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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年9月号

バリアフリー観光:夢を叶える新しい旅行

中子富貴子

はじめに

バリアフリー化は観光の分野でも対応が進んできている。観光政策審議会が、障がいのある人も含めたすべての国民にとって「旅をする権利がある」と答申したのは1995年であったが、90年代は航空会社や旅行会社が障がいのある人の旅行に本格的な対応を始めた時代でもあった。その後2000年代にかけて法律の整備も進み、障がいのある人の観光は段階的に容易になってきた。

たとえば、2006年施行のバリアフリー新法は観光のための法律ではないが、この法律によって主要な公共施設や旅客ターミナルがバリアフリー化され移動や外出が容易になっている。

2007年施行の観光立国推進基本法では、障がいのある人をはじめとする配慮を要する人々のために、旅行関連施設などの整備や利便性の向上に向けた施策を講じるとしている。

このように、制度や観光業界も時代とともにバリアフリー観光への対応を進めてきたが、その中でおそらく最も対応が遅れていたのは観光地ではなかっただろうか。しかし、今観光地は大きく変化し、各地でバリアフリー化に対応しようとしている。

変わる観光地

昔の観光地は団体旅行が中心で、観光地は団体客に合わせる形で整備されてきた。確かに現在でも団体旅行はあり、昔でも少人数グループや1人旅もあった。しかしなぜ団体客の嗜好に合わせてきたかというと、それが「大多数」だったからで、多数の動向に合わせる方が売れるからである。

しかし、今は極端な言い方をすれば、もはや観光客の動向に「多数」というものは存在しない。マスツーリズムの時代は終わったとまで言われる現在、観光客の嗜好(しこう)はそれぞれバラバラである。B級グルメを目的に出かける人がいるかと思えば、アニメの聖地にファンが押し寄せて、そのアニメを知らない地元の人が「何だ何だ!」と驚きの目を見張る。被災地支援に行くボランティアツアーも若い人を多く引きつけているし、田舎滞在、エコツーリズムなど、新しい形態の旅行も増えている。

このような中で、観光地は観光客のニーズをつかもうと必死になっている。高齢化が進み、障がいのある人も旅行に出かけることが多くなってきた現在、バリアフリー観光にも対応ができなければ観光地も旅行会社も生き残れない時代になってきている。

バリアフリー観光に求められるもの

「観光」と「バリアフリー」は相容れない要素をお互い持っている。ひとつは、観光にはそもそもバリアがつきものであるという点、二点目は観光のニーズは人によって異なるという点であり、それがバリアフリー化を難しくさせる要因になっている。

たとえば、多くの人に人気の温泉、それも露天風呂は、岩風呂だの川縁りだの、段差も多く滑りやすく、秘湯の温泉ともなればそこにたどりつくまで大変である。しかし、だからこそ人は温泉に行きたがるとも言える。

温泉にも入れるようにとコンクリート造りの真っ平らの露天風呂ができあがったとしても、それで観光のバリアフリー化と言えるものだろうか。観光には演出であれ自然の風景であれ独自の空間やバリアがあり、それが人を引きつけている。

また、観光というものは極めて個人的な楽しみである。学校や病院施設とは異なり、そこでどのようなことをするのかを前もって計画的に予測して設備化できない部分がある。

たとえば、なぜその地に行きたいのかと聞かれれば、その人は、海が見たいとか、あの食べ物が食べたい、山の上から夜景を見たい、温泉に入りたい、友人に会いたい、昔の思い出の場所に行きたいなど、目的や期待は10人に聞けば10の答えが返ってくるのが観光である。そのような観光客のニーズを前にして、最初から観光地のすべてをバリアフリー化にする、それも誰にとってもアクセス可能なように、などという対応は完全にできるものではない。そして障がいのある人も状況が人によって異なる。障がいのある人のニーズと一言で言っても、その内容はほとんどすべて同じではないのだ。

