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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年9月号

トラベルヘルパーを利用して海外旅行を楽しもう

篠塚恭一

私が身体の不自由な人の旅に関わるようになって20年になります。

はじめての仕事は、国際障害者年から10年を経た1990年。障がいをもつ人たちのグループ「ひまわり号を走らせる会」が、米国横断ツアーにチャレンジした際に添乗スタッフを派遣したことです。

以来、さまざまな障がいや病と共に生きる人の旅をアシストしてきました。難病やターミナルケアを受けている方もいます。家族旅行や施設のグループ旅行もあり、その目的はさまざまです。

もともと私の専門分野はツアーコンダクターや観光ガイド等、主に旅行現場に携わるスタッフの教育です。しかし、旅行客の高齢化が日本社会より一足先に進んでいたので、介護技術と旅行の業務知識をあわせ持つトラベルヘルパー(外出支援専門員)育成の必要性を感じていました。

トラベルヘルパーサービスは、車いすで行けるところへ案内するのではなく、行きたいところへ車いすで行けるにはどうしたらいいかを考えることです。今は、地域の方々とさまざまな社会資源を活かした介護旅行づくり、あなたのまちのトラベルヘルパーを育成する活動に取り組んでいます。

さて、ひまわり号のツアーに携わった時の印象は、障がいをもつ人の旅が決して特別なものでないというものでした。旅行業に携わるプロとして、多少の自負心があったからかもしれません。

確かに車いすをはじめ、持ち込む荷物も多く、その運搬や動線、あるいは食事にもさまざまな配慮が必要になります。専用車両やバリアフリーの客室を用意し、その方のために飛行機をチャーターすることさえあります。一般旅行と比べれば特別な手配が多く、その分手間もかかります。

身体状況の聞き取りから、家族や介護職の方に日常生活の様子を伺い、さらに旅先での希望を叶えるための連絡調整など、アレンジを担当する者は通常業務の10倍以上は手間と時間が必要です。その分作業が増え、介護旅行を扱うのは経費もかさむのが実情です。

しかし、それが理由で障がいをもつ人が旅をすることができないことにはなりません。旅は誰にでも楽しむことができるものです。

想像してください。もし、旅先で万一の事故に遭遇し、病に倒れた人がいるとします。治療によりギブスをはめ、車いすを使用しなければならず、搬送する距離が長いなら痛みが和らぐよう寝たままで移動させたいと考えます。

さて、こうした人が帰宅はおろか生涯帰国さえままならないでしょうか。答えはNOです。今は、そんな時代ではありません。

山岳地帯でもレスキュー活動はあるし、災害救助や医療搬送システムは世界中をカバーしています。遭難や事故となれば、そうした仕組みを駆使して救出、移送してくれるインフラはすでにあるのです。ただ、それを旅行目的に使うわけにはいかないというだけのことです。

事故でなくてもたとえば昔々の話。裕福な国の王様が暑い季節に動くのは厄介だと言ったとします。それでも公務で移動しなければならないとしたならどうでしょう。周囲の人は知恵を絞り、天蓋をかけた神輿を仕立て、王様の機嫌を損ねぬように大きな団扇であおぎながらでも移動してもらおうとすることくらい容易に想像がつきます。まるで映画のワンシーンのようです。

ですから、旅は誰でもしようと決めればできるのです。ずっと昔から、身体が不自由という理由で旅を楽しむことができないということはないのです。必要なことは経費を賄うことと、道中が平和であるということくらいです。

いくつかの事例を紹介します。

【事例1】 毎年、夏休みの旅を楽しみにしている家族がいます。母は「笑顔の天使」といつも息子を自慢し、素敵な写真を届けてくれます。

難病をもつ子は旅先で酸素ボンベの提供が必要でした。介護は家族が交代で行うので、バリアフリーの宿とボンベの供給があれば旅は実現できます。写真はグアム旅行の様子です。散歩する兄のカートを楽しそうに押す妹がとても頼りになる感じがしています。

グアムやハワイなど、世界中から観光客がやってくる地域は、あらゆる障がいをもつ人に対応するサービスが用意されていると考えられます。米国では、1990年にADA(障がいをもつアメリカ人法)が制定され、さまざまな分野で身体的・精神的な障がいを理由にした差別を禁止しました。これにより空港やホテルなど公共施設の交通網のバリアフリー化が進み、障がいをもつ人の外出や施設の利用に不安がなくなりました。

カナダやオーストラリア、ニュージーランドなどの先進国もハード面でのバリアフリー化が進んでいて、交通システムの利用においても不安なくサービスが受けられます。また、さまざまな医療サービスも整えられており、安心して旅行できる観光地と考えることができます。

【事例2】 母娘三世代で台湾へ出かけた家族です。やはり在宅で酸素濃縮器を常用していました。

自宅と同じ地域のスタッフが、事前にヒアリングを行うために自宅まで伺いました。メーカーには使用している医療機器の仕様を確認し、現地とは何度も連絡を取り合い機器手配の調整をしました。

搭乗する航空会社に機内で使用する酸素ボンベを依頼し、主治医には医療情報の確認と旅行中の注意点について指示を仰ぐよう案内しました。また、現地でボンベを届けてくれる専門業者の選定や機器の受け取り時に使用方法の説明を行うための通訳は、現地の旅行代理店に調整してもらいました。

こうした確認と確実な手配に多くの手間がかかるために医療サービスを必要とする人の旅行手配には、少なくとも2~3か月の時間を要することを覚悟しておく必要があります。人工透析を受けている人の旅も同様です。こうした手続きを経て初めて医療ニーズのある方の旅が実現します。

