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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年11月号

差別禁止部会の意見の概要について

東俊裕

制度改革

日本政府は、平成21年12月、内閣に「障がい者制度改革推進本部」を設置し、障害当事者、学識経験者等からなる「障がい者制度改革推進会議(以下、「推進会議」という)」に、障害者施策の推進に関する事項について意見を求めることになった。

同年6月29日には、推進会議が平成22年6月にまとめた第一次意見「障害者制度改革の推進のための基本的な方向」を最大限尊重した「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」を閣議決定して、「障害を理由とする差別を禁止するとともに、差別による人権被害を受けた場合の救済等を目的とした法制度の在り方について、第一次意見に沿って必要な検討を行い、平成25年常会への法案提出を目指す」とした。

そのため、同年11月には推進会議の下に差別禁止部会が設置され「障害を理由とする差別の禁止に関する法制」(以下、「差別禁止法」という)についての検討が開始された。

差別禁止部会での議論と意見の枠組み

差別禁止部会では、諸外国の法制度、差別禁止法の必要性、差別の捉え方やその類型といった総論的な議論を踏まえ、さまざまな分野にわたって議論を行い、さらに、差別を受けた場合の紛争解決の仕組みの在り方について検討を重ね、最終的には平成24年9月14日、改正障害者基本法に基づく障害者政策委員会のもとに位置づけられた差別禁止部会として、「障害を理由とする差別の禁止に関する法制」についての差別禁止部会の意見(以下、「部会意見」という)を取りまとめた。

この部会意見は、「はじめに」「第1章総則」「第2章各則」「第3章紛争解決の仕組み」という4つの枠組で構成されている。本稿は、その順番に沿ってこの部会意見の概要を紹介するものである。

なお、「障害を理由とする差別の禁止に関する法制」は、以下単に差別禁止法という。

「はじめに」

「はじめに」の部分では、まずは、障害分野の差別を禁止する法律が世界的に広まるなか、アジアにも及んできていることが示されている。他方、日本にも差別に当たると思われる事例が数多く存在することが明らかにされ、これまでの人権教育や障害者に対する福祉施策等では限界があり、正面から差別禁止に取り組むことの必要性が強調されている。

また、日本政府は2001年に国連の「経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会」から「障害者に関連するあらゆる種類の差別を禁止する法律を制定すること」との「勧告」を受けており、さらに、新たに障害者権利条約の批准という課題を抱えていることからすると、差別禁止法の制定は必要不可欠な課題であるとの認識が示されている。

その中で、差別禁止法の制定が求められる根拠として、1つ目としては、多くの国民が好んで差別をしているわけではない点に着目すると、具体的に何が差別に当たるのか、その共通の物差しを明らかにし、これを社会のルールとして共有することが重要であること、2つ目としては、実際に差別を受けた場合には、その事案に応じた紛争解決の仕組みが整えられる必要があることが指摘されている。

「理念・目的」

「第1章総則」の部分は、「理念・目的」、「国等の責務」、「障害に基づく差別」の3つの節より構成されている。まず、第1節「理念・目的」では、「はじめに」で指摘された法制定の根拠を踏まえて、「完全参加と平等」の観点から差別の早急な解消が求められること、「共生社会」の実現といった観点から見て相手方を一方的に非難し制裁する趣旨ではないこと、「多様性」や「差異」の尊重は社会全体に活力をもたらすものであることなどが理念として重要な視点であるとしている。そのうえで、差別禁止法の目的としては、行為規範(人々の判断基準)の提示、差別からの法的保護、国等の責務の明示、共生社会の実現といった点を明記すべきとしている。

「国等の責務」

次に、第2節「国等の責務」では、「差別防止に向けた調査、啓発等の取組」、「ガイドラインの作成等」、「円滑な解決の仕組みの運用と状況報告」、「関係機関の連携の確保」、「研修及び人材育成」の5点を国の基本的な責務として掲げ、特に、「障害女性」、「障害に関連して行われるハラスメント」、「欠格条項」の3つの分野における問題は、国の責務に関して特に留意を要する領域として、特段の位置づけがなされている。

