音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年11月号

日本における障害差別禁止法(仮称)の制定に向けて

引馬知子

1 目的―社会への完全参加と平等

障害差別禁止法の目的は、人々の主体的な社会参加を、障害を理由に妨げない社会を創ることにある。

障害のある人々やその関係者(家族等)は、障害を理由にあらゆる生活面において種々の困難に直面してきた。たとえば、東日本大震災では、障害の多様性に応える情報保障などが不十分であったために、相当数の障害者が必要な支援から排除されてしまった。これを一因として、大震災で命を落とした障害者の数は、障害のない人の2倍にのぼっている。

物理的あるいは心理的なバリアから、公共施設や特定のサービスが利用できない、適切な住居が得られない、地域の学校に通えないなどの事例も少なくない。また、障害者の一般雇用での就業率は、障害のない者の半数以下である。こうしたなかで省庁や障害関係団体等の調査は1)、障害者の多くが社会から排除され、その結果として、時に成人後も親と同居しながら貧困のなかで暮らす実態を明らかにしている。

障害差別禁止法は、障害のない人との平等を尺度に、これに反する事実を差別として、その是正手段を提供する。これによって、前述の例にみる社会参加を困難にする社会的障壁を削減するのである。こうした法を制定した国は数多く2)、その例をみると、差別禁止法は、均等法、平等法、機会均等法などの名称でも知られている。

ところで、日本の総人口に占める障害者の割合は約6%であるが、これは従来の日本の限定的な障害の定義に基づく数値である。一方で、国連等の推定によると、人口の少なくとも約10%の人々には何らかの障害がある。少子高齢社会では、加齢による身体・精神的な能力低下を伴う人々が多くなるため、障害者の割合がさらに高くなる。人口構造が日本に類似するEUは近年、全人口の6人に1人、75歳以上では3人に1人に障害があると捉えている。

障害者の生活上の障壁を削減し社会参加を促す同法は、社会に占めるこれら多数の人々を視野に入れている。同時に、同法は現存の障害者のみに益があるものではない。加齢や事故・病気等により、誰もが人生の中途で障害者やその関係者(家族等)ともなり得る。さらに、障害を理由とする差別が減少し、障害者やその家族等が労働や消費などを通じて社会に貢献することにより、社会全体の活力が高まる意味で、すべての人に益があるといえよう。

以上を踏まえて、障害差別禁止法の制定は、すべての人の生や社会全体における参加のあり方そのものを問うテーマとして認識され、その真価が問われなければならない。

2 経緯―法制定に向けた公的議論

障害差別禁止法を制定しようとする公的な動きは、「障害者権利条約」の批准に向けて国内法を整備し、障害施策の推進を目指す動きのなかで着手された。内閣に2009年に設置された「障がい者制度改革推進本部」に「障がい者制度改革推進会議(以下、推進会議)」が立ち上がり、同会議の第一次意見を受けて「障害者制度改革推進のための基本的な方向について」が2010年6月に閣議決定された。そこに「障害を理由とする差別禁止に関する法制」案の、2013年通常国会提出を目指す旨が明記されたのである。

こうした経緯によって2010年11月、障害差別禁止法について議論を行う「差別禁止部会」が、推進会議の下に設置された。同部会は2012年7月以降には障害者政策委員会下に引き継がれ、通算1年11か月、計25回にわたる検討を行なった。その結果、2012年9月14日に意見書である『「障害を理由とする差別の禁止に関する法制」についての差別禁止部会の意見』を取りまとめている3)

以下、この意見について、順に概観および検討をしていきたい。

3 差別禁止部会の意見の内容

意見は、主に、第1章総則、第2章 各則、第3章紛争解決の仕組み、から構成されている。第1章の総則は、障害差別禁止法に理念規定や目的規定を設けるにあたっての重要な視点、障害の定義、禁止されるべき差別の形態や類型、国の責務など、法全体の傘となる事項を明記している。

理念規定の重要な視点は、障害者の完全参加と平等に制約をもたらす社会的障壁としての差別の解消にある。この取組みは、差別したと思われる者を一方的に非難し制裁するものではなく、また、個人の尊厳を認め、既述のように社会に活力を与えるものである。目的規定の重要な視点は、この法が人々が行動する際の判断基準(行為規範)を提示し、差別的な取扱いを受けた場合に、相談や調整をはじめとした簡易迅速な仕組みを通じて、差別からの法的保護を可能とすることである。

障害の定義については、障害者基本法(2011年改正)と同様、機能障害を中心に据えることを妥当としている。そのうえで、禁止すべき差別の類型を、諸外国の法や議論を踏まえつつ、1.不均等待遇、2.合理的配慮の不提供の2つにすることを提案している。

不均等待遇とは、「障害又は障害に関連する事由を理由とする区別、排除又は制限その他の異なる取り扱い(意見書抜粋)」を意味し、直接差別、間接差別、関連差別の3類型を包括する。異なる取り扱いには、過去に存在した障害や将来発生する障害、障害がないのに障害があると誤認された障害を理由とする差別を含む。さらには、障害者の関係者(家族等)への、当事者の障害を理由にした差別も対象とする。

誤認された障害や関係者を被差別者の対象にすることは、まず、同法が人の社会参加を促す目的のもとで、その間口を広くとることに意義があるためである。ちなみに、社会保障給付上等の障害の範囲と、差別禁止法上の障害の範囲を同様にする必然性はない。同時に、これらの差別の解消は、障害差別と位置づける場合以外にその救済がなされ得ないためである。これらの範囲は諸外国の経験の蓄積に依拠している4)。本稿は、この議論を踏まえて、同法を「障害差別禁止法」ではなく「障害差別禁止法」と記述している。

