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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年9月号

「アクセシブル・ツーリズム ガイドブック」作成を通した実践的取り組み

尻無浜博幸

2011年3月に「アクセシブル・ツーリズム ガイドブックin台北」(松本大学出版会)を刊行した。発刊にあたっては、『「松本大学バリアフリー・アクション/アクセシブル・ツーリズムガイドブックin台北」作成調査班』を編成し、台北市(台湾)のエデン社会福祉財団との共同調査を基にまとめたものである。

はじめに

(1)作成のきっかけ

バリアフリーなお店を紹介している本(パンフレット類)はたくさんあるが、それが必ずしもバリアフリーになっているとは限らない。そもそも情報をキャッチして、利用するかどうか(利用できるかどうか)は利用者側が判断することで、誰(だれ)かの基準でバリアフリーと言って(決め付けて)情報提供しているのはおかしいとの声を聞いた(事実、バリアフリーと書いてあったから行ってみると全然バリアフリーになっていなかったという話はよく聞く)。この指摘を改善するためには、基本的に適切な情報を整理して発信する必要があると感じ、そして情報発信の手段として、旅行を手軽に楽しめるようにするためのガイドブックを作成してみたらどうかという話に至った。利用者がそれぞれの状況に応じて、利用できるかどうかを判断する情報の整理をガイドブックで提供するものである。

松本大学では、「福祉」と「観光」の融合を図る実践的取り組みを行っており、この展開の具体的な視点をアクセシブル・ツーリズム(*)に置いている。

(2)なぜ台北からスタートしたのか?

台北市(台湾)のエデン社会福祉財団とは、2006年10月に台湾の障がい者の旅を松本で受け入れたことが交流のスタートであった。障がい者に配慮した旅には赤いハートマークが記してある旅行関連のホームページで「日本の松本・高山の旅」を募集、興味をもった方が参加していた。移動、宿泊、観光プログラム、食事の手配など一切の受け入れを試みて大変苦労した。疲労困憊(こんぱい)したことがアクセシブル・ツーリズムの発展度を表していた。2007年5月にはもう一度、金沢を案内した。2008年からは台湾を訪問したりして交流が展開されてきた。このような中で台湾のアクセシブル・ツーリズムへの先駆性を感じた。

台湾の車いす生活者はどんどん旅行に出かけ、外出しにくいところは改善要望の声を上げていた。ニュー・ツーリズムとしての経済的視点での分析も進んでいた。ガイドブックの場所選びについては、エデン社会福祉財団との交流とまた同財団の台湾国内での取り組みからその指導を受けることを優先的に考えた。従って、アクセシブル・ツーリズムの発展度から紹介しやすい台湾を日本語で、日本で紹介することで日本のアクセシブル・ツーリズムの普及に繋がると考えた。

アクセシブル・ツーリズムの普及とは

障がい者や高齢者が旅行するニーズは高まりつつある。大手の旅行会社は専用のデスクを設け、その需要に応えている。国の観光戦略の中にもこの分野の取り組みの推進を掲げている。しかし、実際は新しい取り組みが故に、アクセシブル・ツーリズムをどのように捉(とら)え、具体的にどのように進めていけばいいのか戸惑いは目立つ。

私たちはアクセシブル・ツーリズムの普及とは、もっと気軽に、普通に楽しめる旅行を目指すことと位置付けた。このような観点で、まず取り組んだことは、観光協会の観光案内所の横にバリアフリー観光情報として車いすで利用できるトイレマップを置いたり、また宿泊する時に、必要な車いすや杖の道具を貸し出すなどのサービスを行った。街を調査して、駅から車いすで出かけやすい観光マップなども作った。しかし、いろいろ苦労する割には、利用は思ったほど好評でなかった。アクセシブル・ツーリズムは福祉的要素がまだ強く、ある特定の人しか関われない(知らない)難しさがある。一般旅行会社も含めた、もっと気軽に、普通に楽しめる旅行へシフトする意味も含め、その要素をガイドブックに反映したつもりである。

ガイドブックとしての3つのプラスα(アルファ)

多くの既存の旅行ガイドブックが書店に並んでいる。このガイドブックは、その数あるガイドブックに対抗して作ったものではない。既存のガイドブックにプラスして、もうちょっとの情報を補うものとした。従って、数ある既存のガイドブックと併せてもう一冊持っていただくために料金にも配慮したつもりだ。もうちょっとの情報とは、主に移動スペースの問題とトイレである。また、アクセシブルな整った観光地だからという観点だけで紹介はしていない。日本人がよく行く観光の名所を取り上げている。そこは必ずしもアクセシブルな整った観光地ではない。しかし、「この情報があれば、車いすでも行けるよ!」という情報をプラスαしている。

2つ目のプラスαは、車いす生活者の旅行は、通常、特殊な移動方法を要するため、費用は一般水準より2倍から3倍かかる場合が多い。旅行費用を抑える観点から、なるべく公共交通機関を選ぶことにした。しかし、そのためにはプラスαの知恵が必要であった(少数派の利用者向けには、まだまだ公共交通機関は未整備な面が多い)。プラスαの知恵として、ガイドブックには適切な道具を使う紹介をしている。また、リフト付きバスが走る可能性が高い時間帯を紹介している。知恵の出し合いで人も動いてくれる場合も多々ある。

