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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年9月号

列島縦断ネットワーキング【福島】

「障がい者のためのわかりやすい東電賠償学習会」の開催

藤岡毅

1 障がい者特有の被害

2011年3月に発生した東京電力福島第一原発事故は数十万人の生活を破壊しました。中でも、障がい児者とその家族への影響は甚大です。原発に近い地域に住んでいた聴覚障がいの夫婦は、次のように報告しています。

「地震、津波が起きたことは分かった。

3月12日に[避難指示]が出たと聞いたので慌てて逃げた。

周りの人は「危ない、危ない」と言っていた。けれど、なぜ身の回りのものも持たずに逃げるのか分からなかった。

原発から50キロほど離れた避難所に着いて、初めて「原発の爆発事故が起きた」ことを知って驚いた。防災無線(音声放送)で原発事故が起きたことは自治体から広報されていたようだが、自分たちには無意味だった」

すなわち、障がい故の特別な困難が原発事故の被害として生じています。

それ故、一般の原発事故賠償に加えて、障がい者特有の心身の被害に対して適正な賠償がされるべきです。

2 賠償問題自体へのハードル

過去に例をみない規模と種類の事故であり、賠償に関する政府や関係機関での考えも事故から1年以上経過してようやく基本的な枠組みが明らかになり、弁護士でさえ賠償問題への対応は手探り状態なのが実情です。

法律問題は一般の人にも普段なじみはないものですが、情報の取得・伝達・理解等に困難を有することの多い障がい者にとって、この賠償問題への対応は極めて困難です。

3 JDFからの要請

そのような現実から、JDF(日本障害フォーラム)から筆者に、原発被害に遭った障がい者の賠償問題について弁護士に力を貸してほしいと要請があったのが2011年9月のことです。私は所属する日本弁護士連合会高齢者・障がい者に関する震災対応プロジェクトチーム(以下「PT」)に相談し、11月初旬、JDFとの最初の懇談会を設定しました。

その場でJDF側から、障がい者やその支援者向けに、福島各地で、分かりすい原発損害賠償に関する学習会開催の要望があり、日弁連は福島県弁護士会(以下「福島会」)とも協議の上、JDF・日弁連・福島会の3者の共催で学習会を実施することに決めました。

4 地元の協力体制

JDFは福島での被災障がい者の支援の前線である「JDF被災地障がい者支援センターふくしま」(以下「JDFふくしま」)が中心となってさまざまな実務的な準備を進めました。

JDFふくしまの精力的な取り組みの甲斐あって、学習会には、福島県、福島県社会福祉協議会、福島民友新聞社、福島民報社、ラジオ福島の5団体他が後援してくれました。JDFふくしまを構成する20を超える障害者団体も主催団体の一員となりました。

5 第1回~第3回学習会の概要

2012年1月から6月まで、3回実施された学習会はいずれも熱気溢れるものでした。

(1)第1回学習会IN郡山

2012年1月29日午後1時~3時、郡山市内のホテルの2階会場で第1回学習会が行われました。

講師はその後の学習会でも、賠償の一般論を福島会から1人、障がい者特有の問題について日弁連から1人の2人体制で行いました。

第1回は福島会の槇裕康弁護士と筆者が務めました。障がい当事者・家族・支援者等68人を含む101人の参加があり、熱心にメモを取り、講師の発言の一言ももらすまいというくらい真剣な姿勢で皆さん聴いていました。

原則として要約筆記と手話通訳を配備することとし、事情により要約筆記を用意できなかった第3回を除き、第4回、第5回と配備予定です。

報道関係者もテレビ、一般紙、地元紙など常に取材してくれています。

(2)第2回学習会INいわき

同年5月29日午後1時~4時、いわき市平所在の「いわき市生涯学習プラザ」の大会議室で行われました。

前記5団体のほかに、いわき民報社、いわき地区障がい者福祉連絡協議会にもご後援いただきました。

講師は槇弁護士と青木佳史弁護士。

参加者は、当事者・家族・支援者等51人を含む82人でした。

(3)第3回学習会IN南相馬市

同年6月29日午後1時30分~4時30分、「南相馬市立中央図書館マルチメディアホール」で行われました。

前記5団体のほかに、南相馬市、同市社会福祉協議会、同市身体障害者福祉会、同市福祉作業所連絡協議会にご後援いただきました。

講師は槇弁護士と川島志保弁護士。

参加者は、障がい当事者22人を含む82人でした。

6 寄せられる声、要望、質問

会場から寄せられる声、要望や質問には次のようなものがありました。

【声】「東電から請求用の書類が届いたけれど、難しい文書ばかりで意味がよく理解できず、自分で書くことはできない」

【要望】「原発避難により人工透析ができなくなったり、回数の減少を余儀なくされた患者がたくさんいる。

同じような境遇の患者が簡単に賠償請求のできるような請求の書式を作ってもらいたい」(第2回学習会)

【質問】「一旦、借入住宅に入ったがビジネスホテルみたいに狭い。車いすも入らず、トイレや風呂に入るのもとても難しいほど。無理して暮らして転倒して、骨折して、足の傷が膿(う)んだ。東電に部屋を実際に見てもらったが、『原発事故と関係がない』と言われて賠償を拒否されている。諦めるしかないのですか?」

7 テキスト等の制作

学習会で解説し、配布しているのがPTの有志で制作している「障がい者のためのわかりやすい東電賠償学習会Q&Aマニュアル」です。漢字にはすべてひらがなのルビを振っています。

また「障がい特有の損害について、どのように書いて東電等に説明すればよいのか分からない」という声に応えて、「障がいに伴う特別な損害に関する説明書モデル」を制作し、第2回以降、学習会で配布して、「障がい故の損害をどのように説明すればよいのか」の具体的イメージの参考にしてもらっています。第4回以降はテキストに入れ込んで配布する予定です。

テキストには改善の余地はたくさんありますが「原発賠償問題をやさしく誰でも理解できる一冊」として、一般の方用に配布したいとの希望も寄せられています。無償でデータ提供していますので、ご希望の方は日弁連またはJDFまでお問い合わせください。特に第4回、第5回においては、前記の会場での【要望】に応えるため、障がいに起因する特別な損害に関する賠償金額の【目安】を公表する予定で準備を進めています。

8 第4回、第5回の予定

第4回を8月25日に福島市にて、第5回を会津若松市で同月26日に実施するべく本稿執筆時点で準備中です。

9 地元での賠償問題への支援体制

数十万人に上る原発被害者の賠償について、比較的規模の小さい地元福島会の弁護士がマンツーマンで対応することはできませんが、遠方の弁護士にも恒常的な対応は困難です。

しかし、前記【質問】に対して、「原発事故と因果関係があるので賠償請求は可能です」と抽象的な助言はできますが、加害企業に対して法律専門家の援助なくして、障がい者個人の力で請求していくことは容易でありません。

そのため現在、限られた人材をいかに有効に機能させて、障がい者やその家族への賠償支援の実を挙げていくかを、JDFふくしまと福島会が協議を続けています。学習会自体は前記の第5回を一つの区切りとする予定ですが、今後は地元を中心とした障がい者への賠償支援体制を目指します。

10 おわりに

前記【声】にあるとおり、適切な法的支援がない限り、障がい者は原発賠償の権利も実質的には行使できずに疎外される恐れがあります。

これからも日弁連・福島会・JDFは協力して、出来る限りの努力を続けていきたいと考えます。

(ふじおかつよし 弁護士)