での実践が地域づくり、社会づくりに繋がるものと考えます。

今回、就労定着支援事業で、初めて作業療法士とともに障害者雇用の現場での職場定着・業務改善に取り組み、改めて他職種との連携の重要性を認識しました。これからはそれぞれの専門性を活かしつつ、「福祉」「介護」「医療」という枠ではなく、「地域づくりの視点」を持ち、「地域に飛び出し、地域を創る専門家」が重要であると認識しました。

今後も各セラピストをはじめ、地域の多くの人と、「地域」というフィールドで、「地域づくり」の視点を持った連携により、だれもが働き、だれもが暮らしやすい社会の創造に向け事業展開をしていきます。

(しろたかし 社団法人滋賀県社会就労事業振興センター事務局次長)