3つ目のプラスαでは、人の繋がりの可能性をこのガイドブックで示したかった。その可能性をプラスαと考えた。このガイドブックの使命は、適切な情報の整理である。しかし、古くなっていく情報は意味がなくなる。人が通わないと情報は古くなっていくものかもしれない。通常なら改訂版で情報を更新していくものかもしれないが、人の繋がりで適切な情報の維持に努めたい。実際、ガイドブックには、現地のサポート部隊を紹介している。

ガイドブック作成の実際1―空港編―

空港での搭乗手続きについて、事前に航空会社に連絡しなくてはならない項目がチェックできるようになっている。主に、車いすの重量やサイズは大切で、電動の場合はバッテリーの種類を伝えることなどが記されている。どこまで自分の車いすで行けて、どこで車いすを乗り換えるのか、乗り換えた車いすはどんな車いすなのか。さらに、どこを通って機内まで進むのか、適宜写真を用いながら紹介している。その際、介助者1人までは同行が可能などの情報も盛り込んでいる。

ガイドブック作成の実際2―九份編―

九份(きゅうふん)は、映画「千と千尋の神隠し」のモデルとなった街で、どのツアーでも訪問が組み込まれている有名な観光地である。しかし、車いす生活者が旅行することは不適な場所である。九份を調査してわかった課題は、1.ホテルから移動時間がかかること。2.トイレがないこと。3.路地とお店との境に段差が必ずあること。4.路地は狭く人通りが多いので安全ではないこと。5.階段が多いことであった。

(1)トイレについて

ガイドブックでは、「散策前には瑞芳駅のトイレへ必ず寄ろう」を強調し、瑞芳駅のトイレを紹介することを選んだ。九份周辺にはトイレがない。瑞芳駅は九份の最寄り駅だ。しかし、車で15分ほどの距離がある。もしもの緊急時のトイレ先として1か所のトイレを紹介した。このトイレは障がい者用ではないことを強調し、見取り図を掲載した。事前にトイレ事情を把握することで準備ができる。

(2)段差が多い、道幅が狭い

ガイドブックでは、「バリアフルタウン」をあえて強調した。道が石畳になって振動があり一般には車いすでの旅行をお勧めしない街をうたい、それだけに九份の人々の優しさや温かさを感じることができる、またちょっとした会話にも飾らないホスピタリティがあふれていると紹介した。また、小道具があれば段差解消になるとうたい、具体的な例を紹介した。

ガイドブック作成の実際3―故宮博物院編―

故宮博物院の中は、世界四大博物館のひとつに数えられているためか、完璧にアクセシブルな環境で中国の歴史的遺物を観ることができる。ガイドブックで強調したことは、2つの方法で故宮博物院まで行く交通手段を紹介した。1.安心して故宮まで行くならリフトバスがお勧め。2.一般バスで故宮へ、一般の観光客と一緒のバスが楽しいとした。団体ツアーなら大型バスで故宮博物院の建物の敷地内まで行くが、勇壮な建物へゆっくり歩いて近づいていくことを勧めながら、調査ではすべての階段の数と1段の高さと幅を測ったりもした。1.については、士林駅からのリフトバスチャーターを想定し、乗車場所と故宮博物院での降り場を写真入りで紹介した。リフトバスチャーターは、その連絡先と値段、移動時間、予約内容などを盛り込んでいる。2.については、低車高バスの便数が少ないことを注意することとし、市内バスの中を写真入りで紹介した。

ガイドブック作成の成果

ガイドブック作成を通じて目指していることは、社会的課題が処理される程度に視点を置き、ニーズ充足が図られる範囲に着目している。

まず、作成に関わった学生は、バリアフルの観光地をアクセシブルにする楽しみが増えたと主張する。その視点のノウハウを基準化していく予定だ。近々、大学に近い観光名所である上高地に赴き、上高地で気軽に楽しめるアクセシブルな情報発信を計画中である。

また、このほどアクセシブル・ツーリズムを知った者が、NPO法人を立ち上げ起業した。第三種の旅行業認可を受けビジネスを展開する。住んでいいところは訪れてもよいと言うが、まさしくアクセシブル・ツーリズムの実際である。

次のガイドブックの作成は韓国のプサンを予定している。日本から一番近い外国ということと、食を中心とした異文化を感じられることから魅力は多いと感じている。しかし、全般的に台北ほどアクセシブルな地ではないのは事実だ。最終的にはインバウンドで、日本のアクセシブル・ツーリズムを英語で紹介したい。

アクセシブル・ツーリズムが進んでいるか進んでいないかという視点は無意味で、その取り組みの過程に参加すること自体に意味があり、その客観性が整理されるとアクセシブル・ツーリズムは進むと確信している。

(しりなしはまひろゆき 松本大学総合経営学部観光ホスピタリティ学科)


(*)このほかにバリアフリー観光、UD(ユニバーサル・デザイン)観光などの表現が見受けられるが、海外で一般的な表現である「アクセシブル・ツーリズム」を通常用いている。