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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年6月号

列島縦断ネットワーキング【大分】

新大分駅の真ん中に高次脳機能障害支援コーナーがオープン

萱嶋陸明

新しくなった大分駅の唯一の改札口を出て、そのまま一直線に40歩行くと脳外傷友の会「おおいた」が運営する小さな一坪のお店があります。看板はありません。革製品のポスターに「高次脳機能障害の無料相談コーナー」と小さく書かれています。このコーナーの出現が計り知れないほどの大きな役目を担うことになったことに驚くばかりです。

支援センターオープンの経緯

計画から30年以上の歳月をかけて進められた大分駅の高架化が完成し、3月17日から営業がスタートしました。改札口は1か所のみで、その正面に大分県の「食の粋」を集めた「豊後にわさき市場」が同時にオープンしました。

JR九州は、「にわさき市場」の中心に湯布院温泉「山荘・無量塔(むらた)」が経営する、全国的にも有名なロールケーキの店「ビースピーク」に強く出店を要請し、「無量塔」は「にわさき市場」入口の最高の場所が用意されたことを受けて、湯布院以外では初めての本格的な出店を決意しました。

「常に人のため頑張る」ことを全社員が意識している「山荘・無量塔」の後藤克己専務と家族会の代表をしている萱嶋が以前勤務していた会社で同僚であったことが発端で、角の一坪を脳外傷友の会「おおいた」に無償提供されることになりました。代表である私がまだ会社員で十分な時間がとれないことから、無人コーナーとすることも考えましたが、1日の来店客が2万人以上確実な大分県で最も人の集まる場所が無人では、他の店に迷惑となることは間違いなく、「家族会の店」としてスタートすることになりました。開業に必要な展示ケース等はすべて「無量塔」が準備してくれました。

正式には「高次脳機能障害無料相談コーナー」とし、商品ポスターの中で、

一、高次脳機能障害への理解を広める活動
二、高次脳機能障害に関する相談とカウンセリング
三、高次脳機能障害者福祉作業所「きらら」の革製品の販売

を行っていることを明示してあります。看板がないのは、「食」専門の一番重要な場所に異質のコーナーとなっていることを黙認しているJR九州への配慮からです。一坪だけの店舗でいすもありません。相談があった場合は、携帯で連絡し、近くの喫茶店で会って話し合いの上、内容によっては支援コーディネーターに連絡をとる態勢としています。

最大の問題が人員配置です。朝9時半から午後9時まで、1日三交代3人が必要となります。オープン当日の3月17日の家族会で突然の出店報告をしたところ、その場で8人が協力を表明、平成15年の家族会発足時より、高次脳機能障害に対する支援をしてくれている大分大学教育福祉科学部の工藤修一講師に相談したところ、即座に学生ボランティアを呼びかけ、当日8人の女子学生が説明会に来てくれました。1回当たり、700円前後の交通費程度の報酬になる厳しい条件提示だったのに、全員が快諾してくれました。さまざまな善意が積み重なって実現した「奇跡の一坪コーナー」であることを肝に命じ、家族会としての収益はゼロとなる運営とすることを宣言し、売上増による収益はすべて毎月の出勤回数に応じ均等に配分することにしました。

オープンして1か月の成果

豊後にわさき市場は連日大変な人出となり、私たちコーナーにも毎日100人近くの来訪者がありました。ボランティアのだれもが、高次脳機能障害の説明をし、パンフレットを手渡して、展示している革製品は当事者が時間をかけて製作していることを伝えてくれました。商品自体も素晴らしく、また安いこともあって1日平均1万5千円の売り上げとなり、毎日在庫不足となる状態が続いています。

大分県で最高の場所に自分たちの商品が販売されていることを知って、当事者は誇りと自信を持ち、最大の励みにもなり、労働意欲が著しく向上しているとのことで一番のリハビリになっているのかもしれません。

全員が業務日誌を書いてくれて、その中で相談されたことなどが詳細に記録されています。実際に相談業務を受けたのは6件で、まだ少ないと思いますが、すでにパンフレットの配布枚数は600枚を超えており、急速にこの病気に対する理解が広まっていることは確実です。家族会会員もこの場所に来れば、楽しい時間を過ごすことができると分かっているので、素晴らしい交流の場ともなっています。革製品を買われるお客様も何となく心豊かになる様子で、度々「頑張ってください」と声をかけられています。

大分大学の工藤修一先生は、毎年医学部看護学科の学生へ、高次脳機能障害に関する90分もの授業講演をする時間を家族会に用意してくれていますが、今回も大学当局に「店番」のボランティアをする許可を申請し、自ら店番となり、啓発活動をしてくれました。地元の大分合同新聞の取材があった時、女子学生の後藤優美さんが記者の質問に「……このようなボランティアをする機会を与えてくれた工藤先生と家族会に心から感謝しています」と答えているのを聞いて、目頭が熱くなりました。ボランティアされる側がボランティアする側から感謝されるなど聞いたこともない出来事でした。

最初の10日間、夜の時間帯はすべて萱嶋が店番をしていたのですが、高次脳機能障害の拠点病院である「諏訪の杜病院」の支援コーディネーターである浅倉恵子さんが呼びかけてくれて、同病院の19人もの看護士が参加してくれることになりました。その他、大分銀行OBや登山会の仲間など7人も手を挙げてくれて、現在、総勢42人が登録されています。新聞記事を見て、母校の県立国東高校の同窓生グループから協力したいとの申し出があり、さらに増える見込みです。参加した人のだれもがお互いを信頼し、「店番が楽しいです」と言ってくれます。たった一坪のお店が大きな共生社会を実現していることは奇跡だと感じています。

マスコミも注目し、地元の大分合同新聞と朝日新聞の取材があり、カラー写真付きの特大の記事が掲載されました。大分県の月刊タウン誌「JOSEI OITA」にも綺麗なカラー写真とともに「ちょっといい話」として記事が掲載されました。

現在、勤務している地元信販会社の株式会社オーシーも社会貢献に熱心な会社です。私も、常日頃より全面的な支援を受けて勤務しながら二足の草鞋(わらじ)で家族会活動をしていますが、今回も創立40周年を記念して、社員全員のネームホルダーを革製品に一新することを決め、150個もの注文をしてくれました。

今後の課題

多くの善意が積み重なって実現したコーナーですが、1日3人、年間延べ1095人の人員を確保する必要があります。革製品だけに一巡すると売り上げが大幅に落ち込むことが予想されます。収益から、約束している1回当たり最低700円の支給が困難となる可能性も否定できません。来年9月には大分県で、九州では初めての「脳外傷友の会」の全国大会が開催されます。新しい形の啓発活動が皆さんの希望の星となるよう、不足分は自腹を切ってでも続ける覚悟を決めています。

(かやしまむつあき 脳外傷友の会「おおいた」会長、株式会社オーシー常勤監査役)