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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年11月号

障害者差別禁止法への期待
―JDFの立場から―

崔栄繁

1 ようやくここまで

「予約が入っていて席がいっぱいなんですよ、すみません」。お客の姿がないがらがらの店に車いすに乗っている障害のある人と入ろうとして店の人から言われたことがある。「他のお客さんのご迷惑になってしまうので」とバスの乗車を拒否されることもある。うつ病を発症した方が会社から辞めてくれとも言わんばかりの配置転換をされた、警察などの取り調べでしてもいないことをしたと自白が誘導された、などなど障害者はさまざまな経験をする。これらと似たような経験は一度や二度なら障害当事者やそのご家族、支援者なら誰(だれ)でも経験していることだろう。それでも障害者団体に入っていたり、つながっていたりする障害者や関係者はましな方である。何らかの抗議や申し入れなど、仲間や支援者と一緒に取り組むことができる。裁判を起こしている場合もある。しかしそれも一部の人しかできない。解決できる問題も少ない。多くの場合、悔しさなど理不尽な思いを抱えながらあきらめ、泣き寝入りすることが多いのである。

1990年代から、私が所属するDPI日本会議(以下、DPI)は、他の先進各国の経験なども学びながら、このような差別事例を少しでも減らすために、障害を理由とする差別禁止法の制定を求めてきた。そして2000年以降、特に障害者権利条約(以下、権利条約)の交渉が国連で本格的に始まってからは、DPIも加盟している日本障害フォーラム(以下、JDF)でも差別禁止法の制定に向けてさまざまな取り組みを行なってきた。そのかいもあって、1990年にアメリカで障害を持つアメリカ人法(ADA)ができてから四半世紀、日本でもようやく政治の表舞台で障害者差別禁止法という言葉が使われるようになってきた。

2010年11月、内閣府の障がい者制度改革推進会議(以下、推進会議)の下に差別禁止部会が設置された。現在は推進会議が発展改組した障害者政策委員会の下に設置されており、JDFからは太田修平差別禁止法制小委員会委員長が部会委員として参加してきた。2012年9月には25回にわたる部会での議論の末、差別禁止部会の意見(以下、部会意見)が取りまとめられた。制度改革のロードマップでは2013年の通常国会上程、となっており、そのためには2013年3月には閣議決定が必要だ。しかし、まだまだ越えるべき山が多い。期待を背負った差別禁止法の実現に向けて、私たちJDFの課題を整理したい。

2 JDFのこれまでの取り組み

2002年はアジア太平洋障害者の十年最終年であった。この年にDPIでは札幌で世界会議を開催し、RIの地域ブロック会議、ESCAPハイレベル政府間会合が同時に開催された。また、この前年から国連で権利条約のための特別委員会が始まった。この時期に、主要な障害者団体のネットワークであるJDFの基盤が作られたのである。そして、権利条約交渉に積極的に関与したJDFは、権利条約の柱の一つが差別禁止であること(機会均等、非差別・平等の原則)から、JDFの準備会段階を含めてこの10年、障害者差別禁止法の制定を一つの大きな柱として運動を進めてきた。JDFは差別禁止法の制定を権利条約批准の条件としているためである。

JDFは、2007年までは差別禁止法制専門委員会、それ以降は政策委員会の下での差別禁止法制小委員会で検討を続けてきた。2007年10月には、韓国で開催されたDPI世界会議の特別セッションとしてJDFと韓国の障害者団体の共催で「日韓差別禁止法セッション」を開催し、韓国の国会議員も参加した。韓国は日本より先行して2007年3月には障害者差別禁止法が国会で採択されたこともあり、日本が後を追う展開となっている。

JDFは、2012年5月から9月までに4回、議員会館での院内集会を開催するなど、精力的に運動を展開してきた。同年7月には「障害に基づく差別禁止等に関する法律」の試案をJDFとしてまとめた。試案の特徴は前文を設けること、「不平等待遇」と「合理的配慮をしないこと」の二類型を差別の定義に入れること、国や自治体が合理的配慮などのガイドラインを作成することなどを盛り込んでいる。

3 部会意見と期待

(1)総則における「障害に基づく差別」と「合理的配慮」

今後、取りまとめられた部会意見を基に、関係部署と調整しながら内閣府などで条文作りが行われることになる。部会意見は大きく4つに分かれている。簡単に見てみたい。

まず、なぜ差別禁止法が必要か、というそもそもの問題が整理されている。冒頭に事例を少しあげたが、こうした事案が起きることと起きてもきちんと解決されないことが問題である。何をすると差別になるのか、何をしないと差別になるのか、という物差しと解決する方法が必要だから差別禁止法は必要だ。これからますます多くの障害者が地域で暮らすようになり社会参加も増えるだろう。今までの社会のルール(法律や制度、慣行など)は、障害者が一緒であることをあまり想定していなかった。だから、今までのルールを少し変更したり付け加えたりする必要がある。その一つが差別禁止法だ。差別する人と差別を受ける人とを分けるのが目的ではなく、障害のあるなしにかかわらず誰でも気持ち良く一緒に過ごし、一緒に学び、一緒に働くためのルール作りが目的なのである。

次に総則である。ここで一番大切なのが、国と自治体の責務と「障害に基づく差別」の定義だろう。国が、差別が何か、合理的配慮が何かのガイドラインを作るべき、とされた。物差しの肝の部分だ。もう一つの肝が差別の定義である。1.障害を理由にあるいは関連して異なる扱いを行う「不均等待遇」、2.「合理的配慮の不提供」という二類型にまとめた。