ではどうすればよいのだろう。他の工夫を考えることもできる。温泉であれば、人による介助や別のルートによるアクセス、露天風呂を持つ旅館が複数ある温泉地ならアクセスしやすく入れるひとつの露天風呂を他の旅館のお客さんも使えるようにするなど、工夫の余地はあるはずである。最近は、滞在時の入浴介助のヘルパーを希望する人も多いという。観光地には行けても、入浴だけはあきらめるという人はかなり多いようである。

これまでの観光のバリアフリー化は、環境整備として最低限のバリアフリー化はどうあるべきかの問題が中心だったのだろう。施設などのバリアフリー化はある一定の基準に従って行われる。それは、障がいのある人にとってのバリアフリーをある程度平準化し、共通項としてのインフラを敷くことである。

しかし、そのインフラを敷いただけで観光のバリアフリー化は済んだとは言えない。観光につきもののバリアの存在、ニーズの違いを、それぞれの現場で判断しその人に合ったやり方で工夫して乗り越えていくしかない。それは、一人ひとりに向き合うことでしか解決できないものである。

多様な声を反映できる観光地へ

一人ひとりに向き合うことができる観光地とは、どのようなものなのだろうか。

以前、観光まちづくり組織を束ねる人が講演で次のような話をしていた。昔の観光地では行政・観光協会・旅館ホテル業界・観光施設業界・旅行会社・運輸業界が中心となって観光地の整備やプロモーションが行われていたが、今元気のある観光地で中心になっているのは、女性、大学生などの若者、NPOや地域大好きの団体などであり、観光に関係しない事業者の人もいる。このような市民が関わって盛り上げる観光地の方がお客さんにも人気があって成功しているのだと。

なぜ、市民が盛り上げる観光地は元気がよくお客さんが来るのかというと、さまざまな人の声を反映し、そのニーズに応えようと努力しているからである。市民自身がそこに参加しているからこそさまざまな声も反映される。

バリアフリー観光をさらに進めるには、法律や観光業界の取り組みだけでは不十分である。障がいのある人、地域の人自身が観光地で地域づくりに関わっていくことが必要である。障がいのある人が参加して、その意見や思いを反映させていく必要がある。それが一人ひとりに向き合う観光の形を作ることにつながっていく。

今は、NPOなど市民が自ら活動する団体が多くある。NPOは市民が地域や社会のために目的をもって活動する組織であるが、バリアフリー観光の領域では、障がいのある人自身がNPOに関わっているところも多い。

今回の特集でも、NPOの報告がされている。たとえば、三重県の伊勢志摩バリアフリーツアーセンターはパーソナルバリアフリー基準という考え方で、一人ひとりの旅の目的や希望を実現することを第一に活動をしている。ここを皮切りに、今では全国各地に同じようなセンターができあがり、日本バリアフリー観光推進機構というネットワーク組織にもなっている。これらの団体の活動を支えているのは、地域の障がいのある人を含む熱意や思いのある人々である。そしてこのネットワークにはすでに全国13地域がメンバーになっていて、さらに増え続けているのである。そして、これらの団体が活動している観光地はバリアフリーの観光地として徐々に評価も得てきている。このような地域が今増えている。

まとめ

観光のバリアフリー化が進んだといっても、制度や観光業界の対応にもまだまだ取り組むべき課題は多い。バリアフリー旅行の価格の高さや福祉制度との兼ね合いなども解決していかなければならない問題であろう。

しかし、一部の国民ではなく本当に一人でも多くの人が観光を享受できる、理念やかけ声だけでなく現実の目の前の一人ひとりに向き合って旅を楽しんでもらう。そのことに、観光地が向き合うようになってきている。

観光に出かけて得られる満足感は非常に大きい。旅行をきっかけに人生観が変わったとか、その後活発に出かけるようになったという人に多く会う。旅行会社のスタッフや介助ボランティアの中には、旅先でお客さんの笑顔が忘れられず仕事を続ける人も多い。これは旅の持つ大きな力である。その力をより強くするためにも、観光地での取り組みはさらに必要である。

(なかこふきこ 神戸夙川学院大学、日本バリアフリー観光推進機構事務局)