このうち、特にガイドラインの作成は、差別の事前防止として実際上の効果が期待されるものであり、その作成は分野を問わず重要な課題となる。また、特に留意すべき領域として掲げられている障害女性および欠格事由の問題は、第2章の家族形成や国家資格等でも関連して議論がなされている。

「障害」とは

第1章総則の最後にある第3節「障害に基づく差別」は、差別禁止に関する本法に関する法制の中でもっとも本体的な部分である。まず、部会意見では、本法は障害に基づく差別に特化した法律であるがゆえに「障害」とは何かを明らかにする必要があるとして、機能障害(インペアメント)に重きを置いた障害者基本法上の「障害」の考え方の方が「障害」の内容を分かりやすくより明確なものとして提示できると思われるとしている。

その根拠としては、行為規範(人々が行動する際の判断基準)として機能することが求められるため、本法の基本的な概念である「障害」の意味については、誰(だれ)しもが理解し得る一定の明確性が確保される必要があること、差別が禁止される事由は、性や人種等に見られるように、個人に関係した属性であり、それらの事由により差別されないとされていること、差別という社会的障壁の発生の契機となる事由を特定するに過ぎないものであるがゆえに、社会モデルの考え方と相反するものではないといったことが挙げられている。

「不均等待遇」

次に、部会意見では、「禁止されるべき差別の形態」として、直接差別、間接差別、関連差別、合理的配慮の不提供の4つの形態を念頭に議論がなされた。

このうち、前者の3つの類型に関して、間接差別は、障害に関連する事由を理由とする関連差別と基本的な部分で重なり合うものと評価できるので、関連差別のほかに、一般に理解が困難であるといわれている間接差別を独自の類型として規定する意味は少なく、間接差別は関連差別の類型に統合するのが適切であるとされた。

また、直接差別と関連差別については、障害そのものを理由とする場合であるのか、それとも障害に関連する事由を理由とする場合であるのか、その区別が困難な場合もあるので、別個の類型とすべきではないとされ、結局のところ、直接差別、間接差別、関連差別は「不均等待遇(障害又は障害に関連する事由を理由とする区別、排除又は制限その他の異なる取扱い)」として一本化すべきものとされた。

ただし、相手方の行為が不均等待遇に該当する場合であっても、相手方にも正当に保護すべき利益がある場合があり得るので、「当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、その目的に照らして当該取扱いがやむを得ないといえる場合」においては、不均等待遇は例外的に是認されるとしている。

「合理的配慮の不提供」

さらに、部会意見では「障害者の求めに応じて障害者が障害のない者と同様に、人権を行使し、又は機会や待遇を享受するために、必要かつ適切な現状の変更や調整を行うこと」を合理的配慮といい、これを行わないことは差別であるとしている。

そもそも、なぜ、合理的配慮の不提供を差別として扱うのか、その根拠としては、障害者権利条約が差別としての位置づけを与えていることのほか、部会意見では、具体例を挙げながら、合理的配慮を提供しないことは、実質的には、障害のない者との比較において障害者に対して区別、排除または制限といった異なる取扱いを行うのと同じであるからである旨の説明がなされている。

ただし、ここでも、相手方にとって「過度な負担」が生じる場合は、例外を認めるものとされている。この過度な負担については、経済的・財政的なコストの面では、相手方の性格、業務の内容、業務の公共性、不特定性、事業規模、その規模から見た負担の割合、技術的困難の度合い等が考慮され、業務遂行に及ぼす影響の面では、合理的配慮の提供により、業務遂行に著しい支障が生じるのか、提供される機会やサービス等の本質が損なわれるかどうかなどが考慮されることになるとしている。