「不均等待遇」には、障害(機能や能力)を直接理由にして区別したり排除したりする直接差別的な行為、車いすや補助器具の利用など障害に関連することによって区別や排除したり、一見中立の基準を用いて、結果的に障害者を排除してしまう関連差別や間接差別的な行為が網羅される。

「合理的配慮の不提供」は、障害者の日常生活・社会生活に大きく影響を与えるものだ。合理的配慮とは、1.基準や手順の変更(勤務時間の変更、視覚障害者に対する拡大文字による利用案内の提供など)、2.物理的形状の変更(スロープの設置、職場における高さの調整可能な机の提供等)、3.補助器具・サービスの提供(パソコン読み上げソフトの提供、発達障害者がパニックになった時、他人の視線を遮る避難所的な空間の用意等)等で、障害のない人と実質的に同等の機会を保障することであり、合理的配慮をしないことが差別になる、ということである。

ただし、1の「異なる扱い」については、正当な目的によって、かつ、やむを得ない場合にのみ不均等待遇が例外的に認められるべき、ともされた。2については、個人か公的機関かといった相手方の性格、業務の内容、公共性、事業規模など経済的・財政的コストと、業務の本質に影響を及ぼすかどうかが判断されて、合理的配慮をしなくても例外的に差別にならないとされた。これは権利条約の規定などに合致するものである。

これら差別の定義についての部会意見は、学問の世界で言われてきた差別類型を網羅していてシンプルにわかりやすくまとめられたと思う。この定義部分は法律にぜひ反映させていきたい。

不均等待遇の定義からすると正当な理由なく、それしか方法がない場合を除いて障害を理由に「分けること」は差別になる。権利条約が目指すインクルーシブな社会をつくるうえで非常に大切なことだ。障害者が普通に地域や町に暮らす社会づくりの第一歩である。

(2)個別の分野における「不均等待遇」と「合理的配慮」

次に、部会意見の個別の分野(各則)について考えたい。部会意見では10の分野を個別に差別禁止規定すべき、として挙げている。「公共的施設・交通機関」「情報・コミュニケーション」「商品・役務・不動産」「医療」「教育」「雇用」「国家資格等」「家族形成」「政治参加(選挙等)」「司法手続」。この10分野は生活の具体的な場面について障害に基づいた差別を禁止するもので、差別禁止法があることで何が変わりうるかイメージしやすいのではないか。

教育分野では、強制的に障害を理由に特別支援学校等に行かされるのは原則として不均等待遇=差別になる。奈良県で地域の普通小学校に通っていた障害のある子どもが、中学校は特別支援学校に行くべきと教育委員会に決められた。裁判の結果、現在は地域の普通学校に通っている。本人や保護者は大変な思いをした。このような事例は差別禁止法で減らすことができるだろう。

雇用の分野では、ある女性障害者は入社試験の面接で、面接してあげただけでも感謝してほしい、と言われたそうだ。差別禁止法はこうした入り口(募集)での差別も禁止する。合理的配慮を保障して障害のない人と同等な機会の保障が差別禁止法だからだ。

政治参加の分野では、政見放送など情報保障がされてないので候補者の主張が理解できないといったことが多々ある。成年後見人がいる人には選挙権がない、ということも重大な問題だ。

司法手続きの分野であれば、宇都宮事件など知的障害者の冤罪事件が後を絶たない。知的障害者が人の話に同意してしまう障害の特性に配慮せずに障害のない人と同様な取り調べを行い、結果的に自白を強要してしまうということが多い。差別禁止法ができれば、当事者ときちんとコミュニケーションをとることができる支援者を同席させることを許可することも合理的配慮の一つとなり、これをしないことが差別になる可能性が出てくる。

その他、店や建物、交通機関の利用等については、障害者が「お願い」をしなくても、障害のない人と同様に障害者も利用できること、が前提となる。そこで、財政事情や物理的構造など「やむを得ない場合」のみ不均等待遇が例外的に許される、ということになる。

(3)とても大切な「簡易迅速な紛争解決の仕組み」

さて、いくら差別はだめだ、という法律ができても、解決する手だてがなければ、差別禁止法は使えるものではなくなる。解決の方法があることがとても大切だ。

部会意見では、相談から調整や調停、差別行為の程度によっては公開なども行うことができる紛争解決の仕組みが必要だとしている。国は障害者政策委員会などを活用して、都道府県では政策委員会と同様の合議体(障害者基本法で設置義務)あるいは千葉県など障害者権利条例がすでにあって紛争解決、相談の仕組みなど持っている自治体はそういったものを活用してといわれている。国は全国的で広域的なもの、深刻な差別事例などを扱い、自治体は相談体制を充実させて地域で解決していく仕組み、ということで実現すると、当事者にとっても障害のない住民にとっても使いやすくなるのではないか。特に差別禁止法は、差別者を罰することが目的ではなく、差別の物差しをつくり、共生社会、インクルーシブ社会をつくることが目的で、まちづくりなのである。この点で部会意見のような「相談」から「裁定」まで可能で、地域に密着しつつ国際的な人権基準で紛争の是非や程度などが判断できる使いやすい仕組みが期待される。

4 今後の課題

差別禁止法の実現には、障害者自身や家族、関係者はもちろん、広く一般社会にも必要性を認識してもらう必要があり、そのための前提として、差別禁止法の目標をきちんと押さえることが大切である。千葉県などの先進的な取り組みを学びつつ、私たちJDFは、差別を禁止するということは、この国に住んでいるすべての人が障害のあるなしにかかわらず、一緒に気持ち良く生活できるための物差しであることをさまざまな形で訴えていく必要がある。決して、特別扱いしてほしいということではない。「平等な機会を」「平等なチャンスを」ということなのである。これからが正念場だろう。

(さいたかのり DPI日本会議)