もう一方の差別類型は、合理的配慮の不提供である。合理的配慮とは、「障害者の求めに応じて、障害者が障害のない者と同様に人権を行使し、又は機会や待遇を享受するために必要かつ適切な現状の変更や調整を行うこと(意見書抜粋)」である。提供側にとって過度な負担とならない限り、合理的配慮の不提供は差別に位置づけられる。

この点で、選挙権の行使等、近代社会が社会生活の根幹にあると捉える事項については、合理的配慮を適切に保障しなければならない。つまり、合理的配慮の不提供の許容範囲は当然狭まることとなる。こうした対象となる諸事項や、その合理的配慮の不提供の許容範囲について、諸外国の例も参照しつつ、意識して検討していく必要がある。

国の責務としては、差別の禁止に向けた調査や啓発等の取組みやガイドラインの作成、円滑な解決の仕組みの運用と状況報告、関係諸機関の連携の確保、職員等に対する適切な研修や人材の育成をあげている。このガイドライン作りとその普及は、機会の平等を促進する上で重要になると考えられる。

さらに意見書は、障害女性や障害関連のハラスメント、他の諸法律の欠格条項(障害を理由に免許・資格取得の制限・禁止をする等)といった領域に特に留意すべきことを指摘している。地方公共団体の責務としては、地域の差別をなくす積極的な取組みに努めるよう求めている。

第2章の各則は、障害を理由として人々が直面する社会的障壁のなかでも特に重要と考えられる10分野を明確にし、各分野における法の対象範囲と、不均等待遇や合理的配慮の内容を具体的に説明している。10分野とは、1.公共的施設・交通機関、2.情報・コミュニケーション、3.商品・役務・不動産、4.医療、5.教育、6.雇用、7.国家資格等、8.家族形成、9.政治参加(選挙等)、10.司法手続、である。

第3章は紛争解決の仕組みとして、その必要性および自主的な解決の仕組みと促進、第三者が関与する解決の仕組み(相談及び調整の機能、調停、斡旋、仲裁、裁定の機能)、他の紛争解決の仕組みとの関係、司法判断、制度的な解決についてまとめている。

4 これから―障害の有無に拠らない共生社会の実現に向けて

差別禁止法は、障害のある人とない人の社会参加における平等を進める万能薬ではない。しかしながら、同法は、これに一定の貢献ができると捉えられている。

同法を先駆的に制定した米国やEU諸国等では、分野によってはその成果の評価が難しいという見解がある。雇用のように経済状況等の他の要因の影響があり、同法による成果の正確な測定が困難な分野がある一方で、公共的施設や交通機関、情報・コミュニケーション等、その成果が把握しやすい分野もある。同法が障害のある人々が街に出て乗り物や建物を使い、社会活動への参加に貢献したとの文献は多々みられる5)。加えて、成果の把握が困難な分野でも、ある国の同法の雇用関連規定は新規採用にさほど有効でないが、中途障害者の継続雇用には一役買ってきた等の報告もある。

日本には男女雇用機会均等法を除き、実効的に差別を禁止する法や、権利として社会参加を保障する法はないに等しい。こうしたなかで、同法制定に向けてまず乗り越えなければならない課題は、障害差別禁止法の意義をステークホルダーや社会が広く共有することにある。差別禁止部会の意見は、異なるステークホルダーを含む多様な人々が、差別禁止の意義を共有するための基本的なルールや仕組みづくりを意識した内容となっている。

今後のよりよい展開に向けて、意見書が積み残した課題もある。雇用差別の対象外とされた労働者性が認められない福祉的就労における人権保障や、事前的改善措置(事前的な合理的配慮)の扱いがある。さらに、「障害と女性」など2つの属性に関わる結合差別やそれ以上の複合差別、私的領域(親密圏)の差別の問題、「政府から独立した委員会」や人権救済機関の設置のあり方などがあげられる。

差別禁止法は、多角的な法施策と連携するなかで、本来の役割を最大限発揮する。このため、差別禁止法と福祉関係法・バリアフリー法等の他の諸法律を効果的に連携させる視点からの検討も必要となろう。この点では、EU諸国等の近年の取り組みが参考となる。実例として、一般的な公共交通関連法に障害のある人々の権利を規定する等の、すべての法政策策定の際に障害の視点を入れるメインストリーム化や、採用時の差別禁止と優先雇用のポジティブアクションを一定程度組合わせること等があげられる。 

障害差別禁止法の制定によって当事者は、いわゆる反射的に反射的受益権としての社会福祉や社会保障の重要性は当然ながら、それとはひと味違う生きる選択肢を得ていくこととなろう。また、同法の制定は、性別、年齢、民族(在日、外国人等)など、多様な人々によって構成される日本社会が、いかに個々人を尊重し社会に活かしていくかの試金石としても位置付けられるのである。

(ひくまともこ 田園調布学園大学、障害者政策委員会差別禁止部会委員)


1)きょうされん「障害のある人の地域生活実態調査の結果」2012年、厚生労働省「障害者の生活状況に関する調査」等参照(日本の障害のある男女の生活の実態把握は、さらに必要である。諸外国の統計と手法等は参考になる)。

2)アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、EU27か国、韓国などがあげられる。

3)差別禁止部会意見は、総合福祉部会の「骨格提言」と名称を同一にして混同が生じることを避けるため、位置づけは同等であるが「意見」という用語を使用している。「意見」については、http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/seisaku_iinkai/index.html#kinshibukai参照。

4)オーストラリアやEU27か国の例などを参照。

5)National Council on Disability “The Impact of the Americans with Disabilities Act: Assessing the Progress Toward Achieving the Goals of the Americans with Disabilities Act" 2007等参照。