「障害に基づく差別」の禁止

以上の議論を踏まえ、部会意見では「不均等待遇」および「合理的配慮の不提供」という2つの類型を合わせて「障害に基づく差別」と総称し、これを禁止すべきとしている。

「第2章各則」

以上、総則で述べたことを基礎に、部会意見では、障害者が直面する社会的障壁のなかで、特に10の分野を重要なものとして取り上げている。

これらの各則では、それぞれ「はじめに」の部分において、当該分野と権利条約との関係について触れ、「問題となる場面や事項」において、当該分野で問題となる場面や事項の特徴を明らかにし、それを踏まえて、差別が禁止される「対象や相手方の範囲」を特定し、その上で、不均等待遇や合理的配慮の具体例または特徴といったものについて触れている。

総則で述べた障害や差別の定義の部分はいわば、理論的に差別をどう考えるのかといったことに焦点を当てた記述であるが、以下に触れる各則では具体例を挙げて、分かりやすい記述となっている。

第1節【公共的施設・交通機関】では、不特定または多数の者の利用に供される公共的施設および交通機関の利用に関する事項が差別禁止の対象とされており、たとえば、移動においては物理的障壁を除去すること、または人的支援を提供すること、接遇においては障害特性に配慮した対応をすること、などを含む多くの事例が合理的配慮の例として挙げられている。

第2節【情報・コミュニケーション】では、情報の取得や利用およびコミュニケーションの確保に関する事項が差別禁止の対象とされており、たとえば、字幕付放送、手話通訳、要約筆記、ノートテイク、筆談、知的障害者や発達障害者の特性を配慮した通訳者の立ち会いなどを含む対応、ゆっくり話すなど理解力に配慮した十分な時間の確保、点字文書、振り仮名付きの文書などを含む多くの事例が合理的配慮の例として挙げられている。

第3節【商品・役務・不動産】では、たとえば、商品においては売買、役務においては提供、不動産においては利用に関する事項が差別禁止の対象とされており、地方公共団体による健康診断であるとか、予防接種の機会の提供、夏休みの住民向けの催し物、災害時の避難訓練の機会の提供、行政主催のカルチャーサークル、税務署による税務相談サービス、国が行う職業訓練等の国や地方公共団体による公共サービスも、ここでは、役務の提供として差別禁止の対象とされている。

第4節【医療】では、医療の提供に伴う受付手続、診療、医療行為、施薬、入通院管理、治療後の訓練、それらに必要な情報の提供等に関わる事項が差別禁止の対象とされており、たとえば、医行為等に関して十分な説明に基づく自由な同意が行われるために必要な自己決定の支援などを含む多くの事例が合理的配慮の例として挙げられている。

第5節【教育】では、障害者または保護者が特別支援学校への入学を求める場合を除く、障害を理由とする入学等の拒否など、入学、学級編成、転学、除籍、復学、卒業に加え、授業、課外授業、学校行事への参加等、教育に関するすべての事項が差別禁止の対象とされており、さらに、授業や試験における合理的配慮の例が多数挙げられている。

第6節【雇用】では、募集、採用から解雇、退職、再雇用に至るまで雇用に関わるすべての事項が差別禁止の対象とされており、雇用の場で必要とされる合理的配慮が迅速に実現するためには、政府においてガイドラインを策定すること、事業所の内部に実現に向けた仕組みが用意されてあることが望ましいことなどが指摘されている。

第7節【国家資格等】では、資格試験そのものだけではなく、資格試験に関する案内、受付手続、受験資格、合格発表等、資格試験およびその手続に関する行為が差別禁止の対象とされているが、特に、欠格条項の解釈運用等により、個々の事案において不均等待遇となった場合にも、差別に該当する場合があることが指摘されている。

第8節【家族形成】では、婚姻、妊娠、出産、養育等の家族形成に関わる場面におけるさまざまな差別事例を取り上げて、差別してはならない相手方や行為を摘示し、さらにそれぞれの場面で必要な合理的配慮の例が示されている。