持病が心配な人は、高齢者に人気の船旅、海外へもクルーズ旅行がおすすめです。船内には専門の医師や看護師が乗船することが多いので、あらかじめ十分な時間を取り準備すること、旅行中もまめに健康相談を受けておくと長旅でも道中安心に過ごせます。

日本船を含め大型客船には、バリアフリー対応の客室が整っていて、船内サービスも充実しています。ただ、最近は人気で予約が取りにくい船もあるので早めの相談が必要です。

寄港地では、港湾の整備状況によって制限される場所もありますが、団体行動をとらずに観光タクシーを貸し切るなど個別サービスを選択することで工夫すれば十分楽しむことができます。

煩わしい荷物の出し入れがない船旅は、高齢な人が家族とともにゆったり過ごせる旅として、これからますます需要が高まると思います。

【事例3】 認知症が進んでいる母親の記憶があるうちに希望の旅をプレゼントしたいという姉妹の相談を受けたことがあります。

自宅で美容院を営み、女手一つで姉妹を育て上げた方です。旅が唯一の趣味で、美容師を引退してからは英会話をマスターするほど熱心な旅行愛好家になりました。ブルガリアへの旅は、そんな母親が唯一思いを残してきた旅行先ということで、「このバラ祭りだけは、絶対に行きたい」が口癖だったといいます。仕事があり子育て中の姉妹は、旅に同行することができません。そこで、大事な家族を私たちトラベルヘルパーに託してくれることになりました。

参加する旅行は姉妹が直接旅行会社に申し込み、トラベルヘルパーは見守りと服薬などのケアを引き受けました。この方には、常に見守りが必要となったので、主催会社の添乗員の協力を得ることを申し込み条件にしました。対応方法を丁寧に説明した結果、旅行会社側の理解が得られ、無事に受け付けてもらうことができました。他の参加者への配慮として、専門の介護者としてトラベルヘルパーが同行させることが承諾の決め手でした。

認知症状のある人でも日常生活に関連する動作が一人でできる方なら、付き添いが付くなど一定の条件さえ整えば、一般旅行にも参加することが可能です。

しかし、最近はこうした情報を旅行会社に提供しなかったために旅先でトラブルになるケースが増えています。環境が変わる旅先では、何がきっかけで症状が重くなるのか予測できません。実際にこの旅では、ホテルで自分の客室がわからなくなるなどの混乱がありました。

旅は形のないサービスです。障がいや疾病をもつ人が同一行動を強いられるパッケージツアーに参加するには制約があります。よく旅行担当者と相談して安全で快適な旅が実現できるよう協力し合いたいものです。

座位が保てる人なら砂漠のような悪路でも馬車やジープを利用して移動することが可能です。主治医に旅行内容を伝え、専門家の判断と許可を得てアドバイスをもらっておくことです。英文診療情報証明を携帯することや常用する薬の名称は、あらかじめ翻訳しておくと体調を崩した時に助かります。

日常の生活環境を離れ、五感をフルに使って感じることが旅の楽しさですが、海外旅行では水が変わり、空気が変わり、時差もあります。機内や高地では気圧も違いますから専門家の判断を要するのです。

【事例4】 進行性の難病を抱えた青年は、今年中央アジアを一人旅しました。4年前にオーストラリアを旅したのが自信となっていたそうで、静かに旅行計画を温めてきた様子です。母親も息子のチャレンジを応援しており、できることなら実現を手伝ってほしいということで、実施になりました。現地では地元学生たちとの交流も楽しみ、それも大きなチャレンジになり、さらに自信を得て帰国しました。

こうした特殊な地域への旅は、その国を専門とする旅行会社に手配協力を得るとうまくいきます。ウズベキスタン、カザフスタンを回り、今年の電動車いす一人旅は、キルギスがよかったと報告してくれました。他にもスイス山岳鉄道の旅などがおすすめできます。社会保障に対する自己負担比率が高い北欧では、旅行する際に必要な介護サービスを受けることもでき、そのための専門ヘルパーを同行させることが可能です。

しかし、社会を支える構造が違う日本と諸外国の仕組みを単純比較して、ないものねだりをすることは前向きではありません。

【事例5】 トラベルヘルパーは、介護が必要な人の手となり足となり、お客様が喜んでくださるサービスを提供するための専門研修や現場で研鑽を積んでいます。医療行為はできませんし、観光ガイドのような詳細な案内も困難です。しかし、コンパニオン(話相手)として寄り添うことや、旅が楽しい思い出になるようケア付きでエスコートすることは得意です。

介護旅行の手本は、障がいをもつ人の旅の工夫から学びました。古(いにしえ)の巡礼の旅は、いざっても行きました。お年寄りの「死ぬまでにどうしても行きたい」ところ、菩提寺の参拝やお墓参りにあわせて故郷の山や川を案内するのも介護旅行です。「たった1枚の絵を見に海外に行く」人の夢を叶えようという気持ちは誰も同じです。

1995年当時の観光政策審議会は、すべての人に旅をする権利があると提言しました。来るべき超高齢化社会を意識してのことです。今、障害者権利条約と合理的配慮や交通基本法の制定など障がいをもつ人の支援に関わる話題が語られています。事実が先、法律は後からついてきます。

私は、超高齢者社会は、障がいをもつ人がリードする時代ではないかと感じています。私は今も「旅を楽しむことは、すべての人ができるもの」と信じています。旅を仕事に選んだプロとして、これからもすべての人に楽しんでいただけるようなサービスづくりを心掛けていこうと思います。

(しのづかきょういち 株式会社エス・ピー・アイ代表取締役、特定非営利活動法人日本トラベルヘルパー協会理事長)