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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年11月号

ほんの森

手話教育 今こそ!
障害者権利条約から読み解く

高田英一著 ろう教育を考える全国協議会編

評者 本名信行

(株)星湖舎
〒543-0002
大阪市天王寺区上汐3-6-14-303
定価(本体1800円+税)
TEL 06-6777-3410
FAX 06-6772-2392

国連障害者権利条約(2006年)では、手話をろう者の言語であると明記している。現在、120か国以上がこれを批准し、手話をもうひとつの国語に制定する国々も増えている。言語学者による手話研究も進み、手話の言語学的特質は徐々に、明らかにされている。手話は自己を適切に、そして高度な知的、情緒的活動を十分に表現しうる言語組織を持っていると考えられる。新しい時代の新しい言語生活のなかで、ろう者は今後ますますこの仕組みを最大限に利用していくものと期待される。

人間は生物学的特徴として、生まれながらにして「言語」をもっている。失聴はこの「言語」とはほとんど関係がない。聞こえを失うと話しことばの習得は困難になるが、そのかわりに手話の獲得をうながす。音声言語は概念を音声器官の調音によって音で継時的に表現するが、手話はそれらを手と顔の表情を使って、空間に同時的に転写する。手話は人間のもうひとつのことばなのである。

本書は以上の観点に立ち、ろう教育に手話を導入する意義を詳細に追及している。日本のろう教育では、手話の使用は十分でないので、本書がこの時期に出版されたことを大いに歓迎したい。人間は「言語」を獲得せざるをえないようにプログラムされている。ただし、この仕組みを作動させるためには、言語環境が必要になる。ろう児は手話の環境に置かれてはじめて、手話という言語を獲得する。ろう児を手話の環境に置かないことは、その言語発達の機会を奪うことになり、絶対にあってはならないことなのである。

著者は第3章「ろう教育における手話」で、この自然な言語獲得の過程を論じたあと、第4章「ろう教育の歴史」で、なぜ今までこの考えがろう教育で十分に実践されなかったかをいろいろな角度から振り返る。著者は全日本ろうあ連盟や世界ろう連盟で指導的な役割を果たし、日本手話の研究では多大の業績を残している。このために、本書は手話教育について、言語、手話通訳、社会状況、教育方法などの多方面から究明しており、理念や方法の両方がよくわかる。

手話教育は今まさに、重要な転換期を迎えている。手話はろう学校で、重要な教育言語でなければならない。手話は読み書きを獲得する媒体であり、ろう者のアイデンティティのシンボルでもある。同時に、手話を適切に使って、「手話」、日本語、算数・数学、社会、理科、英語などの学校教科を教える効果的な方法の開発が早急に求められる。本書はそのよき指針になるであろう。

(ほんなのぶゆき 青山学院大学名誉教授)