第9節【政治参加(選挙等)】では、特に選挙に関しては、選挙権や被選挙権に関わる資格、選挙に関する公的機関による情報の提供、政見放送、投票方法、投票所における人的・物的支援等について議論がなされ、政見放送における手話通訳・字幕の付与など、さまざまな合理的配慮の例が示されている。

第10節【司法手続】では、刑事手続のみならず、民事訴訟法、行政事件訴訟法、人事訴訟法、民事調停法、家事審判法、少年法、刑事収容施設および被収容者等の処遇に関する法律、その他の法律に基づいて裁判所が関与する司法手続全般に及び、それぞれの手続に即した合理的配慮の例が示されている。

「紛争解決の仕組みの必要性」

最後の第3章では、紛争解決の仕組みについて部会の意見がまとめられている。何が差別に当たるのかの判断の物差しが差別禁止法によって事前に提供されることにより、紛争が回避されることが望ましいが、不幸にして紛争が発生した場合に備えて、司法的解決のほか、紛争の性質に即した簡易迅速な裁判外紛争解決の仕組みについて述べられている。

「紛争解決の仕組みに求められる機能」

まず、どのような紛争の態様があるかについて、部会意見では、(1)解決の困難性、(2)紛争の個別性や地域性、(3)関わりの継続性といった観点から分析を加えたうえで、紛争解決の仕組みに求められる機能として、(1)相談および調整の機能、(2)調停、斡旋、仲裁、裁定(以下、「調停等」という)の機能が必要であるとしている。

このうち、相談や調整に関して、身近なところで、安心して相談できるものであることであることや相手方に出向き、相談で問題となった事柄、障害者の置かれた状況等について説明し、相手方との関係を調整することが求められている。

また、調停等に関して、障害者の権利擁護につき専門的な知識、素養、経験といった資質を備えた専門家を含む中立・公平な機関による調停等の手法により、粘り強い紛争の解決を図ることが求められている。

「相談及び調整を行う機関」

次に、そうした機能を果たすために、まず、相談および調整を行う機関としては、身近であり、かつ障害者に寄り添えるような存在であるために、障害者の置かれた立場、心情をよく理解できる素養、障害や障害に基づく差別問題に関する知識、紛争を円滑に解決するために紛争当事者を説得する技術も有する人材が必要であり、受け皿としては、障害者総合支援法に基づいて市町村が設置する基幹相談支援センター、または都道府県の条例等において独自に設置された広域の相談支援センター等の既存の組織を活用すること等も含め、検討すべきとしている。

「調停等を行う機関」

また、調停等の機能を果たすものとして、障害者の権利擁護につき専門的な知識、素養、経験といった資質を備えた専門家を含む中立・公平な機関が求められているが、その受け皿としては、たとえば、障害者基本法に基づいて都道府県が設置する審議会その他の合議制の機関、あるいは都道府県により障害者の権利擁護を図るために設置された委員会等の既存の組織を活用できるかも含め、検討すべきとしている。

「中央に置かれる機関」

ただ、性質上地方公共団体の解決にはなじまない事案や構造的なものであって広域にわたり、他に与える影響が重大で個別的な解決が困難な事案、国による行政の一般的な運用に関わる事案、国が行なった行政処分的な事案等は、性質上地方公共団体の解決にはなじまないので、このような事案については、たとえば、国が障害者基本法に基づいて設置する障害者政策委員会等の既存の組織を活用できるかも含め、検討されるべきであるとしている。

「司法判断」

本件に係る紛争について、裁判外の解決の仕組みで解決が図られない場合、最終的には、司法の判断に委ねられることもある。その際、差別を受けた個人が差別を行なった私人に対して差別をしてはならないと求めることは法的根拠に基づくものであり、何が差別に当たるかを判断する基準は本法が提示することになるが、差別を受けた場合の具体的な司法救済は、民法等の一般法と民事手続法に従って判断されることになるとされている。

(ひがしとしひろ 内閣府障害者制度改革担当室長)